【閑話】アーフィン~希望を背負い立ち上がる者~
◇◇ アーフィン ◇◇
私の母は準男爵家ーー領地も持たぬ、ほとんど平民に等しい家の次女であった。
城で働くランドリーメイドにすぎず、本来なら王の目に留まることなど決してなかったはずだ。
だがある日、偶然が重なった。
母は侍女から汚れた部屋の掃除を言いつかり、片づけを終えて使用人の通路を帰っていた。
本来なら王が通ることのないその通路を、その時たまたま酔った王が通りかかったのだ。
……母は王の目に留まり気に入られてしまった。
愛妾として部屋を与えられ、やがて私と妹が生まれた。
だが母には後ろ盾などなかった。
王の寵愛が尽きれば、身一つで追い出されてもおかしくはない立場だった。
私は思った。
いずれ下位の爵位を賜ることができれば、母と妹を連れて城を出ようと。
そのために勉学に励み、武にも精進した。
父はそんな私に教師をつけてくださった。
そのことには感謝している。
そうして月日が流れ、私が十三歳になった時、父から任務を賜った。
私にしかできぬ任務であると告げられたのだ。
” カシェリオスの辺境へ赴き、辺境伯の信頼を得よ ”
国のために、ダルカニアの侵攻を退け続ける辺境伯を支える足掛かりとするためにだと、理屈では理解できた。
だが、常に心に重くのしかかる言葉もあった。
“ もし辺境伯から、通常の信頼以上のものを求められたら、必ず応じよ ”
辺境伯の男妾になれ、ということなのか。
……本当にそれしか方法はないのか。
私は複雑な思いを抑え、ひとまず 「 まずは辺境伯の信を得ねば 」 と任務をこなすことに集中した。
どの国にも間者はいる。
放浪し、情報を集める者もいれば、一か所に根を張り他の間者の拠点となるべく身を置く者もいる。
そういった”根を張る者”の縁者として目的の地へ赴いた。
町の代官屋敷で下男として働き、代官の信頼を得た。
まだ子供と呼んでもよい年齢であったことも疑われなかった要因の一つだった。
その推薦で、領主館の下男として働くことになり、そこで同僚のルーとガレンに出会った。
二人は 「 将来は領主の護衛になるのだ 」 と夢を語り、引退した護衛のもとで剣を習っていた。
私はその二人についていく形で同じように稽古に通い、やがて三人で行動を共にするようになった。
いつも大声で笑い話すガレン。
それを止めるふりをしつつ、実はあおって面白がるルー。
そして、やりすぎないように二人を止める役が、いつの間にか私になっていた。
気づけば、一緒にいるのが当たり前になっていた。
……いつからだろう。
自分が 「 なぜここにいるのか 」 を忘れかけている事に気が付いたのは。
いや、忘れたいと願ってしまうようになったのは。
「 だめだ。国には母と妹がいる。私には果たすべき役目がある 」
そう繰り返し自分に言い聞かせる。
だが時折、このままここで笑いあいながら暮らせたら……と思ってしまう。
仲間と交わすふざけた冗談や、屋台で頬張る安い肉の味。
それらの小さな幸福の裏側には、仲間を裏切っているという罪悪感が常に付きまとっていた。
そして定期的に宿を通じて届く本国からの連絡が、現実を突きつけた。
そこには母と妹からの文も紛れていた。読んだらすぐに燃やさねばならない文。
母も妹も、私が外国に勉強に行っている、と信じている。
「 寒くはないか。病気はしていないか 」
「 お兄様、がんばってね 」
その文字を見るたびに現実に引き戻される。
ーー自分は使命を果たさねばならないのだ、と。
* * *
ある日、私とルーとガレンは領主の護衛の従者に選ばれた。
将来護衛として仕えるための登竜門であり、護衛たちから直接指導を受けられるのだ。
三人で共に手を取り合い、喜んだ。
その夜は特別だった。
普段は手が届かない少し高い肉を、上司になる護衛たちがおごってくれ、皆で笑い合った。
父の 「 領主の護衛として近くに仕えよ 」 という指示が、ようやく果たせる。そう思い、本国に報告した。
返ってきた指示は 「 そのまま信頼を得続けよ 」 というもの。
さらに言葉が添えられていた。
「 領主に求められたのなら、必ず応じるように 」
「 決して正体を知られてはならぬ。露見するくらいなら自決せよ 」
わかっている。
だが、胃の奥に重い石を詰め込まれたような苦しさが残った。
そして、初めて記された一文。
「 もし露見すれば、そなたの出生そのものを“無かったこと”にせねばならぬ。
母も妹も“存在しなかった”ことになる 」
……つまり、私が失敗すれば母も妹も殺されるということ。
( 失敗したなら、私が消されるのは分かる。
しかし、母は望まれて王の子 を産んだのではないのか?
罪なき妹の命まで “ 無かったこと ” にされるのか? )
その時、私は初めて……
王(父)に対する 「 不信 」 とも言える感情に気づいた。
* * *
私はそれまで以上に任務に忠実に動いた。
領主の信頼を得るために。
つまり、与えられた仕事を確実にこなし、周囲の人間の信頼を重ねていくということだ。
そんな折、愛し子様が降臨された。
顔見せのための王都行。
その護衛の従者に選ばれた時、私は使命を忘れ、ただ周囲と同じく 「 一目見たい 」 という思いに駆られていた。
しかし、その時はお姿を見られなかった。
だが、新年の祝賀で大神殿を訪れ、絵姿を目にした。
杖を手に、天を仰ぎ祈りを捧げる聖なる女性。
ーーこの方は、何を祈っているのだろう。
胸の奥から訳もなくこみ上げるものがあった。
敬意のようであり、罪悪感のようでもある。
それを振り切るかのように人々と同じように寄進の列に並び、お守りを受け取った。
町を歩く人々は皆笑顔で、楽しげだった。
( ……今の私はどんな顔をしているのだろうか )
ルーやガレンと共に屋台の食べ物の話で笑った。
だが本当に自分は笑えていたのだろうか。
* * *
その帰り道、魔物に遭遇した。
建物よりも大きく、絶望を体現したかのような悍ましい魔物だ。
生きては帰れまいと、誰もが思っていた。
だが、愛し子様が降臨しそれを退けた。
あの光景はまさに圧巻であった。
星々が渦を巻きながら集まる光に、魔物は怯えた。
そして、光の中から現れた愛し子様が手をかざす。
すべてを喰らわんとする魔物が、光の中で溶け消えていった。
神聖にして圧倒的。
ーー ああ、これが神の力なのだ ーー
思わず、愛し子様と領主のもとへ駆け寄った。
そして、その時、私は使命を受けたのだ。
母と妹の命を盾にして、父が命じたものではない。
愛し子様を通じて、神から与えられた使命。
《 モチタ・イィコ 》
” 希望の子よ、立ち上がりなさい ”
父は間違えている。
このままでは国同士が戦となり、多くの無辜の民が犠牲になる。
それを止めるのだ。
仲間と笑いあった時間。
それと同じように、小さな幸福の日々を積み重ねている民たちと、その時間を守るのだ。
脅されて歩かされるのではない。
私は、自らの意思で前へ進む。
ーー私は、自ら立ち上がるのだ。
一部訂正、文書の削除をいたしました。
王妃や側室の子ら ( 兄姉 ) の邪魔をせず過ごし、いずれ下位の爵位を賜ることができれば、母と妹を連れて城を出ようと。
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いずれ下位の爵位を賜ることができれば、母と妹を連れて城を出ようと。




