聖句と頭上の星
ーー 愛し子ミハル様は、ケルメナ王家の直系にして、最も強き浄化の力を受け継ぐ巫女姫の末裔 ーー
大神官の言葉に、フェルガント公爵とヴェルトラム殿下は息をのんだ。
「 女神様が、聖姫のお孫様をこの国にお戻しになられたという事でしょうか 」
聖姫の孫と言う事は、この国の王家の血も引いている事になる。
しかしヴェルトラム殿下の言葉に、大神官は静かに首を振った。
「 いや ” この国に ” と言う事ではあるまい。 ミハル様はクレイアスの元に降臨したのだ。
ミハル様は国に属する存在ではない 」
フェルガント公爵が重々しく言う。
「 最初の降臨も辺境伯殿の元と聞いておる。 そして今回もまた然り。 ……愛し子様はヴァンドル辺境伯の危機を救うために来られたということか 」
「 ミハル様の事はクレイアスが女神様直々の導きを受けておる。
女神様がクレイアスに光る布を授けたのも、偶然ではあるまい 」
大神官の言葉を聞き、ヴェルトラム殿下は思索していた。
今回の穢れの腕以外の事で、このような直接守りに使われるような神物が下賜されたという話は聞かない。
ならば……
「 ……女神様は人の手で解決できることは己らでせよと。 しかし人の手に余る事には、救いとして布を下賜された、そういうことでしょうか 」
「 おそらくはそうでしょう 」
クレイアスが頷きながら答える。
「 私が女神様より直々の導きを受けた時、 ” 己のなすべきことをせよ ” と仰せでした。
この町で、あの魔物と戦う事は間違いなく ” なすべきこと ” の一つであったのでしょう。
しかしあの化け物は、人の努力でどうにかなる物ではなかった。
その救いがあの布であったと考えられましょう 」
「 ケルメナの呪物の魔物との戦いが、なすべきことであったと……
もしや、貴殿はケルメナの呪物の捜索が使命として与えられているという事か…… 」
公爵は、ケルメナで行方の分からない呪物の事を思い出していた。
3つの呪物のうち、1つが今回封印された。残るはあと二つだ。
「 ……今回の事を思えば、そう考えるのが自然であろう。
女神様がクレイアスに言われた ” なすべきこと ” 。
使命であるのは間違いあるまい。
改めて呪物の情報を集める必要がある 」
大神官が重々しく告げる。
今回、呪物の恐ろしさを目の当たりにした面々は、その言葉の重さをかみしめていた。
* * *
翌朝。
昨日の大神官の到着により、ヴァルディアの暗躍が明るみに出され、さらに王の庶子アーフィンの告白も加わった。
重鎮たちは翌日、再び神殿の談話室に集まっていた。
まず大神官から、ヴァルディア王国が庶子アーフィンをヴァンドル辺境伯領へ間者として送り込んでいた事実が共有される。
「 何と……クローシェリアの殺害だけでなく、辺境伯にまで手を伸ばしておったか 」
フェルガント公爵が歯噛みするように低く言った。
「 刺客として……、ということですか? 」
ヴェルトラム殿下が問うと、大神官は首を横に振る。
「 いや、懐柔の目的であったようだ。
クローシェリア様の殺害、そして今回の潜伏。
情報が出そろってきた 」
さらに大神官は、王が庶子である息子を送り込んだ理由、そしてそれが判明した経緯である、愛し子の聖句と庶子の告白を語った。
「 愛し子様が聖句を…… 」
殿下の声に、大神官が重々しくうなずいた。
「 うむ。 傍にいた者の証言によると、愛し子様はその者に手をかざし、
《 モチタ・イィコ 》
と告げられたとの事。その場にいたクレイアスも聞いておる 」
クレイアスは頷き答える。
「 はい、間違いありません。
私の護衛を務める者の従者ーーヴァルディア王の庶子に手をかざし、聖句を紡がれました 」
大神官は言葉を重ねる。
「 その庶子は愛し子様の言葉に触れ、女神の御心に導かれた。 もはや嘘をつけぬと自ら告白に至ったとの事だ 」
その告白の内容は、カシェリオスをダルカニアから守るため、ヴァルディア王国の知恵者を引き入れる役割を担っていた、というものだった。
そして――大神官は声を低めた。
「 ……ヴァルディア王は、クレイアスが男色であると誤解し、息子を侍らせるつもりで送り込んだと 」
場に微妙な沈黙が流れた。
「 クローシェリアの殺害やドリアーナの事については? 」
公爵が眉をひそめる。
「 その件は庶子も知らされておらなんだようだ 」
大神官は言葉を続ける。
「 庶子は知ることすべてを自ら告白した。 それが罠である可能性も考慮したが……
状況から見てもそうではないと判断している。
そうだな、ラインセン? 」
「 はい、間違いありません 」
大神官の側近、大祭司ラインセンが力強く頷く。
「 嘘を見抜く加護を持つ大祭司殿がそう告げるのなら、確かであろう 」
フェルガント公爵も深く頷く。
「 ただし、庶子が真実を語っていても、与えられた情報自体が虚偽である可能性はある。
それゆえ鵜呑みにはせぬが……。本人は確かに嘘をついてはおらぬ 」
嘘を見抜く加護を持つ大祭司、彼が断言するのなら間違いはない。
それほど、大祭司の加護の力は強い。
庶子の言葉の真偽についての話が一段落ついた時、
ーー コツコツコツ ーー
控えめに扉が叩かれた。
ノアリスが開けると、愛し子付きの侍女が立っていた。
「 会議中と伺いましたが……、ご報告すべきかと。ミハル様が先ほどお目覚めになりました 」
「 ミハルが? 様子はどうなのだ 」
クレイアスが思わず身を乗り出す。
「 はい。 お健やかで、お食事も召し上がられました。
ただ、こちらを 」
侍女ミューラは一冊のお絵かき帳を差し出した。
中をめくると、独創的で謎めいた絵が次々と現れ、最後のページで手を止めた。
「 ミハル様が悩まれているご様子でしたので、お心に触れようと紙とペンをお渡ししたところ……、この絵を描かれました。
左右の瞳の色が違う人物のようでございます。
ミハル様はそれを指さし、『 モチタ 』と、何度も繰り返しておられました 」
その場にいた者たちは、同じ人物を思い浮かべた。
ーー 左右の瞳の色がわずかに異なる青年 ーー
クレイアスの護衛の従者にして、ヴァルディア王の庶子、アーフィン。
絵には、そのアーフィンの頭上に大きな星が輝いていた。
太陽は女神の慈愛、月は女神の慈悲。
そしてーー月に寄り添う大きな星は王の印。
「 これは…… 」
フェルガント公爵が息をのむ。
「 やはり、意味があったのか 」
クレイアスが呟く。
大神官が静かに告げた。
「 間違いなく、あの者を指して言ったのだろう。
《 モチタ・イィコ 》
ーー我らに、あの者を守り導けという事であろう 」
重苦しい沈黙ののち、ヴェルトラム殿下が口を開く。
「 王の印は……、今のヴァルディア王を退け、あの者を王とせよという意味なのか…… 」
その言葉は談話室に重く響いたのだった。




