呪物と聖姫の血脈
シアロッサに大神官と共に来ていた資料監査室の室長は、この日、神殿の談話室へ呼ばれていた。
フェルガント公爵が捜索の末に発見した、呪物と思われる首飾りの検分が行われるためである。
シアロッサでは、毎朝の会議と情報交換の場が設けられており、その時間を利用しての検分となった。
「 ――回収した呪物がこれになります 」
資料監査を担う神殿の室長、秘典監の立ち会いのもと、木箱が開かれた。
中に収められていたのは、ただの木製の首飾りに見える代物であった。
「 ……普通の素朴な首飾りにしか見えん 」
クレイアスが眉をひそめる。
「 はい。 しかし手に取ると、妙に持ち帰りたい衝動に駆られると…… 」
「 厄介なことだな 」
フェルガント公爵はそうつぶやきながら、ためらいなく首飾りへ手を伸ばした。
「 おやめください! 」
側近が慌てて制止する。
しかし公爵は薄く笑みを浮かべた。
「 なに、手に触れたとて、何事かあれば其方らが止めてくれるであろう 」
そのまま首飾りを持ち上げた瞬間、公爵は顔を顰め、すぐに手を放した。
「 ……これは奇怪な 」
吐き捨てるように言い、手を払うように動かす。
「 分かっていながらも懐に入れたい欲求が湧いてくる……。 これでは何も知らぬ者は抗えまい 」
「 この首飾りが本当に、あの魔物を生み出したのか? 」
ヴェルトラム殿下が問いかける。
「 あの魔物は城ほどの大きさであったが…… 」
秘典監が恭しく答えた。
「 腕が現れた姿を私は目にしておりませんが……
殿下が仰られた大きさ、穢れの腕の証言、外見の特徴……さらには手に取った者の所有欲を刺激する点。
すべて、記録にある“ 死綴の環 ”と完全に一致いたします 」
「 ならば、決して世に出ぬよう封じねばならぬ…… 」
大神官が重々しく言葉を落とす。
「 これは……壊すことは出来ぬのか? 」
フェルガント公爵が尋ねる。
秘典監は首を振った。
「 記録によりますと、一時的に破壊できても、いつの間にか元の姿へ戻ってしまうと…… 」
「 なんと面妖な…… 」
「 呪物は長い時間をかけて神職の者が浄化します。しかし、強すぎる物は浄化の力をもつ神官が何人集まろうが、何年かけようが浄化は出来ませぬ。
そういった物を、浄化するのがケルメナの巫女の役割でございました 」
秘典監に続き、公爵が話をする。
「 ケルメナには強い浄化の力をもつ巫女が時折生まれる
゛強き巫女の血統 ゛
が有ったのであったな 」
「 左様で御座います。 その血統を持つのがケルメナの総領家一族でございました 」
「 ならば、ケルメナに穢れの腕が現れた際、なぜ巫女は浄化を試みなかったのだ 」
ヴェルトラム殿下が重ねて問う。
秘典監が淡々と答える。
「 本来、目覚めた呪物の浄化は、眠っていた状態のそれとは比べものにならぬほど困難。ゆえに封印された状態で浄化を試みるのです。
ーーつまり、穢れの腕が顕現していた時点で、もはや巫女といえど浄化は叶わなかったのでしょう 」
「 ……なるほど 」
「 記録によれば、巫女は力に覚醒すると、各地から送られてきた呪物の浄化を試みました。
浄化できぬ場合はさらに封印を強め、次の代の巫女が覚醒した際に再び挑む。浄化の力には個人差があり、代ごとに強弱がございましたが……
総領家の一族からは必ず一定以上の力を持つ者が現れていたと記録にあります 」
「 しかしケルメナはすでに滅びた…… 」
ヴェルトラム殿下の声は沈痛であった。
「 その通りで御座います 」
秘典監が頷いた。
「 いま、この世界に有る呪物で神官の手で浄化ができずにいる物は、封印されている。
……ケルメナ無き後、誰も浄化できなかったのでな 」
大神官が言った。
「 回収したこの呪物も、然るべき封印を施すように 」
大神官の言葉に秘典監は恭しく礼をし、首飾りを携えて静かに部屋を去っていった。
* * *
室内に残ったのは、大神官とヴェルトラム殿下、フェルガント公爵、クレイアス、そしてごく少数の側近たちのみであった。
しばしの沈黙ののち、公爵が口を開く。
「 ……大神官殿。
愛し子様は、いったいどちらのご出身か 」
大神官は無言で視線を向ける。
公爵はさらに言葉を重ねた。
「 黒髪の者は珍しくはない。黒き瞳の者も、まま見かける。
だが両方を併せ持つ者となれば……ケルメナの民の特徴ではあるまいか。
そして、あのお力。
ケルメナ滅亡当時、巫女姫ですら浄化できなかったと言われた穢れの腕を浄化された。
もしや……愛し子様はケルメナとかかわりがあるのでは……? 」
その声は、疑念というより確信を帯びていた。
「 その昔、わしは聖姫様の導きの光をこの目で見た。ゆえに今回も、光を見た瞬間に理解できたのだ。あれこそ、導きの光であると。
……だが導きとは一体なんなのか。
聖姫様は、あののち、どこへ行かれたのか。
愛し子様はどこから来られたのか…… 」
フェルガント公爵は、誰に問うでもなく独り言のように呟いていた。
その時、大神官が静かに口を開く。
「 フェルガント公爵よ。 そなたは聖姫の真実を、どこまで知っておる? 」
公爵は息をのみ、やがて答えた。
「 ……聖姫様は、この国において本来の立場にそぐわぬ境遇に置かれ、虐げられていたと、
父よりそう聞かされております 」
「 その通りじゃ。
生まれてより十五年、国に恵みをもたらし続けてなお、命すら危うい状況にあった 」
「 父から聞いた折には、女神に愛されし御方にそのような仕打ちをするなど、信じがたいことだと思っておりました 」
「 だが、それが事実じゃ。
其方が聞いた以上に、なお悲惨であったろう。
……聖姫の真実については、すでにクレイアスにもヴェルトラム殿下にも伝えておる 」
大神官は厳しい面持ちで続けた。
「 あの時代、我欲に溺れた者が国の中枢に多くいた。
神への敬意を忘れ、恵みを当然と傲り、女神の愛し子をすら虐げる醜き者たちがな。
……国だけではない。
神殿の上層部すら腐敗していた。
愛し子の境遇を知りながら、国の我欲に与し、守ろうとはせなんだ 」
大神官は一拍置き、重々しく告げた。
「 愛し子ミハル様は……聖姫エリエゼルの孫にあたるお方じゃ 」
「 ……! 」
「 聖姫様の……?! 」
公爵は目を見開き、ヴェルトラム殿下も思わず声を上げた。
大神官は静かに続ける。
「 あの浄化の力、髪と瞳の色。
いずれもケルメナ、そして聖姫との縁を思わせる。
中途半端な憶測はかえって害となろう。
ゆえに伝えておく 」
「ヴェルトラム殿下に聖姫の境遇をお教えした際にも話した事ではあるが……。
最初の降臨時、ミハル様は聖姫の『私物』をお持ちであった。
その品は、わしが聖姫と共に神殿で過ごした折に確認したもの……。
記録には残しておらぬ。
ゆえに知るのはわしのみ。
その私物を携えて、ミハル様はわしの私室にいたクレイアスの元へ降臨された。
そしてご自身の出自を……絵に描かれたのだ 」
「 絵に……? 」
ヴェルトラム殿下が思わず声をもらす。
「公爵よ、 聖姫の境遇を知るのなら、その母がケルメナの出身であることも承知しておろう。
ケルメナは巫女の国。最も強き巫女を輩出する家系があり、直系に生まれた巫女は “ 巫女姫 ” と呼ばれた。その家こそケルメナを治める実質の王家であった 」
大神官の声がさらに低く響く。
「 ケルメナ滅亡の折、浄化の力に覚醒する前の若き巫女たちが、信徒を連れて亡国を逃れた。
その中にーー次代の巫女姫がおった 」
「 聖姫エリエゼルの母、ルメシア様がその次代の巫女姫であった。
ゆえに聖姫は、ケルメナ最後の巫女姫の孫にあたる。
つまり……愛し子ミハル様は、ケルメナ王家の直系にして、最も強き浄化の力を受け継ぐ巫女姫の末裔なのじゃ 」
大神官の語る愛し子の真実に、誰もが言葉を失っていた。




