閑話】戦士たちと語り部
魔物が討伐されてから三日。
町はまだ混乱の余韻を残していた。
広場や通路の脇には一般兵が寝泊まりする天幕が張られ、普段の町からは想像の出来ない光景であった。
しかし戦いが終わり近隣の町から援軍として駆けつけた神官や治安兵は、怪我の治療を受け次第、順次それぞれの町へと帰還の準備を始めていた。
あれほど絶望的な戦いであったにもかかわらず、死者は一人も出なかった。
それは奇跡と呼ぶにふさわしい。
伝承にあった呪物の性質から、死者が出れば魔物がさらに力を増すと考えられていた。
ゆえに神殿は、ありったけの聖水を用意させ、徹底して命を守るよう指示していたのである。
「危ないと思ったら惜しみなく撒け、と。
まさか本当にこんなに使う日が来るとは思わなかったな」
「 でも、おかげで誰一人死なずに済んで助かったぜ 」
普段なら滅多に使えぬ貴重な聖水を惜しみなく使え――危険を感じたなら、ためらわず聖水をまき散らせ――そう命じられていたのだ。
そのため死者は出なかったが、戦いは激しく負傷者は多かった。
最初に大けがをした治安兵は腕を肩から食い千切られていた。
戦士たちの中には手足を失った者も多数いたのだった。
通常であれば、そうした欠損は治せない。
カシェリオス国内にもそれを癒せる者はおらず、神殿にも1人しかいない。
しかも治療には儀式や希少な霊薬が必要となり、庶民には手が届かぬほど高額だった。
だが今回、光がもたらしたのは聖騎士や神官の強化だけではなかった。
癒し手の力もまた、例外なく強化されていたのである。
戦いの際この町にいた癒し手は、元々この町にいた侍祭が一人、助祭司が一人。
そして公爵が連れてきた一人、さらに近隣の町から駆けつけた一名とヴェルトラム殿下が連れてきた二人。
合わせて六名にすぎなかった。彼らの中に欠損を治せる者は一人もいなかった。
あの戦いで、癒し手達も限界まで力を振り絞りけが人の治療をし続けた。
できうる限りの力を使い、それでも傷口をふさいで、怪我をした戦士の命を繋ぐので精いっぱいであった。
そんな彼らも、神の光をその身に浴びた。
「 う、腕が……! 腕が戻った……! 」
彼らは光を浴びた事で、霊薬も使わず欠損さえも癒せるようになっていた。
「 私は今まで通り祈りを込めただけです。 女神様が、導いてくださったのです! 」
笑顔で治療をしていく癒し手達。
失った腕が戻り、失った足が蘇る。
血に濡れ、絶望の淵にあった戦士たちは、奇跡を目の当たりにして涙を流し、神への祈りと感謝を繰り返した。
「 俺の足が……戻った……! もう歩く事も出来ぬと思っていたのに! 」
「 ああ、神よ……。 また息子をこの手で抱いてやることが出来きます! 」
「 命を救われたのだ 」
「 女神が我らをお守りくださったのだ 」
そう口々に語りながら、戦士たちは本来の居場所――それぞれの町や砦へと帰る準備に取り掛かるのであった。
* * *
この町にいたすべての者は一人の例外もなく女神の祝福の光を目撃していた。
帰路に就く戦士たちの話題は黒き腕との激闘、そしてあの光。
帰路につく戦士たちは、口々にその体験を語る。
「 見ただろ、あの黒き腕を! 俺が斬り伏せた瞬間に光が降ったんだ! 」
「 おいおい、それを言うなら俺の剣が黒き腕を切り裂いたときにだな! 」
「 俺の剣が光り輝いてあの黒き腕を一気に切り裂いたんだ 」
「 いや、俺の剣の方が光り輝いていたぜ! 」
ーー誇張と自慢が飛び交い、仲間同士で競うように語り合う。
各自、持ち場や家に戻っても、この話題が尽きる事は無かった。
町にいた者は、戦士や神官だけではない。
逃げ遅れた住人と共に逃げ遅れた旅人も商人も探索者も、神殿で身を寄せ合っていた。
町を離れた旅人たちは行く先々で声高に語っていた。
「 俺はこの目で見たんだ! 星の光が集まって、神の光が降り注いだんだ! 」
「 黒き魔物なんざ一瞬で塵さ! 町中が光に包まれてよ! 」
目的の場所へ彼らは散らばり、
ある者は旅先で自らの目撃談を声高に言いふらし、
ある者は自らの仕える者に報告をし、
また、ある者はその感動に胸を震わせていた。
クロウィル商会の商会長、バスリット・クロウィル。
彼もまたあの場に居合わせた一人であった。
彼は商会の仕事で王都へ赴き、ヴァンドル辺境伯領の支店へ行く途中でこの町に立ち寄っていたのだ。
正義感と信念、そして篤い信仰心から、自身の商会の馬車を惜しみなく提供し、人々の避難に尽力していた。
残った住民と共に避難をする予定であったが、その前に布が燃え尽き、神殿に身を寄せていたのだ。
そこで彼は
ーー人生で三度目になる祝福の光を目撃した。
バスリットは胸に手を当て、感極まった面持ちで呟いた。
「 これは……、偶然ではないだろう 」
瞳を潤ませながら彼は続ける。
「 幼き日に聖姫の導きを見た…… 今回の愛し子様の最初の降臨の奇跡を拝し、そして今回まただ。
……三度も祝福の光を拝む者など他にあろうか!
女神様は我に託されたのだ。
この奇跡を語り継げと。
後世へ伝えよと!
我に語り部の使命が託されたに違いない! 」
バスリットは天を仰ぎ、その使命を心に刻むように宣言した。
「 女神よ! その御使命! 身命を賭して拝命いたします! 」
バスリットの激しい思い込みである。
だが、大神官と親交のある筋金入りの女神信奉者の言葉は人々に重みをもって響いた。
バスリットは書籍を出した。
また絵本を作り各孤児院へと送った。
やがてバスリットは劇団を後援し、この後に起こった数々の奇跡を舞台化した。
その舞台は国を超えて空前の大ヒットとなり、書籍は後の世で女神の奇跡が記録された歴史書として残っていくことになるのだが……
ーーしかしその未来を、今はまだ誰も知らない。




