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アーフィン② ~告白~

 翌日。

 フィンは上司レネシスに願い出た。


 「 神殿で懺悔をしたいのです。

もし許されるなら、共に付き添っていただけませんか。

それに……

大神官様にぜひ聞いていただきたいことがございます 」


 「 懺悔……? 

それは愛し子様のお言葉に関わることか? 」


 フィンは静かにうなずく。

 その真剣さに、レネシスは言葉を失った。


 「 懺悔は他の神官ではならぬのか? 」


 「 大神官様に……、どうか 」


 フィンは苦しそうな声で言う。


 懺悔は罪を告白し、女神の慈悲を乞う神聖な行為。

 通常は神官を選ぶことはせず懺悔室にて行えばよい。


 だが彼があえて大神官を望み、さらに自分に同席を求ている。

 これはただの告白以上の意味があるはずだ。


 レネシスはすぐに主であるクレイアスーー大神官の養い子にしてヴァンドル辺境伯へ伝える為、辺境伯の側近ノアリスに事情を説明する事とした。


 「 愛し子様のお言葉に関わることだと聞いたが……詳しくはここで話せぬのか? もしや神託を受けたのでは? 」


 ノアリスの問いに、フィンは苦しげに首を振った。


 「 いえ……

神託を頂くなど、卑しい身の私には決して…… 」


 真面目で実直な男が、自らを 「 卑しい 」 とまで言い切る。

 その姿にただならぬ事情があると悟らざるを得なかった。


 「 懺悔は、神職以外の者に聞かせるものではない。

神職以外が聞くという事は内容次第では、おまえ自身が罪に問われる可能性もあるという事だぞ 」


 「 はい。覚悟はできております 」


 「 愛し子様のお言葉と懺悔。

 ならば後ほど辺境伯閣下にもお知らせする事になるが、それでもよいのだな? 」


 しばしの沈黙の後、フィンは深くうなずいた。


 「 お聞き、いただけるのなら 」


 * * *


 懺悔の場は異例の速さで設けられた。


 本来、大神官が一介の市民の懺悔に立ち会うことはない。

 しかし 「 愛し子の言葉に関わる 」 とあっては無視できなかった。


 神の愛し子が降臨の場で、神力を纏いながら紡いだ「聖句」だ。

 当然、何らかの意味があるはずである。


 フィンはレネシスと共に懺悔室へ入る。

 壁越しに大神官の厳かな声が響いた。


 「 慈悲深き女神は悔い改める者を拒まぬ。

 心をそのまま伝えなさい 」


 深く息をつき、フィンは告げた。


 「 ……私の本当の名は、フィンではなくアーフィンと申します。 

 ヴァルディア王の第三子。

 私は……、ヴァルディア王の愛妾の子にございます 」


 隣にいたレネシスが驚愕に息をのむ。


 「 私は父王より 『 ヴァンドル辺境伯の信を得よ 』 と命じられ、この地へ参りました。 

 刺客として送り込まれたのではありません。

 しかし、父は私を介して辺境に手を伸ばす策を抱いておりました。

 私は、誰かを傷つけたことはございませんし、他の間者を招き入れたこともございません。

 ですが、私自身がすでに間者でございましょう 」


 そう言って、フィンは涙をこぼした。


 「 女神さまはすべてを見通しておられた。

 だから愛し子様は私に声をかけられたのでしょう。


 《 モチタ・イィコ 》


 ……そう仰せられたお言葉が、私にその罪と立場を突きつけました……! 」


 嗚咽を押し殺しながら続ける。


 「 しかし、私が閣下や大神官様に真実を伝えたと、

私が国を裏切ったと知れれば、国に残る母と妹の命が…… 」


 しばしの沈黙の後、大神官の声が落ち着いて響いた。


 「 ここで語られたことは他言せぬ。

 懺悔とは女神の代理としてその心を聞くためのものだからだ。

 だがーー

 今の言葉を懺悔室を出て、改めて告げなさい。

 力になれることもあろう 」


 「 ……はい。辺境伯閣下にも、すべてをお話しいたします。

 どうか……母と妹をお助けください。

 私は、なんでもいたします 」


 フィンは額を床に擦りつけるようにして懇願した。


 懺悔室を出た一行は、神殿の談話室へと移動した。


 魔物討伐からまだ二日しか経っておらず、かつて避難民でごった返した部屋は雑然としたままだった。


 その部屋の周囲には見張りが立ち、外から聞き耳を立てられぬよう厳重に警戒が敷かれる。


 そこにはヴァンドル辺境伯クレイアス、その側近ノアリス、大神官アルセルドとその側近の大祭司、愛し子が聖句を口にした時に傍にいた神官、そして上司レネシスに伴われたフィンがいた。


 あまりの出来事にレネシスの顔色は悪かった。


 しかし、最後まで聞き届けると決めた以上、しっかりと聞き、自らの出来る事をするつもりであった。


 やがてフィンーーいや、ヴァルディア王の庶子アーフィンは、前置きをしてから語り始めた。


 「 私が父王より聞いていたことが、真実かどうかは定かではございません。

 ですが、順を追ってお伝えいたします 」


 ヴァルディア王がアーフィンを潜入させる策を巡らせたのは、初めて愛し子が降臨した五年ほど前。

 少年であったアーフィンの使命は、下働きとしてヴァンドル領に入り込み、実直に仕え、できれば領主の護衛として傍に仕えることだった。


 「 ……また、もし “ 普通の信頼以上 ” のことを求められたなら、それにも応じよと 」


 アーフィンは一瞬、言い淀み、気まずそうにノアリスをちらと見た。


「 当時、父は……閣下が、その……女性にご関心をお持ちでないと本気で思っていたようで。 

 その方向で男を送り込みましたが、ことごとく失敗したと。 

 傍にいる閣下の “ 恋人 ” が嫉妬から全員退けたのだろう、と…… 」


 ノアリスは苦々しく眉をひそめる。


 「確かに、一時期そのような噂が立っていたな……」


 クレイアスは頭を押さえ、低く吐息をついた。


 「 ……だから、どこに行っても男が言い寄ってきたのか 」


 気を取り直し、ノアリスが問う。


 「 本当に、刺客としてではなかったのか? 」


 「 はい。使命は閣下の信を得ること。

 決して反意と取られることはせず、有事には盾となれと命じられておりました。

 ……そして私を介して、ヴァルディアの “ 知恵者 ” を送り込む、と 」


 「 知恵者だと? 」

 クレイアスが眉を寄せる。


 「 父は申しておりました。

 ダルカニアから閣下を守らねばカシェリオスは落ちる、と。 

 もしカシェリオスが負ければ、ヴァルディアも、隣国エルラントも、小国群にいずれは蹂躙されて消えるだろうと。

 小国群がヴァルディア王国とエルラント王国に手出しをしないのは、カシェリオス王国が背後にあるが故と父は考えているのです 」


 「 ……なぜヴァルディアが知恵者を送らねば、私が敗けると王は言う? 」


 アーフィンは少し視線を泳がせ、やがて低く答えた。


 「 父は……、吐き捨てるように言っておりました。

 『 今のカシェリオスの王は考えが足りぬ。 国を守れる器ではない 』 と。 

 既に多数のダルカニアの間者が王都に入り込んでおり、私を含めた他国の間者の存在にすら気づかぬ虚けだと……


 前王の時代、ヴァンドル辺境伯領に有事有れば国も支援をしていたが、今の王ではそのような事も出来ぬのではないかと。

 実際、9年前の国境侵犯時、王都からの増援なく辺境伯閣下は戦われた……と 」


 アーフィンは言葉を選びながらも、父王の言葉を余すことなく告げた。

 そして呟くよう続けた。


 「 ……愛し子様のお言葉に触れ、全てを話さねばと思いました 」


 「 お言葉にふれて、か 」


 アルセルドが促す。

 アーフィンは拳を握り、震える声で口にした。


 「 あの時、耳で聞いただけでなく、心にまで響いたのです。

《 あなたは希望の子 》と。

《 未来を切り開く種なのだ 》と。

《 自ら立ち上がれ 》と! 」


 ーー実際には寝ぼけた美春がモチ太の毛と同じ髪色をみて 「 モチ太だ 」 と思って口から出た言葉だった。


 だが……

 影を背負い、追い詰められた者には、救いの声に聞こえたのだ。


 「 ……すべては導きか 」


 クレイアスの呟きに続いて、大神官が言葉を告げた。


 「 そなたの母と妹は、神殿で保護しよう。

理由は”祝福がある可能性を示唆された”とでもすれば良かろう。

 祝福の為、大神殿で祈りを受ける必要があるとな 」


 「 ありがとうございます。

 心残りは、その二人だけにございます 」


 クレイアスは頷きつつ、続ける。


 「 だが、愛し子の言葉は真実を語れ、と言う事だけであろうか。

 《 モチタ・イィコ 》

 ……希望の子、か 」


 「 アーフィンよ。

愛し子様より直接聖句を賜った以上、

そなたは、何らかの使命を女神から帯びていると受け取るのが自然であろう 」


 大神官が静かに告げると、ノアリスも口を開いた。


 「 この者がいきなり姿を消せば、ヴァルディアに情報漏洩を悟られましょう。

 これまで通りとは行かずとも、監視を付け、普段通りにふるまわせるべきかと 」


 その方向で今後の方針は決まり、監視役はそのまま指導役であった上司のレネシスが担当することに決まった。

 フィンが他の者と接触している所を見られれば、あちら側に付いたことが露見する恐れがある。

 しかし、上司であるレネシスの傍にいるのであれば、その心配はないと判断された。


 また、ヴァルディア王国より接触があり次第、レネシスを通じて報告をするという事になった。


 ノアリスがふと口にする。


 「 いっそ、閣下がフィンに手を出した事にして、相手の知恵者をおびき寄せては? 」


 クレイアスは顔を顰め、吐き捨てる様に言った。


 「 ……お前がフィンを襲った事にして、そのまま傍に置けばよかろう 」


 「 え~俺ですか? フィンの目的は閣下じゃないですか。

閣下が手を出したことにすればいいじゃないですか 」


クレイアスは低い声で言う。


 「 ミハルの前で同じことを言ってみろ。 ただじゃ済まんぞ 」


 ノアリスは笑みを浮かべ、なおも軽口を重ねる。


 「 そこまで言うのなら、とっととミハル様との間を進展させてくださいよ! 」


 重苦しい空気が、ノアリスの軽口でわずかに軽くなっていた。




次回は2話投降になります。


・【閑話】戦士たちと語り部

・呪物と聖姫の血脈


どちらも、月曜日の朝10:00更新です。

よろしくお願いいたします。


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