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アーフィン①~希望の子~

アーフィン編は本日二話投降。

アーフィン①~希望の子~ 10:00更新

アーフィン②~告白~   12:00更新


よろしくお願いします。

「 愛し子様が……聖句を口にされたと? 」


 国の重鎮たちが、神殿の談話室でヴァルディア王国の暗躍についての話し合いを行っているその頃。


 愛し子が降臨の際に呟いた言葉について、ヴァンドル辺境伯の護衛の従者が、上司に伴われて町の祭司に呼び出されていた。


祭司の問いに、侍祭が深くうなずき、言葉を添える。


 「 はい。光の中よりご降臨され、魔物を浄化されたあと、愛し子様は、そこの青年に手をかざして

   ” モチタ・イィコ ”

  と間違いなく言われました 」


その愛し子から言葉をかけられた青年ーーフィンは真っ青になっていた。


「 も……申し訳ありません。 ……驚いてしまい…… 」


 狼狽するフィンの声は震え、まともに言葉を繋ぐことさえ難しい。


 祭司はその様子に目を細め、穏やかな声で問う。


「 愛し子様が、なぜ、そなたにそのようなお言葉をかけられたのか……何か心当たりはあるかね? 」


 祭司は優しい問いに、フィンは苦しげに唇を噛み、やがて小さく首を振った。


 「 ……いえ、その……、なぜなのか、私自身も分からず……」


 しどろもどろの答えのあと、フィンは下を向いてしまう。

 それを見ていた上司のレネシスが一歩前へ出た。

 彼は祭司に向き直り、恭しく言葉を添える。


 「 発言の許可をいただけますでしょうか 」


 「 どうぞ 」


静かに頷いた祭司の許しを得て、レネシスは淡々と、しかし温かみを含む声音で続けた。


「 この者は信仰に篤く、先日の新年行事に随行した際も、空き時間を見つけては神殿へ赴き、心を込めて寄進をしておりました。

 愛し子様よりお声をかけいただいたのも、その信心深さゆえかと……。

 ただ、あまりの栄誉に感極まり、まだ気持ちの整理がつかぬのでしょう。

 落ち着き次第、改めて神殿へ赴かせ、心当たりを語らせると誓いますので、今日は下がらせていいただけないでしょうか 」


 そう告げると、レネシスは優しくフィンに目を向け、安心させるように小さく頷いた。


* * *


古い聖句の一説

『 フラトレス・ソロレスケ、ノリテ・オブリヴィスキ。

イン・ドローレ・トラディティオ エトシアム、アリオス・ノン・レーデンテ、

タケンス・シレントゥム・イン・イトゥム・ペルセヴェラント。イラ・フィグラ・エスト・ルーメン・イン・テネブリス、セメン・スぺイ・エスト。


( 兄弟姉妹よ、忘れてはならぬ。

裏切りの苦しみにあっても他を傷つけず、黙して歩みを続ける者がいる。

その姿は暗闇に灯る光、希望の種である ) 』


『 エルゴ、イロス・プロテゲテ。

ーー モチタ・イィコ ーー

ホク・エスト・イプサ・ヴォルンタス・デエ。 エト・イプサ・カリタス・デエ・エスト。


( ゆえにその者を守れ。

 ーー小さな希望を守れーー

それこそが女神の御心であり、女神の慈愛そのものなのだ )』


 モチタ・イィコ──

 この言葉には主に二つの意味がある。


 一つは 「 小さな希望を守れ」


 もう一つは 「 あなたは希望の子 」


 古き聖句に出て来る一節の言葉である。

 時代により、その聖句の解釈は変転してきた。

 裏切りに遭いながらも心を惑わされずに、正しき道を進む者を指す、というのが現在の主流の解釈だ。


 しかし別の時代には、裏切りながらもそれに心を痛め、正しき道を進むべきか迷う者を指すとされたこともある。


 さらには、裏切りに気づかぬ者を救え、という意味に解された時代もあった。


 ある学者は 「 大切なものを守るためには裏切りは許される 」 と読み解いた。


 どの時代の解釈にも共通して重要視されてきたのは、文中の

 「 裏切りにあう/裏切っている(トラディティオ) 」

 「 小さな希望/希望の子(モチタ) 」

 「 守る者/抱く子(イィコ) 」


 の三つの要素である


 ◇◇ フィン ◇◇


 ーー従者フィンの胸中は、戸惑いと混乱の渦に呑まれていた。

 降臨の場で目にした圧倒的な神力、全てを清めるかのような光。

 肌で感じたその威に、畏怖とも感動ともつかぬ思いが心を満たしていた。


 その直後に与えられた、愛し子からの言葉。


 ーー モチタ・イィコ ーー


 彼がこの聖句を最初に学んだ時、教師はこう言った。


 「 裏切ってでも守らねばならぬものがあるのなら、それは許される行為である。目的を叶えるための行為を裏切りとは言わない 」


 しかし、それは我欲とどう違うのか。

 利己のためと目的を果たす為ーーその境目は何なのか、彼には答えが出せなかった。


* * *


 あるとき、滞在した小さな町の神殿で、年若い神官に親切にされたことがある。

 その神官は柔らかく語った。


 『 我欲と誰かを思う欲は似ていることもある。

でもね、誰かを傷つける欲は、後で必ず自分を苦しめるよ。

 それが大切な人のために出来る行為なのか……、そうでないのかを、考えてみるといい 』


 そして、こう付け加えた。


 『 僕はね、聖句は 《 あなたは希望の子 》 という意味だと思っているんだ。

 誰かが苦しんでいるときにかける言葉なんだよ。

裏切る事に苦しむ人は、” 裏切りたくない ” という心を持っているからね』


さらに神官は言葉を重ねた。


 『 安全な場所で人を犠牲にし、心を痛めているふりをする者もいる。 正論めいた事を言って誰かを犠牲にして、それを当然だと思う者もいる。

 そういう我欲に傷つけられている者は、大抵、傷つけられる事に耐えるのが当然だと思い込んでしまうんだ。でもそうじゃない。 傷つけられて当然では無いんだ。


女神さまは告げておられる。

「 あなたは希望の子なのだ 」と。

自ら立ち上がり、自分で未来を切り開く希望の種なのだと 』


 その言葉が不思議と心に浸み込んだ。


 * * *


 今回の魔物討伐の前、上司は、 「 特別任務だ 」 と言って、フィンたち若い従者に戦士の遺書を託し王都へ行かせようとした。


 ーー若者たちを危険から遠ざけ、命を未来へ繋ごうとしてくれたのだ。


 理由はどうあれ、そんな上司を自分は裏切っている。

 親切にしてくれる仲間を、一緒に汗を流し笑いあった者たちを、裏切っているのだ。


 そしてーーそのことに胸が苦しいと気づいた。


 いや、前から気づいていたのに、見ないふりをしていただけだった。


 フィンは自問する。


 父はかつてこう言った。

「 政治は綺麗ごとではない 」 と。


 ーーその時の父の瞳は何を語っていた……?  


  ” お前は、辺境伯の信用を得よ ”

父から与えられる言葉は、いつも命令、指令でしかなかった。


若い神官の言葉が脳裏をよぎる。

 『 正論めいた事を言って誰かを犠牲にして、それを当然だと思う人間もいる 』


 その言葉が、父の命令する姿と重なる。

 ” 露見するくらいなら自決せよ ”

 そして露見すれば、母も妹の命も奪われる。


 ああ、そうか。


 私は道具なのだ。

父にとって、私は息子ではなく人でもなく、ただ消費される道具だ。


 犠牲になっても 「 仕方のないこと 」 。

消費して当然の道具。

 心を痛めているふりすらあの父はしないだろう。


 ーーしかし、愛し子の眼差しは違った。


 幼い家族を思いやるような、暖かく慈しむ光に満ちていた。


 《 あなたは希望の子よ 》


 その言葉は、ただただ温かく、フィンの心に響いた。

 《 自分で未来を切り開ける希望の種なのよ 》


 その瞬間、フィンの心に弱々しくも確かな火種が灯った。


 愛し子の言葉を受けたとき、胸に生まれたもの。

  「 自分で立ち上がるのだ 」という思い。


それはまだ頼りない炎だ。


 だが確かに、従者フィンーー否、ヴァルディア王の庶子アーフィンの中で芽吹き始めていた。


アーフィン編の後編

アーフィン②~告白~ は、本日12:00更新となります。

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