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呪物と確信

◇◇シアロッサ◇◇


「 もしも何者かが意図して仕掛けたのなら、証拠を消される前に押さえねばならん。 急げ! 」


フェルガント公爵は直ちに現場の捜索を命じ、自ら指揮を執った。

公爵の鋭い声に兵たちは即座に動く。


夜明け前 ーー異形の魔物は、愛し子の御力によって消え去った。

しかし何者かが仕組んだことであれば、証拠を消され呪物を持ち去られかねない。

いや、人の介在があったのは間違いないだろう。


神の布への攻撃こそが、その証左である。


証拠を消されぬ前に迅速に、そして確実に、問題の呪物を抑えねばならない。


まだ夜も日も昇らぬ暗い中を、松明で照らしながらの捜索が始まっていた。


魔物が現れたのは宿場町からおよそ、一キロ離れた兵士の詰め所。

最初に足を踏み入れた兵は、青ざめた顔で戻ってきて報告する。


「 ……あの場所に、人の……体が……複数…… 」


公爵は眉をひそめた。

「 ……やはり、そうか 」


穢れの魔物は浄化された。

だがそこには、魔物に喰われたであろう人々の残骸が幾人分も散乱していたのだ。


「 無念だったろう……必ず償わせる 」

公爵の言葉に、周囲の兵たちの顔も引き締まった。


「 魅了耐性の強い者を先頭に立たせます。 耐性の弱い者は補佐につけました 」


捜索を担当するフェルガント公爵領騎士団の隊長が、公爵へ報告する。


捜索にあたる兵は、魅了の魔術への耐性を持つ者から選ばれていた。


もし本当に“ケルメナの呪物”が関わっているのなら、それは人の心を惑わせ、世に災いをもたらす危険性を秘めているからだ。


魅了を遮断する魔導具も存在するが、その数は限られており、すべての兵に持たせることはできない。

故に、こういった物の捜索には魅了や洗脳に耐性がある者が選ばれる。


やがて、散乱する遺物の中から木製の首飾りが発見された。

拾い上げた兵は一瞬、”持ち帰りたい”という衝動に駆られたと報告した。


「 ……間違いあるまい。 呪物だ 」

公爵は即座に判断し、命じる。


「 封魔の箱に収めよ! 決して素手で触れるな! 」


首飾りは神殿より渡された封魔の箱に収められ、厳重に運ばれることとなった。


一方その頃、愛し子は町へ降臨し、化け物を浄化したのちに気を失い、いまだ目を覚ましていない。


この報せは大神殿にも届き、大神官アルセルド師と愛し子付きの侍女たちが急ぎ出立したとの連絡があった。


さらに、呪物が関わっている可能性が高いため、神殿で書物や記録の管理、神物や呪物の研究を担う《 秘典監(ひてんかん) 》も同行するという。


秘典監(ひてんかん)殿が到着次第、必ず検証せねばならん 」


フェルガント公爵はそう言い、険しい眼差しで呪物の収められた箱を見据えていた。


ーー 同刻 ーー


ここは、カシェリオスとエルラントの境に広がる、森の中にある猟師小屋。


美春がシアロッサに降臨した、その翌日のことである。


小屋の中には、昨日ヴァルディア王国の王弟と密談していたダルカニアの第三王子オルデリクと、商人風の男の姿があった。


卓上に置かれた、猟師小屋には不似合いな魔導通信機からは、別の場所にいる男の声が響いている。


「 ……失敗した、だと? 」


『 はい。 穢の腕が消えました 』


予想外の報告に、オルデリクは息を呑んだ。


ーー失敗するはずがない作戦だった。

カシェリオス第一王子の暗殺や救援軍の拒否はともかくとして、“あの呪物”が浄化されるなど、想定すらしていなかった。


「 どういう事……? ケルメナでも浄化できなかった記録が残っているはずだよね 」


“ 浄化できぬ魔物 ”

ケルメナ滅亡の折、あの腕の生えた呪物に立ち向かった巫女たちの記録が残っている。


当時、最も強き浄化の力を持つと謳われた巫女姫ですら、動きを止めることすらできずに犠牲となった。

そして、最終的に魔物が生まれたのだ。


その後、幼く力も弱かった巫女たちが信徒を連れ、各地へと散り散りに逃れた。


ーー小国群にも、カシェリオスにも、ダルカニアやアストラリアにも、その末裔が生き残っている。

その時カシェリオスに逃れたのが、黒き腕に立ち向かった最も強い巫女姫の娘だ。


「 公爵領に放ったあの呪物…… 千人食えば珠が黒く染まり、八千人で腕が現れる。 さらに二千人……

一万人の命で魔物が生まれる。 カシェリオスが国ごと滅ぶかもしれないとも思ったのに 」


しかし予想を覆すものが現れた。

ーー 光る布。

その布が、魔物を抑え込んでしまったのだ。


「 ……あんなの、反則だろう 」

かすかに苛立ちをにじませる。


「 たしか、あの布を持っていたのはヴァンドル辺境伯だったと言っていたな 」


『 はい。多くの者がヴァンドル辺境伯の手より光る布が放たれたのを目撃しております 』


ヴァンドル辺境伯といえば大神官の養い子……。

ならば大神官から密かに “ 神物 ” を与えられていたとしてもおかしくはないか。


「 だが、布は燃やしたはずだ。それで、“死綴の環(しづつのわ)”はどうなった? 」


『 ……神殿に抑えられました 』


「 抑えられた? そもそもなんで穢の腕が消えたんだ?!

腕が出ていた“死綴の環”を、神殿が浄化したとでもいうのか? 巫女たちでも浄化出来ないのに、どういう理屈だ 」


『 ーー“愛し子”でございます 』


「 神殿の人気取りの嘘ではなく? 本当にか? 」

オルデリクの問いに、通信の向こうの声が断言する。


『 はい。 確かにおられました 』


「 だが、愛し子は王都の神殿にいるはずだろう? 神殿が危険な魔物のいる場所に、わざわざ連れ出したとでも? 」


『 いいえ。 愛し子はシアロッサに“降臨”なさいました 』


「 降臨……? 神殿から転移してきたとでも? 」


『 分かりません。しかしシアロッサの町全体が光に包まれ、その中から現れたのです。 神殿を覆ったあの光と同じでございました 』


通信の相手は、あの騒ぎの際にシアロッサの神殿に住民と共に避難していた男だった。

彼もまた窓越しに光を目撃していたのだ。


『 間違いありません。 光の中から現れたのは、姿絵に描かれた “ 愛し子 ” と同じ特徴の人物です。 彼女が手をかざすと、そこから浄化の光が溢れ出し……穢の腕は消え失せました 』


「 歴史上、 “ 愛し子 ” に浄化の力に秀でた者がいたという記録はないよね?  浄化の力が強く、黒目黒髪……。

それならケルメナの巫女ではないのか? 」


『 カシェリオスにいるケルメナの末裔は全員所在が把握されておりますが、彼女は含まれておりません。 他の国々においても、特筆して浄化力を持つ者が生まれたという報告はございません 』


「 記録に残らぬ巫女の血統……? いや……まさか 」


オルデリクは低く呟く。


「 ーー聖姫の血か 」


聖姫は、ケルメナで黒き腕に立ち向かった巫女姫の孫であり、巫女ルメシアの娘。


聖姫が旅立ち、その血統は絶えたと誰もが信じていた。


「 だがもし、ケルメナの巫女姫の血が生きていたのなら…… 」


オルデリクの胸に、確信が芽生えていった。


「 愛し子は……、聖姫の子……?

いや、年齢的に孫、か 」


聖姫の血統ならば、カシェリオスの王家の血も引いている。

彼女を手に入れる事が出来れば、カシェリオス王家に食い込むことも可能だ。


「 ……調べろ。 どんな手を使ってもいい 」


『 承知しました 』


魔道具の通信が終わり、小屋には静寂が戻る。


オルデリクは静かになった魔道具を見つめながら、次の手を考えていた。




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