【小国群⑤】光と解放
汚れた魔力の爆発が起こってから、まもなく三日目を迎えようとしていた。
その間、汚れた魔力は感じているが、進展はない。
だがあまりにも異様なその魔力に、慣れる事は出来ず、一行は眠れるぬ夜を過ごしていた。
その深夜――。
「 ……ッ! 」
「 穢れが……魔力が……解き放たれた……! 」
一行は同時にそれを感じた。
爆発のときと同じ、いや、それ以上の規模で広がる魔力。
ここから遠く離れているにもかかわらず、耳鳴りのように圧が迫り、人ならぬものの息づきを肌が覚える。
すぐ傍で、邪悪な魔物が牙をむいている様な恐怖で、姿も見えぬのに肌は泡立つ。
――だめだ。ここにいては食われる。
巫女の血を継ぐ者たちの本能が叫んでいた。
「 陛下! 」
側近たちが蒼白な顔で駆け込んでくる。
旅路の間は身分を偽り、主を “ 陛下 ” と呼ぶことはなかった。
だが、その約束すら忘れるほど、誰もが動揺していた。
「 すぐに出立いたしましょう! あれは……あれは駄目です! 」
側近が叫ぶ。
離れていてすら恐怖で膝が震える。
「 ……今発ったところで門が開いてはおらぬが……。 すぐに荷をまとめよ。
状況次第では神殿に逃げ込むふりをして、奥に進み……、愛し子様を救い出してから脱出する。魔道具は惜しむな、各自用意せよ 」
主は必死に恐怖を押し殺し、指示を飛ばした。
だが心の奥底では分かっていた。
――シアロッサの町へ入った神官たちも、軍を率いた第一王子も、あれに対峙したならば助かるまい。
国の存続すら危うい。
大陸は数年にわたり荒れるかもしれぬ。
使節団の面々は出立の準備を整えたものの、誰一人として休むことは無く、夜を過ごすことになった。
* * *
夜半を過ぎ、夜明けまであと二刻。
一行の誰一人として眠ってはいなかった。
目を閉じようにも、体に流れる巫女の血が絶えず警告を発する。
少しでも気を抜けば喰われる、と。
――そんな恐怖がまとわりつき、動かずとも疲労は積み重なっていった。
そのとき。
「 ……なに……? 」
東の方角から感じ取っていた魔物の気配が、急激に薄れていく。
同時に、清浄な気配が広がった。
( これは……神力……? 浄化の……? )
見張りをしていた者が駆け込み、叫ぶ。
「 東に光が上がりました! 」
窓を開け放つと、遠い空にまっすぐ伸びる光の柱が立ち昇っていた。
「 女神の祝福……? 」
誰かが震える声でつぶやいた。
間違いない。
それは女神の祝福と呼ばれる光。
しかし、それだけではなかった。強大な浄化の力が、東から押し寄せてくるのだ。
どれほど時が経っただろうか。
やがて光はゆっくりと消えていった。
その後に残ったのは――静寂。
「 ……気配が……ない……? 」
「 まさか……アレが、浄化されたのか……? 」
一同は言葉を失い、互いの顔を見合わせる。
恐怖に縛られていた心が一瞬だけ解け、信じられぬ安堵と動揺が入り混じる。
呆然と東の空を見上げていると、
しばらくして、神殿から数台の馬車が、聖騎士に守られながら東へと駆けていくのが見えた。
穢れの魔力が消えても眠れぬまま使節団の一行は夜明けを迎えた。
だがどれほど集中しても、あの穢れた魔力はどこにも見当たらない。
彼らは、信じられぬ思いで東の空を仰いだ。
既に日は高く、町は賑わいを取り戻している。
新年祝賀の期間中、町には夜通し屋台が立ち並び、夜明け前の光を目にした者も多かった。
「 東に上がった光は、女神の祝福で間違いあるまい 」
「 確かに浄化の力を感じました 」
「 だが、愛し子様は大神殿にいたはずでは……? 」
ーー女神の祝福。
それは、愛し子の降臨あるいは旅立ちに際し、女神が介在するときに現れるとされている。
ゆえに、東の町で祝福が顕れた以上、愛し子はそちらにいるはずだ。
「 確かめねばならぬ 」
レンジェロの言葉に、側近が答える。
「 神官の護衛として、我らの手の者がシアロッサへ向かっています。 その帰還を待ちましょう 」
「 ……初日に行ったという者か。 無事ならよいが 」
「 生きていれば報告があるはずです 」
沈黙が落ちる。やがてレンジェロが決断した。
「 帰国の予定を繰り下げる。 本来の滞在はあと二日だが、報告を待とう。 昨日から誰も休んでおらぬだろう。 交代で体を休めよ 」
使節団は祝祭前日に王都に到着し、王城での式典に参加した。
五日目に魔力の爆発が起こり、それ以来誰一人まともに休めていない。
予定では残り滞在日数はあと二日だった。
さらに今回の出来事の全貌は掴めず、愛し子とも未だ会えていない。
こうして一行は滞在延長を決めた。
レンジェロは定時の報告のため、掌に収まるほどの小さな連絡版を取り出す。
対になった魔道具で、片方に書いた文字がもう片方に浮かび上がる仕組みだ。
声は送れず、一度に送れる文字数も限られるが、携帯できるため移動中でも使える。
短文を繰り返し送り、経緯を報告する。
ほどなく返信があった。
『 滞在延長を了解。更なる情報を待つ 』▼
「 ……シアロッサにいるのなら、いずれ大神殿に戻るはず。その時こそ愛し子様を確認せねば 」
レンジェロは一人呟き、静かに板を閉じた。




