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集まる視線、高まる羞恥

◇◇ 美春 ◇◇


 クレイアスが懐から赤い布(みはるのぱんつ)を取り出し、高く掲げたその瞬間、布はいっそう眩く輝き、人々に襲い掛かっていた触手を一斉に弾き飛ばした。


 「「「 おおおおおぉっ! 」」」


 洗濯機の中から大歓声が響いてくる。


 触手がひるんだのを見て、聖騎士も兵士も神官たちも勢いを取り戻す。


 赤い布の光に呼応するように、聖騎士たちの剣も神官たちの杖もピカピカと輝きを増し、もう、そこら中が光りまくりだ。あっちもこっちもキラキラ、ピッカピカ!


 まさに大復活!


 一方、そのころ、洗濯機の前の美春は完全にフリーズしていた。


 ( ……いま掲げた、それ…… 私のパンツ…… )


 目を疑った。 いや、違ってほしいけど、違わない。

 似てるだけの布でもない、まんまアレ。


 公衆の面前で、堂々と掲げられているのは、間違いなく自分の勝負下着の下のスケスケパンツ


 「 ……ちょっと待ってよ! あれ、そんな、公衆の面前で……? え、えええぇぇ!?

なんで掲げちゃってるのぉ!? いや、確かに光ったよ!? 触手も弾いちゃったよ!? でもそれ、人前で掲げるもんじゃないでしょー!! 」


 クレイアスはそれはもう、堂々と ”赤い布(ぱんつ)”を掲げ続けている。


 しかも(ぱんつ)はますます光を増し、もう ”目立つ” なんてもんじゃない。


 聖騎士も神官も、町の人々も、みんなの視線はそこに集中している。


  大・注・目 !


 ( だから、それはそうやって使うもんじゃないんだってばぁぁぁ!! )


 さっきまで恐怖とクレイアスへの心配で胸がいっぱいだった美春の心は、いまは別の意味でいっぱいいっぱいだ。


 " 思い人が光る自分のパンツを掲げる "


という衝撃の絵面に美春は限界を迎えようとしていた。


 さらに高々と導きの布(みはるのぱんつ)を掲げるクレイアス。


 パンツは光り輝き、暗い周囲を明るく照らす、もはや「 ナイター照明パンツ 」と化していた。


 「 や、もうちょっと待ってよぉ! 」


 美春は冷静では無かった。

 せっかく用意した〖非常異世界行き袋〗の存在もすっかり忘れて、洗濯機の中に腕を突っ込んだ。


 前回も同じことをやったのに、またやった。


 ーー人はこれを「学習能力がない」と言うーー


 酒を飲み、3D酔をし、寝不足で羞恥と混乱と勢いのまま、洗濯機の中に上半身ごと腕を伸ばし、


  そして、落ちた。


 * * *


 ーーこの戦いに参加した一人の祭司は、この日見た神聖な光景を生涯にわたり、信徒に語り続けたーー


シアロッサでは数時間ものあいだ、一時も休めず戦いが続いていた。


 相手は見た事もない異形。

 あの黒き腕はかすっただけで肉をえぐり取って食らう。


 ほんの少しの接触も命とりであった。


 普通の魔物との闘いとも、人を相手取る戦いとも違い、空から何本もの腕をもって襲い掛かってくる。

 一時も気が抜けず、精神的な疲労も大きい。


 かがり火が炊かれ、祈りと神力で光る戦場では、みな絶望を感じながらも、食われまいと踏みとどまり戦い続けた。

 自分たちが倒れれば、後ろに守る者も食われ、命を落とすのだ。

 神殿から届けられた聖水を振りまけば、それを嫌がるように黒き腕は距離をとる。

 そのすきに何とか体制を立て直し、祈りを紡ぐ。


 もはや立っているだけで精一杯の者もいただろう。

 しかしその様な状況下でも神職の者は、かすれる声で祈りの言葉を紡ぎ続け、聖騎士は剣に神力をまとわせ続けた。

 しかし、どんなに聖騎士が黒き腕を切り裂こうとも、黒き腕は数を増して襲ってくる。


 そんな時、町に光の波が走ったのだ。

 そうとしか言いようのない出来ごとだった。

 静かな水面が波打つかの如く、広がっていく光。


 その光は清浄にして神聖。

 町中に光が広がり、何本もの腕に絡み取られようとしていた、戦士たちや神官を守る様に、魔物の腕を弾き飛ばした。


 光の根源を見ると、そこではヴァンドル辺境伯が清浄な光を放つ布を掲げていた。


 ヴァンドル辺境伯が手に持つ布。

 そこからあふれだした清浄な神気に触れ、祭司の体の奥から今までにない神力が漲りあふれ出していた。


 「おお……神力が……!」

 「……こ、これは……!」


 ヴァンドル辺境伯が掲げた神気を放つ布は、まばゆい光を放ち、神官たちも聖騎士たちも再び勢いを取り戻していた。

 それぞれが持つ杖も、剣も輝きを増し、守りの聖水すら光を放ち始めたのだ。


 (これならば、朝まで持ちこたえられる!)


 そう思った瞬間、祭司の胸に小さな希望が芽生える。

 朝まで持ちこたえれば視界も開け、暗闇での戦いより動きやすくなるだろう。

 そして朝になれば援軍として兵士たちも神官も大祭司様も駆けつけてくださるのだ。


 これまで絶望を貼り付けた顔に、生気がみなぎるのが分かった。


 みな神の光に支えられ、希望を胸に穢れし黒き腕に向き合っていた。


 そして、それは突然に起こった。

 布の光が増した次の瞬間、シアロッサの空気は一変したのだ。


 星の瞬きのような光が空中に現れ、数を増しながら舞い、やがて渦を巻くように辺境伯の頭上へと集まり始めたのだ。


 まるで夜空に輝く星々が地上に舞い降りたかと思う様な神聖にして荘厳なその瞬き。


 黒き腕はその光に怯え、町から一斉に退いて町に近づく事も出来ずにいる。


「 おお……! あれは……! 」

「 ……女神の……お力……! 」


ーー 女神の祝福 ーー


そう呼ばれる光が今、シアロッサに現れた。


 神官たちは傅き、感動のあまり震える声で祈りを捧げ、

 聖騎士たちは片膝をつき、剣を立て、戦いの最中でありながら最大の礼をもってその光を仰ぎ見た。


 星の瞬きのような光は渦を巻き、空へとその光を伸ばしながら、やがてひとつの流れとなってヴァンドル辺境伯の上へ集まってゆく。


 その神力は圧倒的で、聖なる光に全身を打たれた祭司は、気がつけば涙を流していた。


 時間は数分の様でもあり、数時間の様でもあった。

 ただただその光景にすべての者は心を奪われ、女神への畏怖と尊崇が心に強くあふれていた。


 そして光が最も強く輝いたその時。そこに、ひとりの女性が姿を現した。


  『 それ、パンツだってばぁぁぁ!!! 』


 何かを叫びながら、女性は光の中から舞い降り、まっすぐヴァンドル辺境伯のもとへ落ちていった。


 彼は迷いなくその女性を抱きとめた。


 ◇◇ 美春 ◇◇


 腕を伸ばした拍子にバランスを崩し、そのままクレイアスの上に落ちた。


 ・・・・・・そして近距離で目が合う。


 (うわぁ……相変わらずのイケメン……、じゃなくって!)


 現実に引き戻されたのは、クレイアスの肩越しに見える”それ”だった。

 グネグネと蠢く、禍々しい黒い触手。


 「なにあれ、怖い怖い怖い……気持ち悪い、どうしよう……」


 怖さで心臓の鼓動がはやくなる。


 (そうだ!嫌な所をスッキリさせる、おばあちゃんのおまじない……! おばあちゃんはこちらの世界から日本に渡ったんだ。なら、あのおまじないだって効くかもしれない )


 しかし、美春が見ているアレは嫌な所ではなく嫌な()()()である。


「あのおまじない……化け物にも効くかなぁ……?効けばいいなぁ……」


大きく深呼吸をする


(……あれ? なんかいい匂いする…… イケメンは匂いもイケメンとかずるい……)


しょうもないことを考えながら、おまじないを唱えた。


¤Ω∮≒ψ∽✠Ѫ⟁‼(キソリフェリ)……」


その瞬間、手のひらから光が溢れ出す。


「 へ? なにこれ 」


おまじないで手が光るとは思っていなかった美春は変な声を出す。


そして、


「 ……えっ? なにこれ、なんか体から抜けてく…… 」


どんどん何かが抜けていく、まだまだ抜けていく、さらに抜けていく


光の向こうでは、化け物がグネグネと身をよじらせながら溶けていくのが見えていた。

その様子は、けいれんしている様でもあり、身をよじらせて逃げようとしている様でもある。


そして巨大な化け物が光に溶けて消えた時、やっと美春の手から出ていた光も収まっていった。


( えっ、ちょっ……なにこれ……体に力が入らない…… )


『 ミハル?! 大丈夫か 』


( ……クレイアスがなんか言ってる……。でもダメ眠い……あれ……? クレイアスの傍にいる……あの色の…… )


意識が遠のきそうになり、クレイアスに支えられながら、

ふとクレイアスの近くにいる”懐かしい色”に目が留まった。


ーー 茶色い毛と、よく見なければ分からない微妙なオッドアイ。


( ……あ……モチ太だ…… )


高校生の頃まで一緒にいた老犬モチ太。

美春が手を伸ばすと駆け寄ってきて、しっぽをちぎれんばかりに振って喜んでくれた、可愛いモチ太。


( ……モチ太がいる……モチ太、いい子ね…… )


「 ……モチ太、いい子…… 」


” モチ太 ” に手を伸ばし小さく呟くと、美春はクタリと力を失い、クレイアスの腕の中で意識を手放した。


手を伸ばされた青年は驚愕に目を見開いていた。

美春は力の調整なんて言う、器用なことはできません。

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