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聖なる反撃の幕開け

 逃げ遅れた民を保護している神殿の前。


 黒き穢れの腕が迫り、聖水を纏わせた剣で切り裂きながらクレイアスは次々と指示を飛ばし続けていた。


 「 朝になれば、大祭司殿が到着される! 浄化に長けた神官たちもこちらへ向かっている! それまで、何としても持ちこたえるのだ! 」


 大祭司が来ても、あの異形を浄化できる保証などどこにもない。

 それでもーー暗闇の中で戦う者たちには、希望が必要だった。


 黒き腕は、神官たちや聖騎士たちの光を避けるようにうねり、上空から街中へと襲いかかってくる。


 救援部隊の中で神力を使える者たちが、己の神力を絞り出すようにして前に出て応戦し、神力を使えぬ者は聖水を武器に浴びせ戦う。


 それでもなお、圧倒的な力の前に押され続け、けが人が次々と増えていく。


「 ぎゃぁぁぁぁ! 」

腕を、足を失ったものが悲鳴を上げて倒れる。


 退けば、喰われる。

 だからこそ、誰も武器を捨てない。

 兵たちは恐怖を飲み込み、必死に己を鼓舞して戦い続けていた。


* * *


 神殿の中には、逃げ遅れた民が身を寄せ合っていた。

 すすり泣き、震える声があちこちから洩れる。


 「 皆さま、祈りましょう…… 女神さまはきっと応えてくださいます。 あの光る布をお与えくださったように…… 」


 侍祭たちは民を慰めながら、必死に祈りの言葉を繰り返す。

 だが、震えるその声には恐怖が隠しきれない。


その神殿に、民を見守るために残された三人の青年従者がいた。


 彼らはクレイアスの護衛の従者であり、最後の避難民と共に作戦開始前に避難する予定だった。


 だが、布が燃え落ちたことで戦闘は前倒しとなった。 

いま外に出れば死ぬ。


 ーー彼らは覚悟を決めた戦士たちの遺書を、まだ胸に抱えたまま、この神殿にいた。


 三人は青ざめた顔で、それでも民を守るために窓際に立った。

 外では異形と戦士たちの激闘が続いている。


 自分たちの主、ヴァンドル辺境伯が、執拗に狙われながらも黒き腕をかわし、剣を振るう姿も見えた。

神力を使える者は神力を剣にまとわせ、使えない物は聖水を纏わせた剣で黒き腕を必死に斬り払っている様子も。


 傷を負った仲間を助ける為、聖水をまき散らし、黒き腕を追い払って建物へと避難させる兵の姿もあった。


 外からは、戦士たちの叫び、悲鳴、怒号、祈り、あらゆる声が交じり合い響いていた。


 想像を絶するほど恐ろしい光景に絶望が喉元まで込み上げてくる。

 口を開けば、恐怖に震える言葉しか出ない。

 しかしーー


 《 戦う者が不安を見せてはならない 》


 上司の言葉が脳裏をよぎる。

 青年たちは震える拳を握り締め、顔を引きつらせながらも、


 あえて無言で窓の外を見据え続けた。


* * *


 黒き腕がうねり、兵士たちへ襲い掛かる。

聖水を纏わせた武器が振るわれ、邪悪の腕が絶ち切られる。


 クレイアスは指示を飛ばしながらも、兵士たちの疲労が色濃くなって行くのを感じていた。


 フェルガント公爵もヴェルトラム殿下も、別の場所で指示を飛ばし続けているはずだ。そちらも状況は変わりないだろう。


 ( キリがない……だが、退くわけにはいかぬ! )


 その時、一本の触手がクレイアスめがけて迫った。


 「 ……くっ! 」


 咄嗟に身をひねって交わすが、触手は絡めとろうとする様に執拗に追いすがる。


 その時ーー


 ーーカッ!


 突然、懐の布が熱を帯び、まばゆい光を放った。

 触手はその光に弾き飛ばされる。


 「 これは……! 」


 クレイアスが懐から守り布を取り出した。

 それは祝福の布と同じように清浄な光を放つ。


 「 導きの布……、ミハルの守り布が……! 神よ……! 」


 布を高く掲げた瞬間、その光は波の様に広がり、町を駆け抜けていった。

 そして、迫りくる無数の黒き腕を一斉に弾き飛ばした。


 「 おおおぉ……! 」

 「 ……あの光は……! 」

 「 女神は再びお力を示されたのか……! 」


 人々は感嘆と歓声を上げた。

 そして、その光に呼応する様に、聖騎士たちの剣は輝きを増し、神官たちの杖も眩しく光り始める。


 聖水までも、今までにない輝きを放ち、黒き腕を退けていく。


 絶望の淵に立たされていた戦場に、希望が芽生えた。

 それは戦士たち、そして祈る者たちに力を与える。


 クレイアスは確信した。


 ( やはり……! 女神がお力を貸してくださっているのだ! )


 彼はさらに布を高く掲げ、戦場を包む光はいっそう強くなる。


 女神への敬意と祈りを胸に、戦士たちは剣を振るい、神官たちは祈りを高めていった。


 ーーその時。


 異世界で、一人の女が混乱の最中に有ることなど、誰一人、知る由もなかったーー

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