【小国群④】ケルメナの呪物
ここは小国群の使節団が貸し切りにしている、高級宿の一フロア。
彼らはまだカシェリオスの王都に滞在していた。
穢れの力が爆発してから、すでに二日が過ぎていた。
「 昨日と変わりはない様子です 」
魔力感知の加護を持つ者が報告する。
本来ならもっと近づけば正確に測れるが、街道は封鎖されているため、遠隔で探るしかなかった。
鼓動のように波打つ魔力の流れだけは感じ取れるが、それ以上は掴めない。
穢れた魔力の爆発したその翌朝には、第一王子率いる国軍が東の街道へと早々に出陣した。
続いて神官と、それを護る聖騎士たちも次々と現地へ向かう。
最初は 「 少し厄介な魔物が出ただけだろう、すぐに片付くだろう 」と高を括っていた者たちでさえ、次第に顔色を曇らせていた。
「 神より下賜された布が魔物の動きを抑えているとのことですが……。そのままその布が浄化はできぬのでしょうか 」
護衛兼側近のアミキスが、不安を隠すように問いかける。
「 そもそも腕が露出している状態のそれを押さえ込めているだけでも十分に強き神物といえるだろうが……」
「もし同じ状況で魔物を封じるなら、どうする……?」
レンジェロがふとつぶやく。
「 ……抑えが効いているのなら、布を傷つけぬように神職の祈りと聖騎士の攻撃で、少しずつ削る……でしょうか 」
「 削りきれるものなのか? ケルメナの呪物であれば、切ってもすぐに再生するだろう 」
「布がいつまで抑えを保てるか次第ですが…… 」
側近たちが口々に議論を交わす。
だが、巫女の血を濃く引く者には分かっていた。ーーあれは人の手でどうにかなる代物ではない。
王都にまで届く邪悪な波動。
ひとつの国を丸ごと呑み込むほどの禁忌の呪物。
記録によれば、攻撃がまったく効かぬわけではない。
浄化も聖水も効く。
だが、一本の腕を斬り落としても、その間に数本の新しい腕が生える。
ケルメナ滅亡の折には、その国にいた浄化の力を持つ巫女と神官たち、そして聖騎士が総出で立ち向かい、半日と持たずに全滅した。
それほどに、あの呪物は強大だった。
遠見の加護を持つ者が、別の島から惨状を見届けて記した記録が残っている。
そこには、勝てぬと知りながら立ち向かった者たちの姿があった。逃げる者は一人としていなかったという。
年若い巫女たちを逃がすため、一人でも多くの民を守るために、彼らは盾となったのだ。
記録の筆跡は乱れ、そこに、生々しいまでの惨劇が書き連ねられていた。
通常ならば、休眠状態の呪物を封印し、巫女が浄化する。
浄化が成功すれば呪物は砕け散り、ただの塵となる。
だが、あの呪物は休眠状態ですら浄化できなかったため、封印を重ね続けるしかなかったのだ。
「 やはり、あれはケルメナの呪物か…… 」
レンジェロは顔を曇らせた。
しかも今はすでに覚醒している。
腕が現れたのは、魔物を吐き出す最終段階に入った証拠だ。
一般には知られていないが、巫女姫の血筋には 「 強き巫女 」 が生まれる代がある。
ケルメナの悲劇のときに立っていた巫女姫は、その強き代ではなかった。
二百年前には強き巫女姫が生まれていたという、
十代ごとに現れる強き浄化の巫女。
もし聖姫が存命であったなら、その子か孫の代に生まれていたかもしれない。
だが、ケルメナは滅び、聖姫ももはやいない。 普通の巫女たちの末裔は存在するが……
しかし、強き巫女姫は、もう現れぬのだ。
( もしもの時は愛し子を救わねばならぬ )
小国群からの親善使節団は、その使命感を支えに恐怖に耐えつつカシェリオスの王都に留まり続けていた。




