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洗濯機の奥のカーテン

 ◇◇ 美春 ◇◇


 美春は缶酎ハイを片手に、

「 異世界 行き方 」

 とPCで検索していた。

 こんな荒唐無稽なワードでも

 いくつかヒットするのがネットのすごい所だ。


( ……未練だって分かってる。 でもさ、あんな夢まで見て。 でも会えなくて…… )


 認めよう。

 好きになってる。

 また会いたい。


 もし、あの優しさが、向こうでは”誰にでも向けられるもの”だったとしても。

 それでもいい。こちらから何も言わずに、ってのは違うと思うんだ。

 また会えたら、ちゃんと自分の気持ちを言おう。


 言葉は分からないけど、それでも伝えたい。

 だから会いに行かなきゃ。


 その時の為に、スマホの中におばあちゃんの写真をいれた。

 若いの頃の写真。

 赤ちゃんの時の父を抱っこしている写真。

 美春の成人式で着物姿の美春と並んで撮った写真も入れた。

 どれも、笑顔のおばあちゃんの写真。


 モバイルバッテリー、小さなソーラーパネルも入れて、

 非常持ち出し袋ならぬ 〖 非常異世界行き袋 〗 を洗濯機の横に置いてある。

 おばあちゃんのお守りは落とさない様に小さな袋に入れて首から下げている。

 準備万端だ。


 でもネットにある異世界に行く方法は、どれもホラーな方法や危険な方法だったりでとても怪しい。

 深夜の階段を往復するとか、人のいないエレベータに乗ってると無いはずの階に止まるとか、血で謎の絵を書くとか、深夜の合わせ鏡とか。

 間違っても試す気にならない。


 そもそも深夜の階段やエレベーターを延々と往復なんてしたら、ただの不審者だ。


( ……でも謎のマークを手首に書く方法とかなら……

 一度くらいなら…… )


 そんなことを思っていながらパソコンの画面を睨んでた時ーー


 ーーバンっ!


 洗濯機から大きな音がした。


「 ……っ! きた! 」


 私はお守りを握りしめ、洗濯機の前へ駆け寄った。


 いつもと違って、閉めていたはずの洗濯機の蓋が勝手に開いていた。


「 ……えっ、開いてる…… 」


 そして、その奥に映っていたのは――奇妙すぎる光景だった。


 黒い触手。

 そして、その上空で光る“何か”。


 その瞬間、膝の力が抜け、私は洗濯機の前にへたり込んだ。


「 キモっ……なに、あれ…… 」

 黒く禍々しい靄のようなものが渦を巻き、絡み合いながら膨れ上がっていく。


 そこから生える触手は、生き物のようにうねり、よじれており、とても不気味だった


( ……あれ、ビルくらい大きいんじゃ……。 あのショッピングモールより高いかも…… )


 その黒い触手の塊の上で小さな四角いものが光っている。


「 ……LEDライトのチップ……? 」


 明滅する光。

 触手が伸びようとした瞬間、光量が増し、光を浴びた黒い触手が一斉に縮んだ。


 まるでイソギンチャクをつついた時の、あの「キュッ」と縮む動き。

 でも、これはイソギンチャクじゃない。


 黒い触手は、光に抑え込まれながらも、うねうねと動き続けている。


 嫌だ。

 これ、嫌。


 背筋を這い上がる悪寒。

 吐き気がするほどの嫌悪感が、胸の奥から湧き上がってくる。


「 いったい……あちらで、何が起きてるの……? 」

 声が震えていた。

 あの光る“何か”を、黒い触手の塊が怖がっているように見える。

 それに、いつもと違って、視点がすごく遠い。


 いつもなら、クレイアスの顔も、耳の形も、髪のさらさら具合まで見えたのに、今は人がジオラマのパーツみたいに小さくしか見えない。


「 ほんと……遠くて、ぜんぜんわからない 」


( ……スマホみたいに、ピンチアウトできればいいのに )


 思いつきで、洗濯機の中に手を入れ、人差し指と親指を広げる仕草をしてみた。 


 ――映像が、大きくなった!


「 え? マジで?

 うちの洗濯機、優秀すぎない?

 拡大機能付き?!……って、あれ? 」

 拡大して、気が付いた。


 LEDチップみたいに見えていた、小さな四角い光――


「 ……あれ、うちのカーテンじゃん…… 」


 光っていたのは、洗濯機から旅立ったカーテンだった。


 昔、モチ太がじゃれついて端を裂いてしまった、古いレースのカーテン。


 おばあちゃんが繕ってくれた時にできた、あの端の丸みまで、そのまま映っている。


 そのカーテンが、上空でまばゆい光を放ち、黒い触手を抑え込んでいた。

( すご……!

 カーテンといい、洗濯機といい……有能すぎない?! )


 カーテンは、遠くから見るとLEDのチップみたいに小さい。


 その対比で、触手の巨大さが、いやでも際立って……


 ――気持ち悪い。

 ぞっとするほど、気持ち悪い。


 美春は、何度もピンチアウトを繰り返し、人のいる場所を拡大していった。

 洗濯機の向こう側では、すでに日が高くなっている。


 兵士らしき人々が集まり、民間人を避難させていた。


 人々が拡大されると、洗濯機越しにそのざわめきが、聞こえてきた。


「 ――ですからね。大丈夫ですよ 」

「 お助けください……女神様…… 」

「 順番に乗ってくれ。なるべく詰めてーー 」


 祈りの声。

 人のざわめき。

 異形への恐怖。


 住民たちは、兵士や神官に誘導され、次々と馬車に乗り込んでいく。


「 聖水の用意は済んでるか? 」


「 もうすぐ大祭司様が到着される。それまでに―― 」


 兵士らしき者たちが忙しく動き回っている。


( やっぱり……洗濯機を通すと言葉が分かる……なんで? )


 首をかしげた、その時。


 映像の端に、見覚えのある人物が映り込んだ。


「 ……!

 あの人、いつもクレイアスの傍にいた人だ! 」


 クレイアスの側近――ノアリス。

 その姿を見た瞬間、美春は確信した。

 この町に、クレイアスがいる。


 * * *


( これ、無茶苦茶むずかしい! )


 美春は、あれからずっと洗濯機の前いた。


 指の操作で視点切り替えと移動ができる事は分かった。

 ピンチアウトで拡大できる事もわかった。


 でも操作が難しい。


 手を入れてすーっと動かすと映像が動く。でも少しでも早く動かしたら思いっきり動いてしまう。


 ーーーぐるんっ


「 うわっ!だめこれ、目が回る! 」


 そのうち、じわじわ、ゆっくりと手を動かして何とかコツをつかめてきた。

 だが……その頃にはもう、酔っていた。


( 洗濯機で3D酔いする日が来るとは思わなかったよ…… )


 美春は教習所のシミュレーター実習で吐きかけた過去を思い出してた。


 繰り返す吐き気に耐えつつ操作している途中で、ふと思いついた。

( ……あれ?

 これ、もしかして……あっちに行けるんじゃ……? )


 そう思って風景のーー洗濯槽のーー奥にそっと手を伸ばしてみたのだが、風景とこちら側では見えない壁の様な物にさえぎられてしまい、手はそこで止まってしまう。


 前回、クレイアスの上に落ちた時は、まったくなんの手ごたえも、抵抗も無く向こうに落ちたのに。


「 ……なんで? どうして向こうに行けないの……? 」


 美春は気持ち悪さと頭痛に耐えながら、それでもクレイアスを必死に探し続けた。


 向こう側の風景はますます喧噪を帯びていく。


 騎馬の兵士が馬に乗り町次々と町に入っていき、

 その一方で、住人たちが馬車に乗り込み町を出ていく。


 沢山の人がいるなかで、クレイアスはどうしても見つからなかった。



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