光布の奇跡と種を蒔く者
その日の深夜近く、カシェリオス国軍がシアロッサの町へ到着した。
「 ヴェルトラム殿下、おいでいただき誠に恐悦至極に存じます。 一命をかけ、必ずや殿下への恩に報いる所存でございます 」
フェルガント公爵は深く頭を下げる。
「 公爵、あのような化け物をよくぞ抑えてくれた。 あれが暴れれば、国が大きな被害を受けてもおかしくはない 」
ヴェルトラム殿下もまた、魔物を見て顔色を悪くしていた。
他の援軍も同様だったが、魔物に怯えぬように訓練された軍馬ですら、あの化け物が視界に入ると前に進もうとせず、馬をなだめながら行軍するしかなかった。
軍馬は魔馬と馬の交配で、めったに怯えを見せない。しかしあの魔物が視界に入ると後ずさりを始めてしまう。
夕刻に到着予定だった軍勢も、大幅に遅れたのはそのためである。
いまだ、光る布はあの化け物を抑え続けていた。城ほどの大きさの魔物は、何本もの黒く太い腕を捩ったかと思えば細く震え、不気味にうごめいている。
その腕が布の光に押さえ込まれながらも、絶えず暴れようとする様は、圧倒的な禍々しさを放っていた。
「 ……凄まじいな…… あのような魔物が存在するとは…… 」
上空では布が輝き、魔物は身をよじりながら、その光から逃れようともがいているかのように見える。
たった一枚の布が、その光で城ほどの魔物を抑え込んでいるのだ。
第一王子ヴェルトラムは、その光景に女神の力の片鱗を垣間見た気がした。
* * *
国軍が到着し、明日には馬車で大祭司たちも来る手筈になっている。
可能な限り多くの浄化能力者を集め、勝機を確実なものにしたい。
大祭司の到着を待ち、明後日の早朝には掃討作戦を行うことが決定した。
しかし、その前に魔物が布の拘束を振り切れば、その時点で今いる戦力で掃討作戦を決行するしかない。
「ここへ来る直前に、ヴァルディア王国より救援部隊の派遣が申請された。 私の元へ、外相が直接知らせを寄越してきたのだ。
国境沿いで演習中だった部隊を、そのまま救援部隊として派遣するとのことだ。」
「 ……それはいつの事ですか? 」
公爵が問う。
「 許可が出次第、入国するとのことだ。すでに兵糧の準備も終えて国境沿いに待機しているとのことだ 」
ヴェルトラム殿下が答えた。
公爵は顔を顰め、吐き捨てる様に言った
「 ” たまたま国境近くで演習をしていた ” だと……? そんなわけなかろう! ……むしろやつらが諮ったのかもしれん 」
クレイアスも考え込むように言った。
「 ……演習中の部隊が、すぐに提供できるだけの兵糧を用意していた、ということでしょうか。 どの程度の規模の軍なのか分かりませんが、一個中隊を一週間賄える兵糧だけでも馬車が五台は必要です……。
同盟国を怪しむのは考えすぎかもしれませんが…… 」
自国で演習中に何日も行軍できる兵糧を用意するのは考えにくい。
兵糧が足りなければ、軍から漏れた者が盗賊になる可能性もある。よって、行軍する際はあらかじめ用意するか、国庫から補給するなどの対策が必要だ。
「 ……殿下、王都の神殿には今の話は伝わっているのでしょうか 」
正直、王はあてにならない。
「 いや、私からはお伝えしていない…… 」
ヴェルトラム殿下が答える。
「 王都の神殿へ連絡を入れましょう 」
クレイアスが提案した。
* * *
神殿の通信魔道具で大神殿へ連絡を入れる事となった。
「 ーーとのことで、ヴァルディア王国からの救援部隊が来るとの知らせがありました 」
クレイアスは通信機の向こう側に説明をしていた。
『 そこにヴェルトラム殿下はおられるか? 』
「 殿下も、フェルガント公爵もおられます 」
『 もし、ヴァルディア軍を名乗る者が来ても、町に入れてはならぬ 』
通信機の向こうから、大神官の言葉が低く響いてきた。
「 今回の事を測ったのはヴァルディア王国ですかな……? 」
フェルガント公爵が声を低くして尋ねる
『 ……そこには公爵と殿下とクレイアス以外、誰がいるかの? 』
「 代官であるマルディン男爵とこの町の祭司殿がおります 」
『 よかろう、その顔ぶれなら話しても良い。
これから話すことは他言無用。
本来はもう少し情報が揃ってから其方らには伝えるはずであったが…… 』
通信機から聞こえる声は沈痛さを帯びている。
『 ドリアーナ王妃とルシヴァン王子が愛し子を害そうとした。
詳細は殿下もご存じの通りである。
愛し子は神殿の管轄下にある故、害そうとした二人は神殿の監視下にある。
その取り調べの過程で判明したことじゃ。
ヴァルディア王国はカシェリオスを裏切っている。
しかし、今回のシアロッサの魔物の件にヴァルディア王国が関わっているかは分からぬ 』
「 それはどういう意味で…… 」
ヴェルトラム殿下が問う。
『 そのままの意味である。 ドリアーナ王妃がカシェリオスに来たのは間者を引き入れるためじゃ 』
公爵は眉をひそめ、しばし沈黙したうえで苦し気に話し始めた。
「 娘は ” 自分にもしもの時があれば、必ず実家の者でヴェルトラム殿下を守ってほしい ” と、そう私に託して逝ったのです 」
震える声を押し殺し、公爵は続けた。
「 娘の死後、ミランダ妃がすべてを語ってくれた。 クローシェリアが同盟国に疑念を抱いていた事を。近衛と宰相の裏切りの可能性を……。
娘の命を、奪ったのはやはり……。
アルセルド師、クローシェリアの遺骨の調査をすると、数か月前に言われましたが、もしや…… 」
ヴェルトラム殿下が目を見開く
「 母上を……? 」
『 今は言えぬ。 しかし間違いなくヴァルディア王国はカシェリオスを裏切っている。 それゆえ、王はヴァルディア王国からの救援依頼を断ったはずじゃ。
にもかかわらず、外相がルシヴァン王子に救援部隊の話を持っていったという事だの 』
「 ……外相がヴァルディア王国と繋がっているという事ですか……? 」
聞き返すヴェルトラム殿下の声は震えている。
『 外相も、いなくなった宰相もな。 カシェリオスがヴァルディアの裏切りに気が付いていると思わせない様に、ひそかに証拠を集めておる所じゃ。
本来ならば国同士の事に神殿は口を出さぬが……
今回は愛し子様の件がある故な 』
「 ……では、もし来たら同盟国への不同意進軍と言う事で追い返しましょう 」
クレイアスは低く言う
「 いや、不同意進軍と言う事で追い返すのではない。
ーーもし来たら全員討ち取る 」
フェルガント公爵が地を這う様な声で言った。
「 ……殿下、こちらへ来る際に陛下はなんと? 今の情報を殿下へは何もお伝えにならなかったと…… 」
公爵が聞いた。
「 ……父上は気鬱の病だと言って、寝込んでいる…… 」
ヴェルトラム殿下は苦し気に答えた。
公爵は頭を抑え、クレイアスは苦々しく顔をしかめる。
「 ……何の役にも立たん 」
公爵が言い、クレイアスは深いため息をついた。
『 ほう…… あの小童が気鬱とな……? 』
通信の向こうから怒りを含んだ声が響いた。
* * *
ーーそのころ
ヴァルディア王国の王弟カストルと、ダルカニア帝国の第三王子オルデリクが密談をしていた。
「 ヴァルディア王国からカシェリオス王国への救援部隊派遣は拒否された。「 必要ない 」 と―― 」
ある屋敷の一室。
前回も二人は同じ場所で顔を合わせていた。連絡はオルデリクから入り、王弟が訪れる形だった。
「 拒否された以上、無理やり入国するわけにはいかん 」
カストルはそう言った。
「 いやいやぁ、まだまだこれからですって! 」
オルデリクは快活に笑いながら返す。
「 今はまだ町が無事だから余裕なだけですよ。 町が壊滅すれば、そんなこと言ってられません。 そうしたらさっそうと民の救援に乗り出すんです!
あ、でも公爵領がなくなってから”最初の月夜”をむかえた後に行った方が良いですよ。
それより前だと、せっかく救援に行っても、ヴァルディア軍も魔物にやられてしまいますからね! 」
「 ……その、魔物を放ったのはオルデリク殿なのか……? 」
カストルは眉をひそめる。
「 いやいや、魔物を放ったわけじゃないですよ。 まあ、いわば種を蒔いたみたいなものですかね?
……でも、ずるいなぁ、あれ。 光る布なんて、そんな隠し玉をカシェリオス王国が持っていたなんて 」
「 ……布? 」
「 そーそー、布ですよ 」
オルデリクは笑いながら言った。




