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守りの光と戦士の覚悟

 夜半に爆発した歪な魔力からあの化物が現れて、もうすぐ丸一日が経とうとしていた。


 町の神殿には、マルディン男爵、フェルガント公爵、宿場町の神殿の祭司と助祭、クレイアス、治安兵を統括する治安監督官達が顔をそろえていた。


 フェルガント公爵は魔道具での連絡を受けるや否や、動かせる限りの兵を率いて町へ駆けつけた。


 その際、祝福の布(レースのカーテン)が抑えているあの禍々しい触手を目にしており顔色は青ざめている。


「 明日の朝までには騎馬移動の兵士と聖騎士、神官が到着予定。さらに明日の夕刻には、国軍の第二部隊と第三部隊が到着する見込みです 」


 町の代官、ノルティス・マルディン男爵が淡々と報告する。


「 ……分かった 」


 フェルガント公爵が短く応じる。


「 布があの化け物を抑えているうちに、民の避難を完了させねばならぬ。 町の馬車を総動員し、住民を王都方面の町へ避難させよ 」


 さらに、公爵は浄化の祈りを捧げ、穢れの腕を退け続けていた祭司と助祭司に労い(ねぎらい)の言葉をかけた。


「 よくぞ抑えてくださった。

 あの禍々しきものに立ち向かうとは、まさに神の教えに生きる方たちだ 」


 祭司は深く頭を垂れた。


「 我らは当然の事をしたまででございます。

 我らに浄化の力を与えたもうたは、女神さまの慈悲でございます。

 そして、今まさにあの異形を抑えているのは、女神さまより下賜されし神物でございます 」


 次々に援軍は集まりつつあった。

 しかし、実際に化物を目にした者たちは皆、言葉を失った。


 ある程度の情報は伝えられて来ているはずだが、それでも想像をはるかに超える異形に、恐怖を隠せないのである。

 また乗っている馬が町に近づくと怯えてしまう為、移動速度も遅くなってしまう。


 クレイアスの手から布が放たれて以降、まる一日、その布は化物を抑え続けていた。


「 あの布が無かったとしたら、どうなっていたことか…… 」


 フェルガント公爵は相変わらず顔色が悪い。

 それでも、祝福の布(レースのカーテン)が光を放ち化物を抑え続けていること、そして次々と援軍が到着していることに、僅かな安堵を覚えていた。


「 あの布は、ヴァンドル辺境伯閣下が女神様より下賜されたと伺いましたが…… この魔物の襲撃を見越しての事でしょうか 」


 マルディン男爵が問う。


「 分からん。 だが、私自身の命を救って頂いているのは確かだ 」


 クレイアスはそう答えた。


「 皆、休めるときに休んでおけ。 国軍が到着して作戦が始まったら、休む暇など無いぞ 」


 フェルガント公爵は、護衛たちにも援軍として集まった者たちにもそう伝え、街の神殿へと向かう。


 現在、神殿は作戦本部と化していた。

 人同士の争いなら、神殿が中心となる事はほとんどない。

 だが今回は相手が化物であり、しかも 「 浄化 」 が通用することが判明している。 ならば神殿の管轄である。


「 ……分かればで良いのだが、あの布はいつまで化物を抑え続けてくれるのか 」


 フェルガント公爵は顔色を悪くしたまま問う。


「 分かりません。

 しかし、我らを助けるために与えられた物であることは間違いないでしょう 」


 クレイアスが答える。

 あの白い布は自分の命を救った。

 そして、自分が布を持ってこの町を通った時に化け物が姿を現した。

 布は意思を持つかのように化け物の上空へと飛んでいき抑え込んだ。


 間違いなく女神のご意思だろう。


 国軍にも神力を扱える者はいる。 今回、第二・第三部隊にはそういった者を中心に集めたとのことだった。


 現在、町は馬車を総動員し、昼夜を問わず民の避難を行っていた。


「 公爵閣下は昨夜駆け付けて以来、休まれていないはず。 援軍到着まで、少しでも体をお休め下さい 」


 クレイアスが進言する。


「 それを言うなら貴殿も同じだろう。 しかも、ここは貴殿の領地でもない。

  ……大神官アルセルド師からも聞いた。

  あの布は貴殿を守るために現れたのだと。

 ならば、もし貴殿が去れば布は化物を抑え続けてくれるか分からん。 ゆえに、自領へ帰れとは言えぬ…… すまぬ 」


「 ……全ては導きなのでしょう 」


 クレイアスは静かに答えた。


 日が落ちても、布の光は途切れず化物を照らし続けていた。

 化物が少しでも伸び上がろうとすれば、そのたびに布は光を増し、押さえ込む。


「 あれが暴れれば…… 一つの街ではすまんだろう 」


 フェルガント公爵が低く呟く。


「 以前、会合で話したことを覚えているか? 」


「 ……ケルメナの呪物 」


 クレイアスが答える。


「 神殿からの資料を改めて読み込んだ。

 結果……わしは、あれが 〈 死綴の環 〉 なのではないかと思っている」


 公爵の声音は重い。


 ーー『 闇を纏う夜に目覚め、八の珠黒く染まりし時、その珠より黒き穢れの手が伸び、時を選ばず数多の命を食らう 』


 ーー『 そして十の珠、全てが黒く染まりし時、環は胎のごとく裂け、珠の数に等しき穢獣を吐きだす 』


 古文書の文言が頭をよぎる。


「 あの黒くうごめくものが、 ” 黒き穢れの手 ” ……というわけですか 」


 クレイアスもまた、その資料を読んでいた。


「 そうだ。 これまでの人の行方不明…… あれは、その呪物に食われたのではないかと考えている 」


「 前回、ケルメナの再現ではないかと仰っていましたが……もし行方不明の呪物が関わっているのなら、何者かが意図的に持ち込んだ、ということに…… 」


 公爵は深くうなずいた。


 そして、ふと目を細める。


「 クレイアス殿。 貴殿に聞きたいことがある。 もちろん話せぬこともあろう。 だが、もし話せることがあれば教えてほしい 」


「 ……? 」


「 王妃と第二王子は…… 病ではないな? 」


「 それは…… 」


 クレイアスは言葉を濁した。


「 言えぬのなら、それでよい。 これは、わしの独り言だ 」


 公爵は自嘲するように笑う。


「 第二王子を担ぎ上げようとしていた者たち、あるいは第二王子自身が…… 何らかの失態をおかした。 それに王妃も関わっていると、わしは見ている。

 もし第一王子であるヴェルトラム殿下を邪魔だと考える者がいるのならーー今こそ動くはずだ 」


 公爵の声はますます低く、しかし確信を帯びていた。


「 もし、学園での女の件以外に失態を犯していたとすれば……第二王子に後はない。

 だが、他の王子が消えれば、多少の過ちは目をつぶろうとする者も出てくる。 第一王子の後ろ盾であるわしを亡き者とし、ヴェルトラム殿下の基盤を削ごうと考える者がいてもおかしくはない 」


 クレイアスは黙して聞いていた。


「 いや……殿下ご自身を狙うかもしれぬ。 ヴェルトラム殿下は有能だ。 祖父としての欲目ではない。 この国を守るには、考え動ける王が必要だ。 だが、第二王子を神輿にしたい者どもにとっては、それが厄介なのだ 」


 公爵の目には怒りと憂いが混じっていた。


「 王が考えては困る。 あくまで ” 玉座の添え物 ” 程度でよい。 己らで国を動かしたいのだ。

 今の王は考えぬ。 本来ならばちょうど良い添え物だった。

 ……だが叔父であるアルセルド師の目があるうちは、そう簡単には意のままにできなかったのだろう。

 しかし、アルセルド師もご高齢だ 」


 重苦しい沈黙が落ちる。


「 国の有事に国軍を動かすのなら、王族の誰かが出ねばならん。今回、総司令はヴェルトラム殿下だ。

 これに乗じて、殿下のお命を奪おうとする者がいても、おかしくはない 」


 * * *


 今回、護衛の従者として同行してきた青年たちは、当初その異形の姿に恐怖のあまり体がすくんでしまっていた


 魔力や神力を感じられずとも、わかるほど、その異形は悍ましく、人の恐怖を煽る形をしている。


 黒く艶めく何本もの蠢く 「 腕 」。

 それは身をよじるかのようにうごめき、伸ばそうとするたびに全体が波打つように震える。

 一本一本に意思があるかのごとく不気味に動き続けている


 夜半まではあの腕が町中まで入っていていたんだ……


 今まで感じたことの無い恐怖に呼吸すら忘れそうになる。


「 ボーッとするな! 今のうちに住民の避難と援軍の受け入れ準備をするぞ! 」


「「「 は、はいっ 」」」


 上司であるレネシスは領主の護衛を務めるほどの実力者だ。その上司ですら、震える声で必死に鼓舞していた。


 化け物の上空に見えるのは、白く光る “ 何か ” 。


 たまたま青年たちは飛んでいくところを目撃していた。


 あれは薄く白い布だ――まるで風に揺れる木の葉のようにふわりふわりと光を放ちながら異形のもとへと飛び、強い光でその腕を押さえ込んでいる。

 その下で腕を伸ばそうともがく異形の魔物が視界に入り思わず怯えを含んだ声がもれてしまう。


「 うわ…… 」


「 住人の前で怯えた顔をするな! 戦う者が不安を見せれば、住民も不安でパニックを起こす。そうなれば怪我人も出るし、避難も遅れる! 」


 一枚の布が、巨大な異形を押さえ込んでいるーーその光景は、この町にいるすべての者の希望だった。


 近くの町から駆けつけた神官たちが、笑顔を作りながら声をかけて住民を馬車へと誘導していく。


「 大丈夫ですよ。 あの光は女神様がもたらしてくださった祝福なのです。皆さんが安全な場所へ行けるまで、女神様がお守りくださっています 」


 その声に背を押され、馬車に乗せられた人々は異形のいる方角とは反対の町へと次々に避難を急いでいった。


「 ……なぁ、あれ、なんだと思う? 」

「 分かるわけないだろ…… 」

「 化け物だよなぁ…… 」


 荷を抱えていた三人の青年は、言われた通り物資を運び、これから来る援軍の通り道を確保する為、道沿いに積まれていた荷をどかしていった。


「 お前たち、ちょっとこっちに来い 」


 声をかけてきたのは、領主の護衛を務める三人の戦士だった。


  アルド・グラネスはガレンの上司。

  セラン・ファードはルーの上司。

  ノルド・レネシスはフィンの上司。


 三人はそれぞれの従者を呼び寄せると、代表してグラネスが口を開いた。


「 お前たちにも伝えておくぞ。

 もうすぐ馬を乗り継いで聖騎士の一個小隊が到着する。

 その後、近場の町の神殿より神官達が合流する。

 王都からも国軍が来る。

 国軍が到着しだい、あの化け物の掃討作戦が始まるからな。

 ……布があの化物を抑えてくれている間にな 」


 そこで言葉を切り、三人の従者を見据える。


「 お前たちに三人には特別任務を任せる 」


「 ……特別任務ですか? 」


 従者たちは思わず顔を見合わせた。

 ファードが静かに続ける。


「 最後の避難民を乗せた馬車と共に、この書類を持って王都へ発て。……分かったな? 」


 その声は穏やかだが、まるで別れを告げられている様な気がした。


「 この書類を…… どこに届ければよろしいでしょうか 」


 ルーが声を震わせて尋ねると、レネシスが淡々と告げる。


「 神殿だ。 これは、ここに残る者たちの遺書だ。 無事であれば、後で焼かれる。 ……必要になれば、神殿から家族へ渡される 」


( 特別任務……? 違う。 これは僕たちを逃がす為の口実だ……。 勝機が定かではないということだ )


 従者たちの胸に、言葉にはできない苦々しさが広がっていった。



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