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穢れの夜と、布の輝き

 

 その夜、ヴァンデル辺境伯の随行者全員が集められて事の説明がなされていた。


「 不審な魔力の情報が有ったと言ったが、実際には閣下の加護が反応を示した。

 これはあまり良い兆候ではない。

 神殿と公爵家より増援が派遣される事になっている。

 また、何かあればこの町の祭司と助祭がこちらに指示に従う手はずだ。

 何が起こるかは分からない。各自、すぐに動けるよう備えておけ 」


 説明を終えたノアリスに続き、クレイアスが口を開いた。


「 この町に近づくにつれ、加護の反応が強まった。

 町に入ってからは幾分落ち着いているが、それでもまだ気を抜けない。

 町の外に ” 何か ” がひそんでいる可能性が高い。

 状況次第では、戦闘や民を守りながらの移動も視野に入れねばならぬ。

 町を管理している男爵へは連絡済みだ。

 何もなければそれに越した事は無い。 だが油断はするな」


 その後、各自が持ち場へ戻ると、クレイアスは体を休める支度を始めた。

 就寝前に祈りを捧げるために、 ” 祝福の布 (レースのカーテン) ” を収めた箱を開く。

 王都への移動の際も布を携えていた。

 あの神託依頼、泊りがけの移動には極力持参するようにしているのだ。


 箱を開けたその時、


  「 ……! 」


 懐の ” 守り布(みはるのぱんつ) ” が突如として熱を帯びた。

 同時に、箱の中の ” 祝福の布(レースのカーテン) ” が光り出した。


「 これは……? 」


 驚愕の声を漏らしたその時、宿の外から禍々しい魔力の爆発を感じた。


 * * *


 東の公爵領と王都を結ぶ街道。


 そこで真夜中に禍々しい魔力が爆発した。あふれ出す魔力はただならぬ穢れを孕み、町にいるもの達を震え上がらせていた。


「 な、なんなのだ……?! この気配は! 」


 神殿の祭司と助祭、また普段は魔力を感じる事が出来ぬ者たちまでもがその不気味な圧を感じた。


 町の防壁の上から見える外、そこに町からの光を反射し微かに黒い空に伸びる何かが見える。


 それはゆっくりと首をもたげる様にして現れた。


 長い何本もの”何か”が夜の闇を背景にし、うねりながら空へと伸びていく。

 その様子は首をもたげた蛇の様でもあり、巨人の腕の様でもある。


 月の光のない闇の中。

 それ故、全貌が見えることは無いが、その異形からあふれ出る穢れの気配とその禍々しさに、町の者達は恐怖で体が動かなくなるほどだった。


 夜中にも関わらず、町は一気に騒然となった。


「 閣下! これはいったい……!? 」


 治安兵を伴い駆けつけた代官のマルディン男爵が、青ざめた顔で宿の出入り口に立つクレイアスに声をかける。


「 分からん。だが……良くないものだという事だけは確かだ 」


「 こ、これがご連絡にあった異常な魔力と関係がある者でしょうか 」


「 断言はできぬが……おそらくな!

 王都への救援依頼と、国軍の派遣要請をただちに行え!

 民の避難も急がせろ! あれは危険だ!男爵、命を懸けてでもあれを抑えねばならぬ!

 フェルガント公爵家へも大至急連絡だ 」


「 は、はい! 」


 マルディン男爵は転がる様に宿を飛び出し、走って行った。


 クレイアスも神殿へ駆け込み、魔道具で王都の大神殿へ緊急連絡を行った。


「 町の外にて異常な魔力の爆発を確認しました。

 ……また、異形の影を確認しました。 

 暗くはっきりとはわかりませんが、黒く長い腕の様でもあり、首をもたげた蛇の様でもあります……。

 町の光が微かに反射していますが、町の城壁内から視認できるほど巨大です。

 ……守り布が熱を持ち、祝福の布が光を放っています。 あれに反応しているとしか思えません 」


 『 ただちに、近隣の町の神殿から浄化の力を持つ者を派遣する! 持ちこたえられるか? 』


「 町の結界がどれほど持つか分かりません。 ですが最善を尽くします 」


 通信を終えると、クレイアスは護衛達に指示を飛ばした。

 最低限の者を自らの傍に残し、他は連絡と避難誘導に走らせる。


「 家から出るな! 避難の際は声をかける! 荷をまとめ移動に備えよ! 」


 治安兵たちが家々を駆け巡り、叫びながら走る声が響く。


「 女神よ、その慈悲を示したまえ…… 」

 この町の小神殿には、祭司一人、助祭三人、侍祭五人がいる。

 浄化の力を持つ祭司と助祭が城壁の上に立ち、異形の方向へと向かって祈りを捧げ始めた。

 また結界を維持する魔術師が結界に力を注ぎ込む。


 クレイアスは、その大きさに思わず息の飲む。


「 あれを相手にして町の結界は持つか? 」


 救援要請を各所に飛ばしていた男爵にクレイアスが問うと彼は青ざた顔で答えた。


「 分かりませぬ。 この町には防壁がありますゆえ、地を這う魔物には十分でした

 結界は空からくる弱き鳥の魔物に対処した事しかありませぬ…… 」


 その間にも、異形はますます膨れ上がっていく。

 町の明かりを反射してかすかに見えるその姿は、

 小国の王城に匹敵するのではないかと思うほどの大きさ。

 闇の中、そのうねる腕をゆらゆらと動かしながら、伸びをするように空へと伸びていく。


 そして、数本が町に襲いかかってきた。


 ……ドンッ!


 結界が黒き腕を弾いた。

 しかしゆっくりと引いていき、再び腕は結界にぶつかってくる。


 治安兵の呼びかけにより、家々に町民は逃げ込み、息を殺すように潜んでいる。しかし、結界が音を立てる度にところどころから押し殺した悲鳴が漏れて来ていた。


「 このままでは結界が持ちませぬ…! 」


 男爵が震える声を絞り出す。


 クレイアスは宿に残してきた祝福の布を思い出した。


 ( あの布は光っていた……何かあるのか? )


「 閣下、神殿の奥へお入りください! 結界が破られれば危険です 」


 ノアリスが焦りを含んだ声で呼びかける。


「 待て、宿の部屋にある布が反応をしていた 」


「 布ですか?! ……赤い方と白い方のどちらです?! 」


 ノアリスは取り繕う余裕も無く叫ぶ。


「 両方だ! 」


 そう言い、クレイアスは宿へと駆け戻った。


 部屋に入ると、箱に収められた  ” 祝福の布(レースのカーテン) ” は光を放っていた

 それをつかみ、外へ出る。


 結界の外では、異形の腕がさらに数を増やし、町に向かって延ばされていた。


 そして


 ーーパキンッ!


 甲高い音が響く。


「 け、結界が破られました! 」


 外で待機していた護衛が焦ったように叫ぶ。


 黒い腕が一斉に町へ襲いかかってきた。。


「 ぎゃぁぁぁ 」


 悲鳴が響いた。


 黒い腕は治安兵を食らおうとしていたのだ。

 傍の兵が必死に剣を振るうが刃はすり抜ける様に素通りする。


「 攻撃が効かない! 」


「 神よ! 」


 杖を掲げ、祭司と助祭が祈りを捧げる。


 杖からほのかな光が生まれ、それを嫌がるかのように、黒い腕は一度退いた。


 襲われた治安兵は腕から先が無くなっていた。

 彼の肩には鋭利な刃物で切りとられたかの様な深い傷が刻まれ、うめき声を上げながら膝をついた。


「 女神よ! その慈悲の光にて、邪悪を退けたまえ! 」


 神官たちが声を張り上げる度に杖に光が生まれ、黒い腕を押し戻す。


 だが、城壁の向こうには無数の腕がうごめき、うねり続けている。


 神官の数は少なく、彼らの顔色もまた悪い。

 それでも神官たちは、己の信仰と祈りをもって民を守ろうとする。 


  だがーー


「 浄化の力を持つ者が4人ではあの異形に太刀打ちなどできん…… 」


「 閣下、お下がりください! 」


 護衛達が前へ出る。 

 その時だった。


 クレイアスの持っていた祝福の布(レースのカーテン)がさらに強い光を放ったのだった。


 その光を避ける様に腕は町から遠ざかる。


「 やはり、この光は神の…… 」


 布はさらに輝きを増し、クレイアスの腕をスルリと離れると風に乗る様にふわりと宙に浮かんだ。


 輝きながら風に乗っている木の葉のようにふわり、ふわり、と宙を舞う。


 その光を恐れる様に黒い腕は逃げるように避ける。


 祭司と助祭は祈りを捧げ浄化の光を照らし続ける。

 黒い穢れの手が祭司たちの祈りの光と、祝福の布(レースのカーテン)におびえる様に避け、逃げていく。


 布は輝きながらそのまま町の外に飛んでいき、やがて光を放ちながら黒い腕が湧き出る場所の上空へと到達した。


 ーーぱぁぁぁっ


 祝福の布(レースのカーテン)はひときわ強く輝き、周囲を白昼の様に照らす。


 眩い光を浴びた黒い腕は、縮まり、光に抑え込まれた。


 布から発せられる光に照らされることで、地より生える様に異様で禍々しい黒き異形の腕が無数にうごめいている様子が、はっきりと目視できるようになった。


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