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逃げる以外に道はない  作者: イングリッシュパーラー
第3章 風と土編/原罪
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67. ペンタゴンの会談

 しばらくキッチンで休んでいると、小夜の顔色が大分よくなった。視矢は彼女の額に手を当て、熱が下がったことを確認してほっと息を吐く。


「辛くないか?」

「……うん。もう、平気」


 小夜は俯いて、視矢の手を押し退けた。優しく触れる掌に、顔の熱がまた上がりそうになってしまう。ぎこちなく椅子から立ち上がる彼女を支え、視矢が気遣わしげな視線を向ける。


「もう少し、ここにいるか。あいつらのことは、来に任せときゃいい」

「お仕事、サボっちゃだめでしょ。先輩」


 突っぱねる素振りも紅潮した頬を隠すためだと、視矢は露ほども知らない。

 そんな二人を見ながら、キッチンの仕切りに寄り掛かった白髪の客人が、ドアに見立てて壁をノックした。


「そろそろ来てもらえるか、二人とも。ついでに、茶を淹れてくれると有難い」

「茶なら、もう飲んでたろ。つーか、勝手に入ってくんな!」


 いつから覗いていたのか、ソウは完全に気配を消していた。舌打ちする視矢を横目に、手にした湯飲みを示してあっけらかんと言う。


「司門が出してくれたんだが、こぶ茶はあまり好きじゃないんだ」


 湯飲みには溢れんばかりのこぶ茶が注がれており、よくこぼさずに持って来れたものだと思わず感心する。

 普段お茶出しは小夜がするため、来は接客に疎い。ペットボトルをそのまま出していたかつてに比べれば遥かに進歩したものの、来の天然ぶりは健在だ。


「あ、私がやるよ! ソウさん」

「来たついで」

 

 慌てる小夜に構わず、ソウは慣れた手つきで食器棚から客用の湯飲みと煎茶の茶葉を取り出した。


「人んちのキッチン、どんだけ把握してんだよ」


 手際のよさに怒るよりむしろ呆れ、視矢はソウと小夜の間に割り込んだ。ソウをひと睨みし、ポットの湯を湯飲みに注ぐ。その湯を改めて急須に移した。


「へえ。茶の淹れ方は知ってるんだな」

「見くびるなよ。お前がひれ伏す程美味いの淹れてやっから」


 視矢はそう言って、得意げに胸を張る。手伝おうにも小夜の出る幕はない。


(案外、仲いいのかも)


 小夜は邪魔にならないよう後ろに下がり、お茶を淹れ合う二人を微笑ましく観察した。


 室内の瘴気はソウが浄化し、すっかり清浄な空気に戻っている。瘴気の流出は一時的なもので、視矢も来もさすがに同じ状況で何度も繰り返すほど気を緩めてはいない。


 ソウはどの神性にも属さず、結界、遠隔移動、気の刃など、様々な力を使う。鬼門の事件の際に、彼の過去の記憶の断片に触れてしまったけれど、どうしてそんな力を持つに至ったのか、小夜は詳しくは知らない。なんとなく尋ねてはいけないように思ったから。


 とりあえず人数分の湯飲みをリビングに運び、小夜は来と視矢に挟まれる形でソファに座った。

 無言で牽制を示す保護者たちにソウはくっくっと笑う。妬けちゃうわ、とこぼす弥生の呟きは、小夜の耳には届かなかった。


「司門。高神と観月に、依頼の件を」


 先程と同じく弥生の隣に腰を下ろしたソウが口調を切り替えて指示した。来はわずかに眉を寄せ、社員らの方を向いて前置きする。


「今回は、従者の仕業かどうか不明だ。さらに、TFCからの依頼ではない」

「最初から否定的に話すのはどうかしら、社長さん」

「事実を述べている」


 弥生の指摘を無表情に受け流し、来は概要を語った。

 当事者は、弥生の友人の美紀という女性。数年前に事故で亡くなった恋人が今になって生き返り、彼女の前に現れたという。


 弥生と違い、美紀もその恋人も信者ではない。生き返った男は従者ではなく、正真正銘の人間。となれば、蘇生の可能性が高い。


「死体蘇生なら、ソウの専門じゃねえの」


 淹れ立ての茶を啜り、視矢が忌むべき語を平然と口にする。ソウの方は一切動じず、静かに茶を味わっていた。


「同じことをTFC(うち)でも言われた。そんな訳で、これはTFCの案件じゃない」

「あー、なるほど」


 仏頂面で視矢が相槌を打つ。邪神関係でない限り、TFCは動かない。弥生は話を持ち込んだだけで、美紀という女性もあえて調査を求めていない。すなわち、仕事をしてもどこからも報酬は得られないという結論になる。


「ナイはどう言ってる?」

「尋ねても応答がない」

「また、引き籠りかよ」


 元邪神ならもっと情報が引き出せるだろうに、体を共有する来にもナイはだんまりを通していた。


「依頼主の件だが……」

「依頼主には、私がなるわ」


 ソウの言葉を引き継ぎ、弥生は手付金と称する封筒をテーブルの上に置いた。

 彼女の父は資産家として知られる。あらかじめ前金を用意させたのは、ソウの入れ知恵だろう。


「こりゃ、結構なスポンサーがついたもんだ」


 視矢は厚みのある封筒を手に取り、そのまま来に渡す。 

 対象が従者でないとすれば、来たちにとっても勝手が違う。しかし正式な依頼として現金まで用意されては、断るわけにもいかない。

 やむなく了承を示す来を見て、視矢と小夜も頷き合った。


「じゃ、行きましょう、高神さん。彼女に会って欲しいの」

「は、これから?」


 とんとん拍子に話が進み、弥生は視矢を促しドアへと向かう。

 幸か不幸か、午後からの仕事の予定は入っていない。慌ただしく事務所を後にする視矢を、小夜は複雑な思いで見送った。

 仕事なので仕方ないと分かっていても、連れ立って出掛ける視矢と弥生の姿が心に影を落とす。


「高神のこと、気になる?」

「……え、いえ、その。なんで、木刀を持って行かないのかって」


 すべて見透かした導師に、小夜は焦って言い訳をする。


「暴走しないように、そうしてる。まさか、知らなかった?」

「ソウ。私の社員をいたずらに不安にさせるのは控えて欲しい」

「情報共有は必要だ」


 普段無表情なくせに、小夜の事となると来は冷静さを欠く。やれやれと苦笑すると、眉を吊り上げる来を無視してソウは小夜に説明した。


「司門と高神の力が増しているのは、現在の星辰のせいだ。特に高神はまずい。しばらくは木刀から離れた方がいい」


 先程のように瘴気が漏れ出るのは序の口。制御できない邪神の力は、視矢自身をも取り込んでしまいかねない。時期が過ぎるまでは、できる限り力を使わずにやり過ごす必要がある。

 そんなふうに、思いも寄らなかった危うい現状を知らされ、小夜の背筋が凍りつく。


「来さん……、視矢くんは……」

「問題ない。木刀を使わなければいいだけの話だ。そのうち、力も安定する」


 青ざめる小夜を来が穏やかな声で宥めた。

 木刀を持てば、ハスターの力が視矢に流れ込み、暴走する危険がある。けれど丸腰では万一従者と遭遇した場合、分が悪い。楽観できる状況とは言い難い。


 今回、従者絡みでないと確信した上でソウは依頼を持ち込んだ。別件を抱えている時は、TFCも事務所に依頼を掛けてこない。それを見越してのソウの策だった。


「生き返った人間は従者じゃない。厄介な案件じゃないから平気だろう」


 軽く告げるソウの口ぶりにどこか恩着せがましさを感じ、来は顔をしかめた。


「生き返りの調査も、結構厄介だが」

「そこそこ厄介じゃないと、TFCを蹴る口実にならない」


 冷めてしまった茶を飲み干し、ソウが口角を上げる。

 ソウが来なかったなら、視矢と来はこの先も事実を隠し通したに違いない。二人は小夜を心配させまいとしているのだと彼女も理解している。


 だからといって、事務所に入社して半年以上経つ今、いつまでも蚊帳の外にいたくはなかった。事務所の一員として立ち向かって、二人の役に立ちたい。


「……いつ、視矢くんの力は元に戻るの」

「この日」


 ソウは決意を露わにする小夜に目を細めると、テーブルに置いたままの天文雑誌を指先でとんと叩いた。視矢が見ていたヒアデス星団食の記事だ。

 邪神の力の強まりは、ある時期を頂点とし、それ以降収束する。ヒアデス星団食の起こる9月下旬。それがどうやら運命の日になるらしい。

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