第九回 お花畑のピクニックと秘密の草摘み
午前中に突発的に行われた園芸配信は、図らずも大成功を収めた。その興奮も冷めやらぬ午後、ルピナス社長とミモザCHOの二人は、仮テントの本部から新しく下された指示に従い、次のロケ地へと移動していた。
向かった先は、王宮特設スタジオの敷地内をゆったりと流れる小川の河原である。
配信責任者のフィニックが手際よくセッティングした複数の魔導カメラが、遮蔽物の少ない開けた河原のあちこちで、二人の一挙手一投足を逃さぬよう静かに浮遊している。
午後になり太陽の日差しは強くなっていたが、河原のすぐそばに立つ大きな木が、涼しく心地よい木陰を作っていた。二人はその木陰を見つけると、楽しそうに駆け寄って色鮮やかなレジャーシートを広げた。
「ふぅ、やっぱりお外は気持ちがいいですねぇ、ルピ!」
「そうだね、ミモ。川のせせらぎの音を聞いているだけで、なんだか心が洗われるようだ。さあ、お待ちかねのお昼ご飯にしよう!」
シートの上に腰を下ろしたルピナスが、持ってきたピクニックバスケットの蓋をパカッと開ける。中から現れたのは、丁寧にペーパーで包まれた特大のサンドイッチだった。
「ルピ、見てください! 今日のお弁当は、ミモが午前中の園芸の合間に、頑張って作った手作りサンドイッチですぅ!」
「わぁ、ミモの手作りなのかい!? すっごく美味しそうだ!」
それは、新鮮なシャキシャキのレタスや、厚切りのハム、たっぷりのタマゴサラダがこれでもかと詰め込まれ、今にも具材がはみ出しそうなほどボリューム満点で見事な出来栄えのサンドイッチだった。ルピナスは目を輝かせ、その大きなサンドイッチを両手でしっかりと掴むと、一切の躊躇なく、口をめいっぱい開けてガブリと豪快に頬張った。
「んむ……! 美味しい、美味しいよミモ! パンはふんわりしていて、具材のバランスが最高だ!」
「良かったですぅ! ルピがたくさん食べてくれると、ミモ、とってもハッピーですぅ! ミモも、モグモグ……んふー、自分で言うのもなんですけど、すっごく美味しいですぅ!」
ミモザも負けじと、小さな口をめいっぱい開けてサンドイッチを頬張る。
二人が口の周りにマヨネーズやソースをちょっぴりつけながら、まるでわんぱくな子供のように一心不乱に食事を楽しむ姿が、魔導カメラを通じてリアルタイムで全国へと映し出された。
すると、その様子を受信している全国の平民たちのコメント欄(魔導スクロール)は、一瞬にして驚きと混乱の嵐に包まれた。
『え???ちょっと待って、カメラに映ってるこいつら、本当に元王太子と男爵令嬢だよな……?』
『食い方が完全に、お腹をすかせた育ち盛りの平民のそれなんだけどwww』
『もっとこう、背筋をピンと伸ばして、ナイフとフォークで上品に一口ずつ食うのかと思ってたわ』
『いやでも、めちゃくちゃ美味そうに食うなぁ! 見てるこっちまでお腹が空いてくるわ』
『王子が口いっぱいにサンドイッチ詰め込んでる姿、なんか親近感わくわwww』
その頃、スタジオの片隅に設置された仮テントの本部では、親会社COOのフランチェスカが、複数のモニターに映し出されるコメント欄の動きを睨みつけていた。平民たちの驚きの声が予想以上の速度で増えていくのを目にし、彼女は即座に手元の通信魔導具へと声を吹き込んだ。
「ルピナス、ミモザ! 私の声が聞こえていますか? あなたたちは我がホールディングスの『顔』であり、最高級のチルコンテンツを提供するブランドそのものなのです。平民層への親しみやすさは大切ですが、それとこれとは話が違います。もう少し貴族としての品位を保ち、上品に、優雅に食事をなさい。イメージ戦略というものが崩れてしまいますわ」
フランチェスカのインカムを通じた的確な「経営指導」の声は、二人の耳に直接届いていた。
だが、生配信の音声にはフランチェスカの声など一切入らない。全国の視聴者から見れば、ルピナスとミモザが突然、何もない空間に向かって同時に「はーい」と気の抜けた生返事をしたようにしか見えなかった。そして二人は、その本部の指示を完全に右の耳から左の耳へと受け流し、即座に自分たちだけの世界に没頭し始める。
「ミモ、口の横にタマゴサラダがついてるよ。じっとしていて、はい、取ってあげるね」
「あ、ありがとうございますぅ、ルピ! えへへ、お返しにルピのほっぺについてるソースも、指でペロってしちゃいますぅ!」
「うわぁ、恥ずかしいけど……やっぱりすっごくハッピーだなぁ! ミモザの指は甘いね!」
「もう、ルピったらぁ!」
何もない空間へ生返事をした直後、一切の品位を放り投げて純度一〇〇%の熱烈なイチャイチャを繰り広げ始めた二人に、全国のコメント欄のボルテージはさらに天井知らずで跳ね上がっていく。
『今一瞬二人で「はーい」って言ったの何だったんだよwww』
『きっと運営から「もっと上品に食え」って怒られたんだろwww』
『それを言われた直後にこのイチャつきである。メンタル鋼かよ』
『二人の世界が強固すぎて、誰も立ち入れないの草』
『マダム平民:ちょっと運営さん、余計な口出しは無用よ! 私たちは貴族の気取った食事なんて見飽きてるの。こういうわんぱくで健康的な王子が見たいのよ! スパチャ一万ゴールド!』
『ミモザちゃんのあざと美味そうな顔、無限に見ていられる(スパチャ三千ゴールド)』
『王子の食べっぷりが良すぎて、サンドイッチの購買意欲がそそられるんだが……ハッピー・ラブ・サンドとして売り出してくれ』
モニターに映る平民たちの熱狂と、その裏側で音を立てて跳ね上がっていくリアルタイムの売上メーターを見つめながら、フランチェスカは仮テントの中で深いため息をつき、思わず頭を抱えた。
「な、なんなのよこれは……。私の計算し尽くした完璧なイメージ戦略が、ただのコントロール不能なイチャつきに完敗するなんて……。一体、平民層のチル需要の正解はどこにあるというの……?」
そんな本部の苦悩や困惑など、河原の二人にとっては知ったことではなかった。
お腹がいっぱいになり、満足げに息をついたミモザがおもむろにレジャーシートから立ち上がると、河原の土手に生えている、緑色の瑞々しい草に目を留めた。
「ルピ、見てください! このお草さん、とってもいい形をしてますぅ!」
「本当だね、ミモ。青々としていて、すごく元気な草だ。よし、僕も手伝うよ」
ルピナスはミモザの隣へとしゃがみ込み、黙々と、しかし楽しそうに草を摘み始めた。
突如として画面上で始まった、何の説明もない謎の草むしりの光景に、画面の向こうの平民たちだけでなく、仮テントの中にいるフランチェスカやフィニックの頭上にも、同時に巨大なハテナマークが浮かび上がった。
『え、ちょっと急に何が始まったの??』
『さっきの午前中の園芸配信の続きか?』
『カゴの中に、ただの草がどんどん詰まっていくんだが……何に使うんだそれ』
二人は特に何を口にするわけでもなく、ただただ楽しそうに河原を歩き回り、形の良い草を選んでは、ミモザが持っていた小さなカゴへと放り込んでいく。その手元がアップで映し出されると、コメント欄のノリは一気にいつもの「ツッコミ」へと変わっていった。
『待って、あれってどう見てもそこら辺によくある雑草だよな……?』
『俺の家の裏庭にもめちゃくちゃ生えてるわwww』
『おいおい元王太子、そこらの雑草を嬉しそうに摘むなwww』
『あ、私あの草知ってる!……でも、教えなーい!』
『おい上のやつ教えろよwww気になるだろwww』
『ヤギの餌でも作るの?』
そんな視聴者たちのコメントのノリをよそに、カゴのフチまで緑色の草がこんもりと溢れんばかりにいっぱいになると、ルピナスとミモザは顔を見合わせ、特にこれといった解説を挟むこともなく「よし、おしまい!」と何事もなかったかのように草摘みを終了してしまった。
『いや結局何なんだよその草は!www』
『本当に説明なしで終わったぞ』
画面を埋め尽くす「なんなんだ?」というツッコミの嵐に対し、ルピナスとミモザはカメラのレンズに向かって、いたずらっぽく、そして最高に可愛らしい笑顔を浮かべた。二人は寄り添いながら、クスクスと楽しそうに笑い合う。
「うふふ、皆様にはまだ『秘密』ですぅ!」
「僕たちだけの特別な計画だからね! 楽しみにしていてね!」
その一切の邪気のない楽しげな笑顔と、思わせぶりな「秘密」という言葉に、平民たちも「あー、もうどうでもいいや!」「バカ可愛いから全てを許す!」「何か楽しいことを企んでるならそれでいい!」と完全に毒気を抜かれてしまった。結果としてコメント欄は温かい笑いに包まれ、画面を覆い尽くすほどの大量のスパチャが再び投げ込まれた。
『まあ二人がこれだけ幸せそうだし、雑草でも何でもどうでもいいやwww見てるだけで癒やされる』
『秘密って言われた時のミモザちゃんのドヤ顔が可愛すぎて心臓に悪い(スパチャ五千ゴールド)』
『今日も今日とてお花畑全開で最高だった。こいつらのバカさ加減を見てると、明日も仕事頑張れるわ』
『あのよく見る雑草の正体が気になるから、明日も絶対配信見にくるわ!』
こうして、何が目的かさっぱり分からない突発的な草摘み配信すらも、平民たちの心を鷲掴みにして大盛り上がりのうちに幕を閉じた。
仮テントの本部では、短時間でさらに積み上がった驚異的な売上データが更新され、アイナール・ホールディングスの集金カウンターは、今日も今日とて小気味いい音を立てて、嬉しそうに回り続けるのだった。




