第八回 お花畑と秘密の菜園計画
翌朝、お花畑スタジオの片隅に、突如として無骨な仮テントが立ち上がっていた。
「数日中には、最新鋭の集中指令室に仕立て上げますわ。全方位の数値を一括管理し、ミリ単位で指示を出すための本部です」
テントの中で、親会社COOのフランチェスカがバインダーを片手に、配信責任者のフィニックと今後の超過密スケジュールについて綿密な打ち合わせを重ねていた。
一方、その頃。新居のテラスでは、生活管理指導役のヴァルデマールが、ルピナス社長とミモザCHOに温かい視線を送っていた。
「ルピナス様、ミモザ様。お体の調子はいかがですか? どこか痛むところや、お疲れのところはございませんか?」
ヴァルデマールは二人の表情やつぶさな動きを観察し、過酷な労働による体調の変化がないかを慎重に見極めていた。昨日、あれほど体を張って自分を庇ってくれた二人のためにも、現場の健康管理だけは絶対に怠るわけにはいかない。
「元気いっぱいだよ、ヴァルデマール! 今日もミモザは世界一可愛いしね!」
「そうですぅ! 美味しい朝食をたくさん食べたから、エネルギー満タンですぅ!」
どうやら二人の頑丈なお花畑メンタルは、昨日の一件など微塵も引きずっていないようだった。
「お二人とも、ごちそうさまでした」
食器を片付けに来たメイドのテレーゼに、三人は揃って笑顔でお礼を伝える。
「テレーゼ、毎日本当に美味しいご飯をありがとう」
「感謝いたします、テレーゼさん! お腹がハッピーになると、心もお花畑になりますねぇ!」
「……もったいないお言葉です。私はただ、職務を全うしているに過ぎません」
テレーゼは相変わらず淡々と応じたが、その耳たぶがほんのりと赤くなっているのを、ヴァルデマールは見逃さなかった。
朝食を終えた三人は、今日の配信の打ち合わせをするべく、庭に新設された仮テントへと向かった。だが、テントの入り口まで来たところで、中からフランチェスカとフィニックの真剣な声が漏れ聞こえてくる。
「フィニック、次回の二十四時間配信のターゲット層は重課金層の主婦層よ。それに合わせた照明の魔導波長を――」
「あ、ルピ。なんだかフランチェスカたち、すっごく難しそうなお仕事の話をしてますねぇ」
「そうだね、ミモ。僕たちが入ったら、お仕事の邪魔になっちゃって悪いよね。よし、静かに去ろう」
二人はコソコソと足音を忍ばせ、そのまま仮テントの前を離れていってしまった。
「あ、お待ちくださいお二人とも! ……ああっ、もう!」
ヴァルデマールは慌ててその後を追いかける。
かくして、本日の配信がスタートした。
予定されていた本部からの指示を待たず、現場の判断――というか、二人の完全な思いつきによる見切り発車である。本日はヴァルデマールが手元の魔導カメラを構え、即興で撮影を担当することになった。
ルピナスとミモザがやってきたのは、スタジオの裏手にある少し寂しい空き地だった。そこで二人は、庭の手入れをしていたテレーゼを見つけて声をかける。
「テレーゼ、ここにお花をたくさん植えたら、もっと素敵になると思わないかい?」
「そうですぅ! ここをお花畑でいっぱいにしたいんですぅ! どうやったらお花が増えますかぁ?」
二人の純粋な疑問に、テレーゼは手に持っていたクワを一度止め、ぽつりぽつりとアドバイスを始めた。
「……まずは、土を柔らかく耕す必要があります。雑草を抜き、空気を含ませるのです。それから、等間隔に種をまき、毎日欠かさず水をやることです」
「なるほど、まずは耕すんだね! よーし、僕に任せて!」
ルピナスは上着を脱ぎ捨てると、昨日仕込んだ薪割りの筋力を活かして、勢いよくクワを地面に突き立てた。
「ふんぬっ! はぁーっ! どうだいミモ、僕のこの華麗なクワさばきは!」
「すごいですぅ、ルピ! まるでプロの農家さんみたいで格好いいですぅ!」
テレーゼのアドバイスを忠実に守りながら、ルピナスが汗を流して土を耕し、ミモザがその横で「がんばれー!」と小さな手でパタパタと応援する。
「ルピナス様、少々腰が入っていません。クワの重みを利用するのです。ミモザ様も、耕した場所をすぐに踏んではいけません」
「は、はい! こうかいテレーゼ!」
「はぁい、気をつけますぅ!」
逐一、的確な指導を入れるテレーゼ。二人は泥だらけになりながらも、楽しそうに作業を続けていく。
やがて、ある程度まで綺麗に耕し終えると、二人は並んで小さな種を丁寧に土へとまいていった。
「またここにも、たくさんのお花が咲いて、お花畑が増えるといいね、ミモ」
「はい、ルピ! 二人の愛のお花畑がどんどん広がっていきますねぇ!」
泥のついた顔を見合わせ、ラブラブと微笑み合うルピナスとミモザ。
魔導カメラを構えるヴァルデマールは、画面に映る二人の健気な姿に「おお……なんと美しい光景だ……」と涙ぐみ、指導していたテレーゼも、その口元にわずかな、しかし確かな温かい微笑みを浮かべて、ほっこりと三人を見守っていた。
当然、その様子を受信している全国の平民たちのコメント欄(魔導スクロール)も、大いに癒やされていた。
『うおお、今日は園芸配信か! 泥だらけの王子とか新鮮すぎるだろ』
『あざとい男爵令嬢が泥まみれで頑張ってるの、なんか応援したくなるな』
『テレーゼちゃんのアドバイスがガチすぎるwww農家の娘か?』
『「愛のお花畑が増えるといいね」とか、もう脳みそがバグるほど尊い』
『仕事のストレスが土の匂いで洗い流されていく……。俺も庭いじり始めようかな』
『ほっこりするわぁ。これこそ究極のチル。スパチャ一万ゴールド!』
――その頃。
仮テントの中から、売上アラートのチリンチリンという爆発的な音が響き渡り、フランチェスカとフィニックは飛び起きた。
「な、何事ですか!? まだ本日の配信指示は出していませんわよ!?」
「フランチェスカ様、大変です! 裏で勝手に配信がスタートしてます! 同接、すでに一五〇万人突破です!」
「なんですって!?」
慌てて仮テントを飛び出し、インカムのボリュームを上げたフランチェスカ。
「ちょっと、ルピナス! ミモザ! 本部の許可なく勝手に配信を始めるなんて、一体どういう――」
怒りの通信を飛ばそうとしたフランチェスカだったが、手元の魔導バインダーに表示された、リアルタイムのスパチャ額と、画面を埋め尽くす「癒やされる」「尊い」という国民たちのコメントを見て、その指をぴたりと止めた。
「……信じられない売上ペース。指示を出していない園芸企画で、これほどのエンゲージメントを叩き出すなんて……」
二人の生み出す予測不能な「お花畑パワー」の成果を前に、フランチェスカは小さくため息をつき、インカムのトーンを落とした。
「……まぁ、これだけ平民層の支持を得て、利益が出ているのなら不問にいたしますわ。ルピナス社長、ミモザCHO。――ただし、次から始める時には、必ず本部に一声かけてくださいね?」
「はーい、分かったよフランチェスカ!」
「はぁい、次からはちゃんと言いますぅ!」
カメラの向こうで、泥だらけの二人が元気よく返事をする。
予定調和の指示書など飛び越えて、ただただ自分たちの「ハッピー」を振りまきながら稼ぎ続ける二人。フランチェスカの本部指令室計画は出鼻をくじかれた形となったが、子会社の売上メーターは、今日も嬉しそうに跳ね上がり続けるのだった。




