第七回 お花畑と青い顔の執事長
本日は、記念すべき『株式会社お花畑ハッピーピクニック・ジャパン』の公式な配信休憩日……のはずだった。
新居の食堂で、ルピナス社長とミモザCHOは、朝からそわそわと落ち着かない様子でいた。なぜなら、彼らの前に現れた生活管理指導役のヴァルデマールが、文字通り幽霊でも見たかのように真っ青な顔をしていたからだ。
「ヴァルデマール、どうしたんだい? 顔色が最悪だよ。何か悪い病気にでもかかったのかい?」
「そうですぅ、ヴァルデマールさん! まるでお花が枯れちゃったみたいなお顔ですぅ!」
二人は身を乗り出して、年老いた執事長を心底から心配そうに見つめる。しかし、ヴァルデマールはただただ深く頭を垂れ、消え入りそうな声で呟くだけだった。
「いえ……ルピナス様、ミモザ様……。私のような若輩者が、現場の管理を任されながら……本当に、申し訳ありません……」
「えっ、何がだい? ヴァルデマールが謝るようなことなんて何もないよ?」
いくら聞いても「申し訳ありません」を繰り返すばかりのヴァルデマールに埒が明かず、ルピナスは壁際に直立不動で控えていた護衛のガレットに視線を向けた。
「ガレット、ヴァルデマールに何があったか知っているかい?」
ガレットは視線を泳がせ、一つ咳払いをすると、硬い表情のまま静かに告げた。
「……ルピナス様。私からは何も。ただ、もうすぐ、すべてがお分かりになるかと思います」
「もうすぐ? 一体何が分かるんだい?」
首を傾げるルピナスだったが、ミモザが「お腹が空いちゃいましたぁ」と声を上げたため、ひとまず一同はテーブルに着くことにした。すぐに、メイドのテレーゼがきびきびとした動作で、淹れたての温かいお茶とお菓子を運んでくる。
カップから立ち上る高貴な香りを胸いっぱいに吸い込み、ミモザが一口含んで目を輝かせた。
「わぁ、とっても美味しいですぅ! でも……なんだかこれ、飲むだけでお金が飛んでいきそうな、すっごく高そうなお味がしますぅ!」
「ははは、相変わらずミモの評価は独特だね」
ルピナスも自分のお茶を口にし、優しく微笑んでミモザを見つめる。
「確かにテレーゼのお茶は最高だけど……僕は、ミモが淹れてくれるお茶の方が、なぜかほっとする味がして大好きなんだ。心がじんわり温かくなるんだよ」
「ルピったらぁ! そんなこと言われたら、ミモ、毎日ルピのために一生分のお茶を淹れちゃいますぅ!」
「本当かい? じゃあ、僕たちの愛のブレンドティーだね!」
休憩日という解放感も手伝って、いつも通り完全無欠のイチャイチャ空間を作り出し、ピンク色のオーラを放ち始める二人。真っ青だったヴァルデマールが、その光景を見て「ああ……」とさらに頭を抱え込んだ、その時だった。
――バァン!!
食堂の重厚な扉が、凄まじい勢いで跳ね開いた。
あまりの爆音に、ルピナスとミモザはビクッと肩を震わせて扉を見る。
そこに立っていたのは、手元にバインダーを携えた親会社COO、フランチェスカであった。彼女は一歩食堂へ踏み込むと、二人に向かって言い放った。
「そこまでイチャイチャする余裕があるのなら、今すぐ配信を回しなさい!」
「えっ、フランチェスカ!? でも、今日はマニュアルに書いてあった『公式休憩日』だよ?」
ルピナスが素っ頓狂な声を上げるが、フランチェスカは手元のバインダーのページを流れるような動作でめくった。
「昨日の臨時株主総会において、子会社の最高会計監査権限は私へと一元化されました。よって、現場の不経済な休日スケジュールはすべて白紙撤回。ただちに緊急リアルタイム配信をスタートします。フィニック、カメラを!」
「了解でーす!」
影から現れた配信責任者のフィニックが魔導カメラを起動し、二人の姿が瞬時に全国へと発信され始める。
「お待ちください、フランチェスカ様!」
ここで、がたがたと震えていたヴァルデマールが、決死の覚悟で前に立ちはだかった。
「お二人は昨日の二十四時間配信で心身ともに疲弊しております! 休日を無くし、全く休みがない状態での連続労働など、現場の生活管理指導役として到底認められません!」
しかし、フランチェスカは表情一つ変えず、淡々と告げた。
「却下します。現在の決定権は親会社COOである私にあります。これ以上の進言は、業務妨害とみなしますわよ、ヴァルデマール氏」
「くっ……!」
権限の前に力なく引き下がるしかないヴァルデマール。その肩が絶望に震える。
だが、その様子を見たルピナスとミモザが、即座にヴァルデマールの前に躍り出た。二人はヴァルデマールを背中に隠すようにして、フランチェスカを見据える。
「待ってよフランチェスカ! ヴァルデマールをイジメちゃダメだ!」
「そうですぅ! ヴァルデマールさんは私たちのことを一番に考えてくれる、とっても優しいおじいちゃんなんですぅ! 怒るなら、私たちを怒ってください!」
まさか労働型奴隷であるはずの二人から庇われるとは思っていなかったヴァルデマールは、「ルピナス様……ミモザ様……!」と、涙目で感動に震えた。
フランチェスカはそんな三人を見つめ、小さく息を吐いた。
「……まぁいいわ。その『おいたわしい執事を身を挺して庇う、健気でハッピーな主従愛』も、平民層には絶好のコンテンツになりますから」
その言葉通り、突如始まった緊急配信を受信した全国の平民たちのコメント欄(魔導スクロール)は、一瞬で大騒ぎになっていた。
『うおおお、休憩日なのにゲリラ配信きたあああ!』
『ちょっと待って、王子たちが老執事を庇って大企業(親会社)の横暴に立ち向かってるんだが!?』
『何この熱い展開wwwお花畑かと思ったら急に少年漫画始まったぞ』
『ヴァルデマールおじいちゃんを泣かせるな! スパチャで応援する!(五千ゴールド)』
『ルピミモの優しさに全俺が泣いた。二人のためにもハッピー・ラブ・ウォーター追加購入するわ』
『突発配信なのに同接100万人突破してて草。相変わらず脳に効くわぁ』
本日の配信は緊急かつ突発的なものだったため、いつもの二十四時間という長丁場ではなく、一時間ほどで終了となった。
だが、その短い時間の中に「イチャつき」「突発的なハプニング」「主従の絆」という濃厚な見どころが凝縮されていた結果、コメント欄は大盛り上がりとなり、投げ銭と商品の売上メーターは、短時間にして驚異的な数字を叩き出したのである。
「ふぅ……。突然だったからびっくりしたけど、みんなが喜んでくれて良かったね、ミモ」
「はいですぅ、ルピ! ヴァルデマールさんも、もう泣かないでくださいねぇ」
配信が切れ、レジャーシートの上でのん気に笑い合う二人。
フランチェスカは手元のバインダーに表示された、短時間で跳ね上がった上々の売上データを確認すると、満足そうにそれを閉じた。
「初回緊急配信としては上出来のインサイト(数値)ですわね。ルピナス社長、ミモザCHO、お疲れ様でした」
こうして、休憩日すらも最高の結果を出すための「集金日」へと変えられた二人。
権限を握った親会社による、より緻密で無駄のない『ハッピーな労働型奴隷』としての搾取計画は、二人のあずかり知らぬところで、さらにその精度を上げていくのだった。




