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お花畑王太子を追放せよ 〜婚約破棄から始まる成上り〜  作者: 山田りく


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第六回 お花畑はウハウハだ


 王宮の特設大講堂は、熱気というよりも「金の匂い」で満ち満ちていた。


 昨日の今日で開催された『株式会社お花畑ハッピーピクニック・ジャパン 臨時株主総会』。


 円形の議場を囲むフロント席には、血管を浮き出させていたはずの四大公爵たちが、今やギラギラとした守銭奴の目を輝かせて着席している。


「静粛に。これより臨時株主総会を執り行う」


 壇上で木槌を叩いたのは、新会社『新・アイナール・ホールディングス』の代表取締役社長(CEO)、アルベルト王である。その隣には、最高執行責任者(COO)の職に就いたフランチェスカ・フォン・ツメヨレ公爵令嬢が、一糸乱れぬスタイルで控えていた。


「皆の者、手元の財務速報を見るが良い。我が社の一〇〇%出資子会社『お花畑ハッピーピクニック・ジャパン』が、初日の二十四時間配信で叩き出した確定スコアだ」


 アルベルト王が合図をすると、背後の巨大スクリーンに「総売上:八千五百万ゴールド」という数字が、黄金の光を放ちながら表示された。


「おおおお……! 素晴らしい!」


 議場がどよめく。カネイチ公爵家の当主であるギルベルトは、文字通り身を乗り出して机を叩いた。


「たった一日、あの無能二人が丘の上で寝転がって甘い言葉を囁き合っただけで、八千五百万ゴールドだと!? 旧会社の負債の五%を一日で相殺するなど、前代未聞だ! 奴らはただの不良債権ではない、我が国の歴史上、最も効率のいい『金のなる木』ではないか!」


「その通りだ、ギルベルト公」


 フランチェスカが非の打ち所がない笑みを浮かべて一歩前へ出た。


「ルピナス社長とミモザCHOの『見ているだけで脳の血管が切れそうになる純度一〇〇%の愚行』は、現代のストレス社会を生きる平民層にとって、これ以上ない最高級の精神安定剤……いえ、『合法的な脳内麻薬』として機能しています。この初速を維持、いや、さらに拡大していくことこそが、我がホールディングスの至上命題です」


「異議なし!」


「これをもっと儲けさせろ!」


「予算を全額突っ込んでも構わん、搾り取れるだけ搾り取るのだ!」


 強欲な株主たちが札束を振り回さんばかりに叫ぶ。彼らにとって、もはやルピナスとミモザは人間ですらなかった。ただの、最高に高効率な集金マシンである。


 だが、その熱狂の渦中で、一人だけ真っ青な顔をして挙手する男がいた。


 元宰相であり、現在は子会社の生活管理指導役を務めるヴァルデマールである。


「お、お言葉ですが皆様! 初日の配信で、ルピナス様とミモザ様は完全に体力の限界を迎えております! これ以上の業務拡大は、お二人の心身を崩壊させかねません!」


 ヴァルデマールの必死の訴え。それは、この徹底的に合理化された議場における、唯一の「人間の良心」だった。


 しかし、フランチェスカはその訴えを、一瞥だけで切り捨てた。


「ヴァルデマール生活管理指導役。あなたは少々、ビジネスに対して甘いのではありませんか?」


「フランチェスカ様……っ」


「彼らは雇用契約を結んだ我が子会社の役員です。報酬を支給している以上、それに見合うリターンを出すのは義務。そこで、子会社の徹底管理と事業拡大を迅速に行うため、COOである私から提案があります」


 フランチェスカは手元のバインダーをパチンと叩き、議場を見渡した。


「現在、ヴァルデマール氏が兼任している『お花畑ハッピーピクニック・ジャパン最高会計監査権限』を、親会社COOである私、フランチェスカへと一元化・引き継ぎすることを提案いたします」


「なっ……!?」


 ヴァルデマールが絶句する。最高会計監査権限。それは、子会社の財布の紐を握り、無理な投資や行き過ぎた商業化にブレーキをかけるための、最後の砦とも言える権限だった。


「お、お言葉ですがフランチェスカ様! その権限まで親会社に没収されてしまっては、現場の安全な運用が不可能になります! 現場の裁量権まで奪うというのなら、私は断固として反対いたします!」


 必死に抵抗するヴァルデマール。だが、この場にいるのは「株主」たちだ。


 フランチェスカは表情一つ変えず、淡々と告げた。


「これは提案です。――それでは株主の皆様、議決権の行使(多数決)をお願いいたします」


 その瞬間、議場にいた公爵たちや大株主たちが、一斉に手元の魔導ボタンを連打した。


「賛成だ!」


「フランチェスカ嬢に全権を委ねる!」


「ヴァルデマール、お前は引っ込んでいろ!」


 スクリーンに表示された議決権の割合は、一瞬にして【賛成:九八%】【反対:二%】となった。反対の二%は、ヴァルデマールが持つ僅かな持ち株分だけである。資本の論理という、圧倒的で容赦のない合理性が、ヴァルデマールの抵抗を跡形もなく圧殺した。


「決議されました」


 アルベルト王が粛々と木槌を鳴らす。


「これより、お花畑ハッピーピクニック・ジャパンの最高会計監査権限はフランチェスカCOOへと移譲される。ヴァルデマール、お前は大人しく、現場で二人の『イチャつきの質』が落ちないよう管理することだけに専念するが良い」


「くっ……なんということだ……」


 ヴァルデマールはがっくりと膝をつき、項垂れるしかなかった。これで、ルピナスたちの運命をコントロールする紐は、完全に親会社の経営陣へと握られてしまったのだ。


 ――同じ頃。


 そんな緊迫した権力闘争が議場で行われているとは露知らず、当のルピナス社長とミモザCHOは、新居の「お花畑スタジオ」から、のん気に日常ピクニックの二十四時間生配信をスタートさせていた。


 色とりどりの花が咲く野原にレジャーシートを広げ、二人はお弁当のサンドイッチを手に、頭の悪い会話を繰り広げている。


「ねえミモ、そういえば今日、あっちの大きいお城で『株主総会』っていうのが、あるそうだよ?」


「そうなんですかぁ、ルピ? なんだか難しそうな名前ですねぇ。でも、私たち、呼ばれませんでしたね?」


「そうだね! 僕たち社長とCHOなのに、呼ばれなかったね!」


「うふふ、ラッキーですねぇ! あんな難しそうなところに行かなくて済むなんて、やっぱり私たちはツイてますぅ!」


「本当にラッキーだね、ミモ! あんな退屈な会議に出るより、こうしてミモと一緒にサンドイッチを食べてる方が、ずーっとハッピーだよ! はい、あーん!」


「むにゅ……おいしいですぅ! はい、お返しにルピも、あーん!」


「あーん! うーん、僕たちの愛の味がするよ!」


 二人の周囲には、ピンク色の幻覚のようなオーラが漂っている。自分たちの最高会計監査権限が剥奪されたことも、ノルマがさらに跳ね上がろうとしていることも、一ペルも理解していない。ただただ、カメラの前で純度一〇〇%のイチャイチャを繰り広げていた。


 そして、その様子を受信している全国の平民たちのコメント欄(魔導スクロール)は、今日も今日とて光の速さで爆発していた。


『おいおいおい、株主総会が開かれてる最中なのに、こいつら何してんだwww』


『社長とCHOが揃ってハブられてるの草』


『「呼ばれなかったね」「ラッキーですね」はバカすぎて腹痛いwwwww』


『呼ばれなかったんじゃない、売るための見世物として隔離されてるんだよ気づけwww』


『マジで脳みそ溶けるわ。仕事の説教で死にそうだったけど、このバカさ加減見てたらどうでもよくなってきた』


『神配信。ハッピー・ラブ・ウォーター追加で5本ポチった』


『完全に労働型奴隷なのに、本人が世界一幸せそうなのが一番タチ悪いwww』


『脳に直接効くチル動画。二人が幸せなら俺も幸せ(スパチャ五千ゴールド)』


 狂喜乱舞する国民たちから、怒涛の勢いでスパチャが投げ込まれ、売上メーターがチリンチリンと小気味いい音を立てて跳ね上がっていく。


 株主総会を終え、大講堂のモニターでその配信画面を確認したアルベルト王が、満足そうに顎を撫でた。


「ふむ。これほど都合よく、勝手に隔離されて稼ぎ続けるとはな」


「はい。お望み通り、現場のヴァルデマール氏の手から権限はすべて私が引き継ぎました」


 フランチェスカはバインダーを小脇に抱え、画面の向こうのお花畑王子を見つめる。


「さあ、ルピナス社長、ミモザCHO。明日からは、さらに『効率的な』スケジュールを組ませていただきますわ。我がホールディングスの利益のために、死ぬまでハッピーに貢献しなさい」


 議場に響き渡る、勝者の確信に満ちた笑み。


 何も知らずに「サンドイッチおいしいねぇ!」と笑い合うルピナスとミモザの、さらなる過酷な労働の日々が、いま幕を開けようとしていた。


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