第三十八回 デスマーチの副社長と、毒キノコのお散歩
「……また関税改定の差し替え書類か!?」
アイナール・ホールディングス本社、副社長室。レインハルトはデスクの山を睨みつけ、魔導ペンを叩きつけた。額の青筋を浮かせ、書類を1枚引き抜く。
「昨日承認した小麦の税率が、なぜ今日になって再び0.04%下がっている!? こちらの砂糖も0.02%の減税申請だと……? 毎日毎日、各国から届く1%未満どころか小数点以下の微調整通知! 承認印を押しても押しても、次の瞬間には別の税率が数ミリ単位で書き換わるではないか!」
眉間を指で強く押さえ、椅子に背をもたせかけた。
「関税関連の処理だけで一日の大半が消えてく……! 現場の計算部署はどうなっている!? これでは業務が一切進まんぞ……!」
――同じ頃、お花畑スタジオの裏手に広がる森。
「〜〜♪ ミモ〜、見て見て! すごくカラフルでかわいいキノコがあるよぁ!」
「わあ〜! 傘がピンクと黄色でピカピカ光ってて、とっても美味しそうですぅ〜!」
ルピナスが小走りで近寄り、ミモザもぴったり寄り添う。ルピナスはミモザの袖口をきゅっと掴み、顔を寄せてキノコを指さした。
「ねぇミモ、これでお味噌汁を作ったら、きっとハッピーな色になるねぁ?」
「はいですぅ〜! ルピちゃんと一緒のお鍋でぐつぐつしたら、すご〜く甘くて美味しいですぁ〜!」
ルピナスがそっと手を伸ばす。ミモザも顔を輝かせ、ふたりの距離が近づく。
「ルピナス様、ミモザ様! お待ちください!!」
ヴァルデマールが必死の素早さで割り込み、二人の手を引き戻した。手帳を落としながら、青ざめた顔でキノコを指さす。
「それは『マダラシビレダケ』! 触れるだけで三日三晩幻覚を見る極悪な毒キノコです!!」
「「ひゃあぁっ!?」」
二人は跳び上がって抱き合い、お互いの背中にしがみついて震えた。ルピナスはミモザの頭をなでなでし、ミモザもルピナスの胸元に顔を埋めた。
『危ねええええええ!!』
『ヴァルニキナイスセーブ!!』
『触るな! 絶対触るなwwww』
『配信事故どころじゃない件www』
『抱き合って震えてるの可愛すぎるんだが』
『てぇてぇ……命拾いしててぇてぇ……』
『よしよししてるルピちゃん良き……』
『一生ここでイチャイチャしててくれ』
仮テントのモニター前。フランチェスカが磁器のカップを傾け、フィリップは微笑みながら温かい紅茶を注ぎ足した。
「相変わらず目が離せないわね、あの二人。ヴァルデマールがしっかり護衛しているからいいけれど」
「ふふ、ルピナスもミモザちゃんも、本当に仲が良くて微笑ましいじゃないか。……それにしても、レインハルトは最近ずいぶんと忙しそうにしているね?」
「さあね。輸入書類の山と戦っているらしいわよ。関税局から上がってくる関税の細かな改定書類が多すぎて、副社長室から一歩も出てこられないんですって」
「それは大変だね。各国の貿易課が急に熱心になったのかな?」
「そんなわけないでしょ。どうせどこかのバカが余計なことでも始めたのよ。……まあ、あいつが書類に埋もれているおかげで、私のカフェ計画の準備が静かに進められるから好都合だけどね」
フランチェスカはバインダーを開き、ペンを走らせた。画面の中ではルピナスとミモザが互いの頬をなで合い、笑い合っている。
『平和すぎる世界観』
『森の木漏れ日とルピミモ最高かよ』
『ずっと見ていられる……』
『今日も最高のチル配信だったww』




