第三十六回 プロの悲鳴と、1%に賭けるロイヤルたち
アイナール・ホールディングス本社、副社長室。
「……これを王都のカフェへ正式に導入する」
配信画面に映る『ふわふわ特製ハッピーパンケーキ』を指さし、レインハルトが言った。向かいに立つフランチェスカが深く頷く。
「同感よ。ただし、あの『お花畑・プレミアムサロン』の二の舞は絶対に避けるわ。『それなに?』で大赤字寸前まで行った悪夢は繰り返さない。事前にルピナスたちを理解させてから進めましょう」
「ふん、合意形成の徹底だな。会議でいうだけでは、兄上は理解しないからな……」
二人は不敵な笑みを交わし、即座に事業計画書を書き上げた。
数日後。本社から派遣された王都トップクラスのプロ料理人たちが、お花畑スタジオで頭を抱えていた。
「……ルピナス様、この『ハッピーになるおまじない』という工程は、具体的に何グラムの調味料なのでしょうか……!?」
「え? んーと、これくらいだよぁ? ミモ、どれくらいだっけ?」
「ふんわりひと掴みと、あたたかいお気持ちを少々ですぁ〜」
「計算不能だ……!! ひと掴みとは何グラムなんだ……!!」
「ガレット氏! メレンゲの気泡の維持時間を教えてくれ! 頼む!!」
「……自分は、ただ立てただけだ」
職人たちの悲鳴とルピミモの笑顔、そして無口なメレンゲ職人が交錯し、現場は地獄のレシピ化作業と化していた。
――一方、その裏で。
豪華な執務室で、ギルバート皇太子が一人不敵にほくそ笑んでいた。
「フッ……我が国の小麦の関税を……0.8%だけ引き下げる」
「皇太子殿下!? たとえ0.8%とはいえ、関税の変更には財務省の承認が……!」
「黙れ。1%未満の微調整ならば王太子権限の範囲内だ。この程度なら連盟の仲間にも、あの目ざといレインハルトにも絶対にバレん」
「ですが、なぜそこまで……!?」
「我が推しのパンケーキ事業のためだ。誰にも気づかれぬよう、密かに小麦の原価率を下げて進呈する……これぞ真の陰の支援者よ」
たった一人のロイヤルが自国の権力を密かに動かし、絶妙な1%未満の関税操作に命を懸けてひとり悦に入っていた。
裏で小麦の市場価格が密かに揺れ動いていることなど知る由もなく、ルピナスとミモザは「レシピ化ってなんだか難しいねぁ」「はいですぅ〜」と、お互いの頬に小麦粉をつけ合って笑うのだった。




