第三十四回 冷徹な承認印と、ロイヤルたちの極秘連盟
アイナール・ホールディングス本社、副社長室。
「……まったく、どこまでも思考が理解不能だな」
レインハルトはホログラムモニターに映る『お花畑印の最新式ヘルメット(お花柄)』の企画書を冷ややかに見つめ、万年筆の軸をカチリと鳴らした。
デスクの片隅には、先ほどまでルピナスとミモザが丘の上で笑顔で手を取り合っていた配信の録画が小さく流れている。
レインハルトは手元の魔導書類へ視線を落とすと、迅速に指先を走らせた。
「子会社の売上高、現在の繰り上げ返済ペース、ならびに最新型ヘルメットの大量発注による特別損失……」
指先で素早く計算シートを弾き出す。
「……ふん。手取り50万ペルへの報酬増額分があるとはいえ、この程度の設備支援費用であれば、財務健全性の許容範囲内。借金返済計画の破綻には至らんか」
パンッ。
レインハルトは躊躇なく承認印を書類へ叩きつけた。眼鏡の位置を指先で静かに押し上げ、冷徹な口調で独りごちる。
「単なる無駄金ではない。かつて左遷先予定地であった鉱山へ安全資材を寄贈することは、我が社のCSR(社会的責任)活動および企業イメージの向上において一定のシナジーを生む。……兄上の思いつきにしては、結果的に悪くない手だ」
――その頃。大陸各地の宮廷では。
『G・ガルシア:……見たか。ルピナスはまたしても、己の利益を省みず他者を救おうとしている』
『北欧の隠者:うむ。我が国の鉱山技術者たちにも見習わせたいほどの高潔な精神だ……』
『東方の旅人:相変わらず尊いな。だが、あのヘルメットの寄贈費用、もしや二人のポケットマネーから出ているのではあるまいな?』
『砂漠の隠者:なにいっ!? 我らが推しの借金がまた増えるというのか!? 今すぐ我が国の財政から寄付を……』
魔導回線を用いた、極秘の暗号化チャネル。
各国の次期指導者たる皇太子・王太子たちが、お忍びアカウントの裏で一斉に通信を交わしていた。
『G・ガルシア:待て、砂漠の。前回の株主総会を忘れたか? 我らが無闇に大金を投げ入れれば、またルピナスに叱られるぞ』
『砂漠の隠者:ぐぬぬ……あの優しくも鋭い一喝……忘れもしん……』
『北欧の隠者:問題はそこだけではない。もしや貴公ら、自分だけが『ハッピーピクニック』の筆頭支援者になろうと、裏でコソコソ動いてはおらんか?』
『東方の旅人:なんだと? 抜け駆けを疑うか!』
画面越しにバチバチと火花を散らす各国のロイヤルたち。しかし、ギルバート皇太子の重々しい一言が、回線上の空気をピリリと引き締めた。
『G・ガルシア:……不毛な争いはやめろ。我らの目的は、あの至高の『チル空間』を静かに守り、共に享受することのはずだ。誰かが抜け駆けして推しを独占するなど、断じて許されてはならん』
『北欧の隠者:……異論はない。お互いに余計な圧力をかけぬよう、相互監視体制を敷くべきだな』
『砂漠の隠者:うむ。そして、我ら『推しを愛でる同好の士』として、情報を共有し合うのだ!』
こうして、大陸の歴史を揺るがすかもしれない世界最高峰の極秘同盟が、配信の裏で静かに結成された。
『【極秘協定案】王皇太子チル連盟(非公式)』
一、ルピナス社長およびミモザCHOのチル配信を全力で見守ること。
一、スパチャの金額は平民の節度(100ペル以内)を守り、絶対に抜け駆け支援をしないこと。
一、各国の国家権力を用いて『ハッピーピクニック』を陰ながら不当な圧力から死守すること。
『G・ガルシア:協定締結だ。我ら『王皇太子チル連盟』の名において、あの平和な日常を死守する!』
『一同:異議なし!!』
各国の最高権力者たちが、推し活と平和協定を合体させた謎の連盟を結成しているとは露知らず。
お花畑の裏庭では、ルピナスとミモザが「お花柄のヘルメット、みんな喜んでくれるといいねぁ」「はいですぅ〜」と、今日ものんびり笑顔でハーブティーを啜っているのだった。




