第二十九回 「なぜ!!!!!」
「……じゃあ、この債務をどう処理するんだ?」
カネイチ公爵は手拭いで何度も顔の汗を拭い、身を乗り出した。巨大スクロールに表示された「残債:3500万ペル」の文字が、ホールディングスの株価をリアルタイムで押し下げている。経営陣にとっては、一刻も早く消し去りたい失策の象徴だった。
だが、当事者である壇上の二人は、重臣たちの必死な顔など意にも介さない。
「ミモの指、今日も細くて可愛いねぇ」
「ルピちゃんの手、温かいですぅ」
ルピナスとミモザはお互いの指を一本ずつ優しく絡め合い、うっとりと見つめ合っている。
『重臣たちが必死なのに指フェチトーク始まって草』
『公開で手繋ぎイチャイチャ助かる』
『完全にふたりの世界入ってるwww』
『指絡めてすりすりすなwww』
「……コホン。現在の子会社収益を考慮すれば、返済期間を大幅に短縮することは十分に可能です」
レインハルトは眼鏡のブリッジを指で押し上げ、冷ややかに計算シートを提示した。
「子会社の内部留保から繰り上げ返済を実施すれば、最長でも三ヶ月以内に全額完済が可能。法的な債務処理としても、我が社の財務健全性を示す絶好のアピールとなります」
完璧すぎる冷徹な計算。しかし、その提示された資料の真前で、ルピナスはミモザの頭に手を伸ばしていた。
「あ、ルピちゃん、髪に花びらがついてますぅ」
「えへへ、ミモ取って〜」
「はいですぅ。えいっ……取れましたぁ」
『副社長の提案を完全スルーwww』
『レインハルトの眉間が青筋で爆発しそう』
『距離ゼロセンチで頭寄せるなwww』
『副社長の完璧なプレゼンが虚空に消えたwww』
「二人の世界に入り込んでいないで聞きなさい!! そもそも現状の利益構造なら、役員報酬を現状の十倍以上に引き上げたところで、我が社の経営を圧迫することなど万に一つもあり得ませんわ!!」
フランチェスカはバインダーを拳でドカンと叩きつけ、髪を振り乱して叫んだ。
「手取り10万ペルなんていう異常な数字が一人歩きしているせいで、海外の市場まで我が社を『ブラック搾取企業』と叩いているのよ!? 報酬改定は我が社のブランドイメージ防衛のための絶対条件ですわ!」
必死の訴えに対しても、ルピナスはミモザの頬を優しく撫でるだけだった。
「ねえミモ、後でお腹空いたらサンドイッチ食べようね」
「楽しみですぅ、ルピちゃんの手作りサンド大好きぃ」
『フランチェスカCOOの叫びがBGM扱いwww』
『総会中に晩ご飯の約束する社長とCHO』
『頬そめてすりすりするな可愛いなちくしょう』
『COOのブチギレ顔wwww』
「では、満場一致で決定とさせていただきます!」
ツメヨレ公爵が扇子をバシッと叩いて立ち上がった。四公爵家と役員たちが重々しく頷き合い、これでようやく市場の混乱を収束させられると安堵の息を漏らす。
「本日付で報酬体系を即座に改定し、適正な高額役員報酬へと変更。借金も速やかに相殺処理を行う! これで異論はありませんな!?」
満場一致で解決策が決まりかけた、まさにその時。
「え? 今のままでいいよ?」
ルピナスはミモザの手をギュッと握ったまま顔を上げ、心底不思議そうにポカンと呟いた。
「だって、毎月ちゃんとお給料の10万ペルはもらえるでしょ? ミモと一緒に毎日ハーブティーを飲んで、お花を育てて、美味しいサンドイッチを食べて……お洋服もご飯も買えてるから、僕たち何一つ困ってないんだよ? 借金も毎月少しずつ減ってるし、今のままで十分幸せだよ!」
「「「「「「なぜ!!!!!」」」」」」
『『『『『『なぜ!!!!!!』』』』』』
『コメント欄も満場一致で草wwwww』
『全員ハモったあああああ!!』
『ミモザまで白目剥いて叫んでて耐えられないwww』
『手取り10万で満足すなwwwwww』
『経営陣の努力が全部無に帰したwww』




