第二十三回 個別の会談と秘められた嫉妬
国際会議が幕を閉じ、午後はアイナール・ホールディングスが誇る凄腕交渉人、レインハルト副社長による各国首脳との個別会談が行われていた。
次々と持ち込まれる複雑な貿易協定や関税交渉に対し、レインハルトは完璧な論理と冷徹なまでの市場予測を展開。立ち会うアルベルトCEOの傍らで、一切の隙を見せない華麗な手腕を発揮していく。
「見事な提案だ、レインハルト副社長。君の先見の明にはいつも感服させられるよ」
相手国の外交提携大臣が満面の笑みで調印書に署名し、会談は滞りなく終わる……はずだった。だが、ペンを置いた相手大臣が、ふと興味津々な様子で身を乗り出してきた。
「ところで……噂の『ルピナス殿下』の配信だがね。我が国の皇太子がすっかり夢中になっていてな。一体どうすればあのように国民から愛される『チル』な空気感を作れるのだね?」
「……ハッピーピクニック・ジャパンのブランディング方針につきましては、子会社独自のマーケティングに任せております」
レインハルトは完璧なビジネススマイルで受け流した。しかし、悪夢はそれだけで終わらなかった。
続く第二会談の北欧王国の使節からも「レインハルト副社長の完璧な業務手腕は実に素晴らしい。……時に、先ほどルピナス殿下が配信でまいていたのは、何の野菜の種だったのかな?」と質問され、第三会談のガルシア帝国の大使からも「我がギルバート皇太子が『ルピナス殿下のおまじないを我が国でも放送してほしい』と切望しておられるのだが」と打診されたのだ。
どこへ行っても、どれほど完璧なビジネスの成果を叩き出しても、最後には必ず兄である「ルピナス」の名が飛び出してくる。
(……フッ、どいつもこいつも『ルピナス』、『ルピナス』と……兄上のことばかり……!)
レインハルトの胸の内で、激しい黒い感情が渦巻いた。
自分は優秀な弟として血の滲むような努力と緻密な計算でここまでの地位と成果を築き上げてきたのだ。それなのに、王太子の座を捨てて何も考えずに「美味しくなーれ、お花畑!」などと笑っているだけの兄が、各国の要人たちの心を易々と掠め取っていく。
――ピキリ。
書類を挟む手元で、万年筆の軸が微かに軋む音を立てた。
だが、レインハルトは完璧な鉄の自制心でその感情を封じ込め、表面上は1ミリのピッチの乱れもない冷徹で美しい微笑みを崩さなかった。
「……皆様、兄上に対して並々ならぬご関心をお寄せいただき、親会社としても誠に光栄に存じます」
淀みない声音、微動だにしない姿勢。誰が見ても完璧な「副社長」の対応だった。
……しかし。その隣で静かに茶を嗜んでいたアルベルトCEOだけは、レインハルトの眼鏡の奥の僅かな瞳の揺れと、無意識に握り締められた指先を見逃さなかった。
(各国の大臣も大使も、まず最初に『お前の凄まじい実績と経営手腕』を最大限に評価し、賞賛しているというのに……。それが見えなくなるほど兄の評価ばかりに目を奪われるとはな。……まだまだ若いな、レインハルト)
アルベルトは声には出さず、心の中で密かに微笑んだ。どれほど完璧な成果を出しても、兄への執着から自分自身の圧倒的な評価に気づけていない、次男の青く幼い嫉妬心。
父であり社長であるアルベルトは、静かに杯を傾けながら、若い副社長の秘めたる葛藤をただ黙って見守るのだった。




