第十九回 重役会議と高級専門店の企て
『株式会社アイナール・ホールディングス』の本社最上階、重厚な革張り椅子が並ぶ大会議室。
円卓を囲むのは、アルベルト社長、レインハルト副社長、フランチェスカCOO、そして莫大な議決権を握る四大公爵家の重鎮たちである。アルベルト社長が最奥の席でただ静かに会議の行方を見守る中、子会社を代表して呼び出された最高会計監査人兼執事長のヴァルデマールは、胃をキリキリと痛ませながら冷や汗を流していた。
「ヴァルデマールよ、単刀直入に聞こう」
金の魔導計算機を弾きながら、ギルベルト公爵が鋭い視線を送る。
「全国の喫茶店への新レシピ無償提供……百歩譲って顧客囲い込みのマーケティング手法として認めよう。……だが! 我が社のブランド生花を『一輪二百ペル』で全国配送するなどとは、一体何の冗談だ!? 利益率を計算したのか!? 配送の減価償却すら回収できんぞ!」
「ヤレヤレ……」と胃薬を飲むレオナルド公爵が深くため息をつく。
「元王太子の純粋さも結構だが、これではボランティアだ。広報のフィニックや給仕のテレーゼ、護衛のガレットに払う人件費まで計算に入っているのか? 現場の固定費を軽視した計画など、我が家のポートフォリオに悪影響が出る」
ヴァルデマールは「恐れ入ります。ルピナス様が配達員の皆様の生活と給料を最優先に考慮された結果でして……」と深々と頭を下げて弁明する。しかし、四大公爵たちの怒号が飛び交おうとしたその瞬間――レインハルト副社長が静かに眼鏡の奥の瞳を光らせた。
(……待てよ。ルピナスが打ち出した『一輪二百ペル』の薄利多売モデルは、すでに全国配信で大バズりし、平民層の支持を完全に獲得している。今さら撤回して値上げすればブランド価値に傷がつく。……ならば、構造を二層化すればいい)
レインハルトは口元に淡い微笑を浮かべ、手元の資料をスッと提示した。
「皆様、ご安心ください。ルピナス提案の二百ペル事業は、あくまで『全国の一般店舗を巻き込んだインフラ型広告(認知獲得)』です。本丸は別に作ります」
「本丸……だと?」
ゲオルグ公爵が身を乗り出す。レインハルトは完璧なロジックを展開した。
「王都の一等地に、親会社直営の最高級ハーブティー&チルサンド専門店『お花畑・プレミアムサロン』を出店します。店内にはミモザCHOが厳選した希少な花々を豪華に生け、一輪数千ペルの特別なお花や、限定のプレミアムチルサンドを最高品質で提供する。……つまり、平民層には二百ペルの親しみやすさを、富裕層や貴族層からは超高粗利を回収する二段構えです」
「……なるほど! 一般店でバズらせた認知度を、王都の一等地のフラッグシップショップで一気に収益化するわけですね!」
フランチェスカCOOが目を見開き、即座に手元の端末から補足の収支予測データを提示する。
「直営専門店なら、ブランドプレミアムを最大化できます! 粗利率八割以上の高付加価値ビジネスへ昇華可能ですわ!」
完璧なフォローと素早い数値算出を見せたフランチェスカ。一連の鮮やかな手腕に対し、重鎮たちから感嘆の視線が注がれ、彼女の社内評価はまたしても爆上がりしていく。
アルベルト社長は終始何も語らず、ただ静かに満足げな眼差しで重役たちの議論と二人の手腕を見守っていた。
無事に案が採用され、拍手が沸き起こる会議室の中、ヴァルデマールだけは(また現場の二人のお花畑な発想が、恐ろしい規模の巨大ビジネスに化けてしまった……。フィニックたちに店舗用の広報資料も準備させねば……)と遠い目をするのだった。




