第十八回 嵐の電話対応とお花畑の花屋
『株式会社ハッピーピクニック・ジャパン』の事務所は、朝から激しく鳴り響く魔導電話のベルと怒号でごった返していた。
「はいっ! ハッピーピクニックでございます! ……ええ、新チルサンドのレシピ提供の件ですね!? テーブルにお花を一輪飾っていただければ、商用利用は一切自由となっております! ……えっ、お花の手配方法ですか!?」
受話器を肩と耳で挟みながら書類をめくるのは、執事長兼最高会計監査人のヴァルデマールだ。広報担当兼配信責任のフィニックも、魔導端末の通知音に追われながら必死でキーを叩いている。
「ヴァルデマールさん! 王都だけでなく地方の喫茶店からも問い合わせの魔導メールが数千通届いてます! 配信画面の案内テロップ、書き換えが追いつきません!」
「落ち着きなさいフィニック! 庭の手入れ中のテレーゼにも手伝いを頼んで……ああっ、ガレット! 不審な電話を剣で叩き切ろうとしないでください!」
ルピナス護衛のガレットは「不審な魔導波動を感じた」と剣の柄に手をかけており、テレーゼはエプロン姿で慌ただしくお茶を淹れている。現場はまさに手んてこ舞いだった。
その多忙を極める姿を見かねて、ルピナスとミモザが目を輝かせて駆け寄ってきた。
「ヴァルデマール、みんなすごく大変そうだね! 僕たちも手伝うよ!」
「はいですぅ! ミモもお電話とっちゃいますぅ!」
「い、いえっ! お二人のお気持ちはありがたいのですが、今は正確な対応が――ああっ、ルピナス様、受話器を取らないでっ!」
ヴァルデマールの制止も虚しく、二人は楽しそうに鳴り響く電話を取り始めた。
「もしもしー! 株式会社ハッピーピクニックのルピナスだよ! うん、レシピ? ミモザが考えた『ふわふわタマゴとハチミツのチルサンド』だよ! 美味しくなーれ、お花畑ぇ〜!って唱えて作ってね!」
「もしもしぃ! ミモですぅ! お花は赤色でも黄色でも、おじさんの好きなものを飾ってくれたら、みーんなハッピーですぅ!」
フィニックが思わずカメラのピントを合わせ、現場のシュールな光景が全国に配信される。魔導スクロールは大爆笑に包まれた。
『おい手伝うどころか現場をさらにカオスにしてて草wwwww』
『ヴァルデマールさんの胃に穴が空いちゃうwww』
『「美味しくなーれお花畑って唱えて作ってね」はレシピとして大ざっぱすぎるだろwww』
『電話口の店主、王子の生声にビビって失神してそうwww』
だが、事態は思わぬ方向へと発展する。電話の多くが「どこでお花を買えばいいのか分からない」「ハッピーピクニックでお花も一緒に届けてくれないか」という注文へ変化し始めたのだ。
この新たな展開を、親会社が見逃すはずもなかった。
仮テントの指令室でデータを監視していたフランチェスカと、報告を受けたレインハルト副社長が即座に動き出す。
「見事な展開だね、フランチェスカCOO。レシピの無料開放を『生花定期便事業』の巨大な供給網へと発展させる。全国の提携カフェへ新鮮なお花を配送し、物流コストの最適化を図りつつ高品質なサービスを提供しよう」
「はい、レインハルト副社長! ブランド価値と配送ネットワークの運用費を考慮し、一輪につき『プレミアム配送セット』として二千ペルで設定いたしますわ!」
完璧なロジックで計算されたビジネスモデル。二人が決定を下そうとしたその瞬間、配信画面のルピナスが、カメラに向かって爽やかに提示した。
「みんな、お花の手配で迷ってるみたいだね! だったら、僕たちのお花畑で咲いたお花を届けてあげるよ! お値段は……そうだね、街のお花屋さんと同じ『一輪百ペル』でどうかな!」
「――なっ!?」
指令室でフランチェスカの叫び声が響き渡った。
「一輪百ペル!? 市場価格と同じ据え置き価格!? 梱包資材費や人件費を完全に無視してどうするのよ!! ライセンス料も配送コストも乗せないなんて、ただの『ボランティアのお花屋さん』じゃないのよーっ!!」
利益の出ない超・親切価格に憤慨するフランチェスカ。しかし、ここでレインハルト副社長が冷静に魔導インカムの通信を入れた。
「兄上、聞こえるかい。兄上の『安く届けたい』という優しい気持ちはとても素晴らしいよ。……だがね、一輪百ペルでは、雨の日も風の日もそのお花を遠くの喫茶店まで運んでくれる配達員たちに、正当なお給料を支払うことができなくなってしまうんだ。彼らもまた、大切な家族を養っている生活者なんだよ?」
レインハルトの完璧な正論を聞いたルピナスは、ハッと目を見開いて申し訳なさそうに頷いた。
「あっ……そっか! 僕たちのお花を届けてくれる配達の人たちの給料が払えなくなっちゃうのは大変だ……! レインハルト、教えてくれてありがとう! じゃあ、二倍の『一輪二百ペル』にするね! これなら配達員の人たちもハッピーだよね!」
ルピナスは納得し、カメラに向かって笑顔で価格の変更を発表した。
『ルピナス王子の優しさに、レインハルト副社長が完璧な正論で対話してて感動した』
『「配達員さんの給料」って言われたら即納得する王子、優しさのベクトルが本物すぎる』
『市場価格の倍でも「配送手当込みで200ペル」なら超良心的だろ!』
『よし、俺もカフェ開店して二百ペルのお花頼むわ!』
コメント欄が温かな歓声に包まれる中、受話器を置き、お茶を差し出すテレーゼからカップを受け取ったヴァルデマールは、「……なんとか収まりましたが、私の寿命は確実に縮まりましたね」と深いため息をつくのだった。




