第十七回 お花畑と街の喫茶店
『ミモザ印のハッピー・チル・ティー』の爆発的な大ヒットにより、全国の平民たちの「お家チルタイム」は最高潮を迎えていた。
だが、そんな平和な配信の魔導スクロールに、ふと切実な一通のコメントが流れた。
『ミモザちゃんのお茶、家で毎日飲んでる!……でもさ、みんなが家でお茶飲むようになったから、うちの近所のおしゃれな喫茶店、お客さんが減って店主さんが困ってたよ』 『あー、うちの街のカフェも空いてるかも。みんな家チルにハマりすぎだろwww』
配信中の端末画面を覗き込んでいたミモザCHOは、そのコメントを目にすると、小さな眉をキュッと寄せて悲しそうにルピナスを見上げた。
「ルピ……ミモたちのお茶のせいで、街の喫茶店のおじさんたちが困っちゃってますぅ……」
「えっ、本当かいミモ!? それは大変だ! 僕たちのお茶は、みんなをハッピーにするためのお茶なのに……」
真剣な表情で落ち込む二人。ミモザはポンッと手を打つと、目を輝かせて提案した。
「ねえルピ! 実はミモ、もっとお店でみんなが笑顔になれる『新しいチルサンド』のアイデアをいっぱい思いついて、ノートに温めてあるんですぅ! この新レシピをお店のおじさんたちにあげちゃうのはどうですかぁ? お店で『お花畑のチル体験』ができたら、みんなまたお店に行ってハッピーになれますぅ!」
その瞬間、仮テントの指令室でモニターを見ていたフランチェスカは、手にしていたバインダーを落としかけて絶叫した。
「な……なんですって!? 未公開の新レシピの無償開放!? 冗談じゃないわ! 『チルサンド』の新アイデアなんて、我が社の今後の目玉IP(知的財産)であり、超大型ライセンス事業の柱なのよ!? 勝手にタダでばら撒くなんて正気の沙汰じゃないわ!」
フランチェスカは即座にインカムを掴み、焦りを露わにして叫んだ。
「ルピナス! 駄目よ、絶対に却下しなさい! 『IP保護と専有権の観点から新レシピの外部提供はできません』と今すぐ突っぱねるのよ!!」
しかし、現場のルピナス社長はインカムの悲鳴など聞こえないかのように、満面の笑みでミモザの手を握りしめた。
「それ、すごく良いアイデアだよミモ! ミモザの新しいチルサンドのレシピ、みんなに使ってもらおう! 街の喫茶店が賑やかになったら、もっとハッピーだもんね!」
「ああっ……! また私の指示を無視して……! 天よ、どうしてこの男は経営というものを一ミリも理解できないのですか……!」
指令室でフランチェスカが天を仰ぎ、ぐったりとデスクに突っ伏した。
だが、ルピナスはふと考え込むように顎に手を当てた。
「……あ、でもねミモ。ただでレシピを渡すだけだと、お店の人も『申し訳ないな』って気になっちゃうかもしれないよね。……よし!」
ルピナスはカメラに向かって、どこまでも優しく語りかけた。
「全国の喫茶店主さん! 新しいチルサンドのレシピは自由に使ってくれて構いません! でも、その代わりに……あれだから、あれなので……お店のテーブルに、一輪でいいからお好きなお花を飾ってくれませんか? お店に来た人がお花を見て笑顔になれたら……それが僕たちへの一番のご褒美です!」
その言葉が発せられた瞬間、魔導スクロールのスクロール速度が限界を突破した。
『未公開の新レシピをタダで開放するだけでもヤバいのにwww』 『対価が「お花を飾ること」って……何その神対応……っ!』 『「あれだからあれなので」って照れ隠しかよwww王子尊すぎて泣いた』 『街のカフェ「お花畑提携店」みたいになって絶対大繁盛するだろこれ!』 『明日から全国の喫茶店が花でいっぱいになるのか……最高かよ』 『おい運営! この王子の優しさを踏みにじるなよ!!』
コメント欄は大絶賛と感動の嵐。
デスクに突っ伏していたフランチェスカは、恐る恐る顔を上げ、モニターに映る「全国の飲食業界を巻き込んだ新たな巨大ムーブメント」の兆候を目にして、開いた口が塞がらないのだった。




