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お花畑王太子を追放せよ 〜婚約破棄から始まる成上り〜  作者: 山田りく


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第十四回 お花畑とハーブティー(後編)

 お花畑スタジオの特設丘陵には、爽やかな風が吹き抜けていた。


 満開の花々に囲まれたレジャーシートの真ん中に、新しく届けられたばかりのきらびやかなパッケージが置かれている。親会社であるホールディングスが満を持して発売した、『お花畑ハッピーピクニック オリジナルハーブティー』の製品版だった。


 いつものように浮遊する魔導カメラの前で、ミモザCHOがガラスのティーポットからお茶を注ぐ。


 黄金色に透き通った液体から、会議室で株主たちを唸らせたあの極上の香りがふわりと広がった。


「わぁ、とっても良い香りですぅ、ルピ! さあ、温かいうちにどうぞ!」


「ありがとう、ミモ。……ん、美味しい! すごく美味しいよこれ! なんだか飲むだけでハッピーな気分になれるね!」


「本当ですぅ! ミモも大絶賛しちゃいますぅ! こんなに美味しいお茶が飲めるなんて、私たちは本当に幸せ者ですねぇ!」


 二人は顔を見合わせ、カップを片手にこれ以上ない笑顔をカメラに向けて絶賛してみせた。シートの傍らでは、生活管理指導役のヴァルデマールが「お二人が喜ばれて何よりです」と温かく見守っている。


 リアルタイムで発信されるそのラブラブな様子に、全国の平民たちのコメント欄も、いつも通り平和なチル方向へと傾いているように見えた。


『おいおい、公式のハーブティーを本人が直々に宣伝かよ』

『めちゃくちゃ美味そうに飲むなぁ、王子たち』

『二人が絶賛するなら間違いないわ。俺も一本買ってみようかな』

『画面から幸せなオーラが溢れてて、見てるだけで癒やされるわぁ』


 だが、そんな完璧なプロモーションの流れの中に、冷や水を浴びせるような一通の書き込みがぽつりと現れた。


『……ん? 待てよ。あれって、ホールディングスが作った「オリジナル」のハーブティーだよな?』


『それがどうした?』

『いや、よく考えてみろよ。二人が今、初めて届けられたお茶を飲んで「感動」してるって……何か変じゃないか?』

『あ……。本人が今初めて飲んだってことは……』

『それ、二人がプロデュースしたわけじゃなくて、ただ親会社に名前だけ使われたお茶ってことじゃんwww』


 その一言をきっかけに、魔導スクロールの空気は一瞬にしてざわざわと波立ち始めた。


『マジかよwww二人は開発に関わってないのかよ!』

『「僕たちの愛が詰まったお茶」とかじゃなくて、ただの企業案件かよwww』

『急にビジネスの匂いがして萎えたわ……。チルってそういうことじゃないだろ』


 仮テントの本部指令室でモニターを凝視していたフランチェスカは、コメント欄の急速な冷え込みを察知し、即座に手元のバインダーを掴んでインカムへ叫んだ。


「ルピナス! ミモザ! コメント欄の不穏な空気が見えていますか!? これは非常にマズいわ! 今すぐフォローを入れなさい! 『いつも私たちが飲んでいるレシピを親会社に提供して、それを忠実に再現してもらったお茶です』と、今すぐカメラに向かって言い訳をするのよ!」


 フランチェスカの必死の指示が二人の耳へと直接届く。

 しかし、そんな本部のパニックを完全に無視するように、ミモザが突然、レジャーシートの上に勢いよく立ち上がった。


「あ、そうだわルピ! 実はミモも、特製のハーブティーを作成したんですぅ! せっかくだから、今からそれを淹れて一緒に飲みましょう!」


 その言葉に、ルピナスはいつもの満面の笑みで大きく頷いた。


「えっ、ミモザ特製のお茶かい!? やったぁ! いつもの、あのお茶だね!」


 本部の想定など軽々と飛び越えて、配信の流れが完全に変わる。

 突然の展開に視聴者たちも「おい急にどうした?」「レシピの再現どころか、本物が別にあるのか?」とハテナマークを浮かべながら画面に釘付けになった。


 ミモザがピクニックバスケットの奥から取り出したのは、乾燥させた茶葉が入った小さな袋だった。


 彼女がその茶葉を掌の上に転がし、魔導カメラがその手元を大きくズームで捉えた瞬間、コメント欄の中にいる、ある一人の視聴者が鋭く叫んだ。


『あ!!!! あの葉っぱって……!!!』

『おい、どうした!?』

『あの茶葉の形……この前、二人が河原でカゴいっぱいに摘んでいた、あの草じゃないかな!!!』

『えええええ!?!? あの時むしってた「よく見る雑草」って、お茶にするためだったの!?』

『伏線回収キターーーーーー!!! wwwww』


 コメント欄が一気に沸き立つ。あの「秘密」と言って笑い合っていた身近な草の正体が、ここでついに明かされたのだ。


 ミモザが手際よくお湯を注ぎ、新しく淹れ上がった特製ハーブティーをルピナスのカップへと注ぐ。


 ルピナスはそれを一口含むと、ほっとしたように、どこか遠い目をして息を吐いた。


「……うん。やっぱりこれだね、ミモ。……すごく、普通だ」

「えへへ、そうなんですぅ。とっても普通のお味なんですぅ」


 ルピナスはカップを見つめながら、しみじみとした口調で語り始めた。


「僕たちは、お城で最高級の紅茶ばかり飲んできた。でも、どれも家同士の契約や、退屈な社交の味がした。

 ……ミモザに出会って普通のお茶を飲んだんだ。

 その時、僕は思ったんだ。普通でいられるって、こんなに幸せなんだって」


「ルピったらぁ……! ミモも、ルピと一緒に普通のお茶を飲んでいる時間が、世界で一番ハッピーですぅ!」


 二人はお互いに手を握り合い、周囲にピンク色のオーラを漂わせながら、完全に自分たちだけの世界へと入り込んでいった。


 その瞬間、魔導スクロールの動きがピタリと停止した。

 二人のあまりにもピュアで、一切の飾り気のない真っ直ぐな言葉が、現代のストレス社会を生きる全国の平民たちの心に、深く、深く突き刺さったのだ。


 世界が止まったかのような、静寂の数秒間。


 ――そして次の瞬間、突如としてコメント欄に、文字通り津波のような大絶賛の声が巻き起こった。


『……あ。これだわ』

『俺たちが求めていた「最高のチル」って、まさにこれだよな……』

『高級なハーブティーなんて気取ったものじゃない、どこにでもある普通の草で、毎日普通に飲めるお茶……』

『王子の言葉が深すぎる。毎日忙しくて忘れてたけど、普通に暮らせるのが一番の幸せなんだな』

『これなら毎日飲める! 毎日この最高のチルを味わえるのか!!』

『おい運営!! 今すぐそのミモザ特製の普通の茶葉を売り出せ!!!』

『そっちを売ってくれ!!! いくらでも出す!!!』


 もはや収拾がつかなくなったコメントの嵐。狂喜乱舞する平民たちが、画面の向こうの「普通の幸せ」に熱狂し、おいたわしさに胸を打たれて大量のスパチャを投げ込んでいく。


 一方、その頃。仮テントの指令室では、フランチェスカが両手で頭を抱え、絶望的な表情でモニターを見つめていた。


「なんなのよこれは……。どうして私の完璧なフォロー指示を無視して、勝手にストーリーを作り上げて、勝手に大バズりさせているのよ……!」


 彼女のロジカルな思考では、この「普通の雑草のお茶」が、なぜ公式の高級ハーブティーを遥かに凌駕する熱狂を生み出しているのか、到底理解が追いつかなかった。


 呆然とするフランチェスカの目の前で、フィニックが血の気の引いた顔で魔導バインダーを叩き、震える声で告げた。


「フ、フランチェスカ様……大変です……。大変なことが起きました……!」


「これ以上何があるというのよ!?」


「た、たった今……ホールディングスが発売した、公式『お花畑ハッピーピクニック オリジナルハーブティー』の、ネット通販の売れ行きが……完全に、ピタリと止まりました……!」


「――えっ!?」


 順調そのものに見えたバックエンド事業の、まさかの急停止。


 完璧な経営陣の計算を、お花畑な二人の「普通の幸せ」が真っ向から叩き潰した瞬間だった。

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