第十三回 お花畑とハーブティー(前編)
レインハルト副社長の発案から驚異的なスピードで計画は進み、『アイナール・ホールディングス』の会議室には、四つのガラス瓶が並べられていた。
『お花畑ハッピーピクニック』のブランドを冠したオリジナルハーブティーの試作品である。
「皆様、お集まりいただき感謝いたします。これより、我がグループの次期中核事業となる物販ラインの試飲会を執り行います」
司会進行を務めるのは、副社長のレインハルトだ。その淀みのない、堂々とした立ち振る舞いは議場を大いに引き締めていた。
審査員席に座るのは、代表取締役社長であるアルベルト王、四大公爵家の当主たち、そして最高執行責任者(COO)のフランチェスカである。
「四つの試作品は、それぞれターゲット層の嗜好に合わせて調合を変えてあります。まずはエントリーナンバー1、既存の重課金層であるマダム平民層を狙った、高貴な薔薇の香りをベースにしたものです。どうぞ」
レインハルトの合図で、メイドたちが手際よく淹れたてのお茶を配っていく。
カネイチ公爵家の当主ギルベルトが、最初にカップを口に運んだ。
「ふむ……。香りは華やかだが、少々気取りすぎではないか? 平民どもが求めているのは、あの二人の『飾らないバカさ加減』だろう。これでは普通の高級茶と変わらん」
「同感ですわね」
フランチェスカも一口含み、冷静にバインダーへペンを走らせる。
「コンテンツが持つ『親しみやすさ』という最大の強みが、この上品な渋みで相殺されてしまっています。これではフロントエンドからの誘導がスムーズにいきません」
手厳しい評価が下される中、レインハルトは表情一つ変えず、淡々と次を促した。
「貴重なご意見ありがとうございます。では、エントリーナンバー2。若年層のチル需要を意識した、甘めのフルーツハーブティーです」
審査員たちが再び一口すする。今度は、別の公爵が首を横に振った。
「ううむ、甘すぎる。これでは飽きが来るな。リピート率(継続購入率)が下がるのではないか?」
「確かに、ハッピー・ラブ・ウォーターとの差別化が曖昧になりますわね」
フランチェスカの指摘に、アルベルト王も深く頷く。
続いて、エントリーナンバー3。すっきりとしたミント系のブレンドだったが、これも「癒やしというより、目が覚めてしまう。コンセプトに合わない」と却下された。
「それでは最後に、エントリーナンバー4。――どうぞ」
運ばれてきた四つ目の黄金色のお茶を、一同が口に含む。
その瞬間、騒がしかった会議室が、水を打ったように静まり返った。
一口飲んだギルベルト公が、驚愕に目を見開く。
「な、なんだこれは……! どこか懐かしく、泥臭いほどに素朴だが……信じられないほど心が落ち着く。頭の中が、本当にピンク色のお花畑になっていくようだ……!」
「素晴らしい……!」
アルベルト王もカップを見つめ、感嘆の声を漏らした。
「これだ。これこそ、あのルピナスたちの、何も考えていない純度一〇〇%のノンストレスな空間そのものを液体にしたような一品ではないか!」
「ええ、完璧ですわ」
フランチェスカもまた、そのお茶の持つ圧倒的な商品力に納得せざるを得なかった。これなら、配信を見て脳を溶かしている平民層の財布を、極めて自然にこじ開けることができる。
「それでは、多数決による最終決裁を行います。エントリーナンバー4の商品化に賛成の方は挙手を」
レインハルトの言葉が終わるや否や、アルベルト王、四大公爵、そしてフランチェスカの手が、迷うことなく同時に上がった。
満場一致。株式会社アイナール・ホールディングスの経営陣全員が首を縦に振る、文句なしの納得の一品が決定した瞬間だった。
――会議の日の夜。
フランチェスカは王宮内の高級レストランで、レインハルトと二人、事後処理を兼ねた食事をとっていた。
運ばれてきた料理に手を付けながら、フランチェスカは手元の資料を見直し、ふと、ある疑問に突き当たった。
「……ねえ、レインハルト副社長」
「何かな、フランチェスカCOO」
「今日の試飲会ですけれど。エントリーナンバー1から3までは、どれも一長一短が極端すぎましたわ。まるで、最初から4番を選ばせるために、あえて欠点を作ったかのような……」
フランチェスカが探るような視線を向けると、レインハルトは優雅にワイングラスを傾け、静かに微笑んだ。
「気づいたのかい。さすがはCOOだね」
「……やはり、出来レースでしたのね?」
「言い方が悪いな。僕はただ、合理的に意思決定を誘導しただけさ」
レインハルトはグラスを置き、淡々とその意図を明かした。
「株主である公爵たちは、プライドが高く強欲だ。最初から一番良いものを一つだけ出せば、必ず『もっとこうしろ』『ここが気に入らん』と余計な口出しをして開発を遅らせる。だから、あえて好みに合わない極端な選択肢を三つ用意し、彼らに『自分の意思で却下させた』のさ。最後に完璧な4番を出せば、彼らは自分の審美眼で最高の一品を選び抜いたと錯覚し、満場一致で喜んで承認する。会議の時間を最小限に抑え、最速でゴーサインを出すための、ちょっとしたテクニックだよ」
「……っ」
フランチェスカは、目の前の男の恐るべき経営者センスに、内心で激しく脱帽した。
感情に流されやすい株主たちの心理すらも、最初からすべて計算式のパーツとして組み込み、完全に手のひらで転がしていたのだ。
(恐ろしい人……。この人が味方で、本当に良かったわ)
隣の指令室で勝手に行動している元婚約者の顔が頭をよぎり、改めてその「兄弟の格差」に、心の中で深い溜息をつくのだった。
こうして、完璧な戦略のもとで製造ラインが確立され、満を持して『お花畑ハッピーピクニック オリジナルハーブティー』が市場へと一斉に発売された。
レインハルトの狙い通り、フロントエンドである二人のイチャつき配信からの誘導は完璧で、発売初日から注文が殺到。平民たちは「飲むだけで脳がお花畑になる!」と大絶賛し、売れ行きはどこまでも順調そのものに見えた。
ホールディングスの誰もが、このバックエンド事業の大勝利を確信していたのだが――。




