第十二回 お花畑の川遊びと湖のヌシ(後編)
二人が草むらに重なり合い、ヴァルデマールがルピナスの体の上に乗っかるという不格好な構図が画面いっぱいに映し出された瞬間、魔導スクロールは見たこともない速度で流れ始めた。
『うおおおおお!?!?!?』
『ちょっと待って!?!?何この構図!?精霊のいたずらか!?』
『主従……まさかのハプニング!!(限界突破)』
『まさかこのピクニック配信でこういう燃料が投下されるとはwww』
『特定の層の人たちが大喜びしてて草。画面の向こうで誰か悲鳴あげてないかwww』
『違う意味で神回になったんだがwwwww』
コメント欄が驚きと大興奮で埋め尽くされる中、ルピナスは乗っかってきた老執事の顔を、下からじっと見上げた。
その瞳には、打算や計算など一ミクロンも存在しなかった。ただただ、一〇〇%純粋な、澄み切った光が宿っている。
「……ヴァルデマール、大丈夫? 頭を打ったりしなかったかい? 怪我はなかった?」
「あ、頭を少し打ちましたが……ルピナス様こそ、お怪我はございませんか?」
「うん、僕は平気だよ。あはは、逃げられちゃったね。でも、ヴァルデマールと一緒に力いっぱい踏ん張れて、僕、すごく楽しかったよ。ありがとう」
汚れなき笑顔で、心の底から自分を気遣ってくれるルピナス。
その一切の邪気のない美しすぎる「主従を超えた信頼の絆」を真正面から見せつけられた視聴者たちは、完全に自らの邪念を恥じ、温かい気持ちで満たされていった。
『……あ、ごめん、私たちの心が汚れてたわ』
『邪悪な目で見て本当に申し訳ありませんでした』
『真っ直ぐすぎて涙出てきた』
『尊い……尊すぎる。主従の素晴らしい絆に乾杯』
『何これ……言葉が出ない。黙って応援の気持ちを投げるわ』
それまで騒がしかったコメント欄は一転して静まり返り、代わりに一回あたり数百ゴールドという少額のスパチャが、数万人という規模で黙々と、かつ絶え間なく流れ始めた。派手な演出など何もない。だが、静かに、そして確実に、画面の隅の売上カウンターがとんでもない速度で積み上がっていく。
一方、その頃。スタジオの片隅に設置された仮テントの指令室では、フランチェスカが眉間に深いシワを寄せてモニターを睨みつけていた。
「……意味が分からないわ。一体何なのよ、この現象は!?」
フランチェスカは思わずバインダーを机に投げた。
「ただ釣り糸を切られて不格好にひっくり返っただけ。ターゲット層のウケを狙ったわけでもない事故なのに、なぜこんなにスパチャが飛んでくるの!? データとロジックの計算が完全に破綻しているわ!」
「お花畑パワーは計り知れませんねぇ、フランチェスカCOO」
フィニックが苦笑いしながら画面を調整していると、指令室の扉が静かに開いた。
入ってきたのは、親会社『アイナール・ホールディングス』の最高経営責任者であるアルベルト王、そして副社長のレインハルトだった。
「進捗はどうだ、フランチェスカ」
「陛下、レインハルト副社長。お疲れ様です。……現在、突発的な事故により想定外のデータが観測されていますが、トータルの営業利益は次期四半期の目標値をすでに十五%上回るペースで推移しています」
フランチェスカは一瞬で表情を引き締め、澱みなく報告を行う。アルベルト王は満足げに頷いたが、隣に立つレインハルトは、真剣な目でモニターの売上推移グラフを指差した。
「なるほど。短期的には申し分ない数字だね、フランチェスカCOO。……ただ、この『視聴者の同情や情緒に依存する突発的スパチャ』は、変動率が高すぎる。来期以降の安定したキャッシュフローの基盤にするには、少々リスクがある。やはり、先ほど会議で僕が提案した『お花畑ハッピーピクニック』のブランドを冠した物販へ、早急に誘導すべきだ。コンテンツはあくまで集客のフロントエンド。利益の本質はバックエンドの物販にある」
「……っ、その通りですわ、レインハルト副社長。私の管理不足でした、すぐに物販ラインの立ち上げ案を修正いたします」
レインハルトの極めて高度で合理的な経営戦略に、フランチェスカは内心で深く舌を巻いた。これぞ、完璧な経営者どうしの、無駄のないビジネス会話である。彼の視点は常に、一過性の流行ではなく持続可能な利益構造に向けられていた。
報告を終えたフランチェスカは、ふとモニターの端で、相変わらず「釣れなかったけどハッピーだね!」とヴァルデマールと笑い合っているルピナスの姿に目をやった。指示も聞かず、ただ行き当たりばったりにトラブルを起こして周囲を振り回しているだけの、理解不能な無能。
そして、自分の隣で真摯に次の利益計画を完璧に練り上げている第二王子、レインハルトを見る。
(……同じ兄弟で、ここまで違うものかしらね)
かたや、一切の計算もなく、ただ運良く平民たちの気まぐれな情緒に助けられているだけの、扱いづらい不良債権。
かたや、その不確定要素すらもシステムとして組み込み、一ペル残らず確実に利益へと還元するための完璧な経営センスを持った次期社長候補。
フランチェスカは、隣に立つレインハルトの非凡な才能に深く感じ入ると同時に、画面の向こうのお花畑王子に対する呆れを、いっそう強くするのだった。




