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第七話 情報

「それ以上欲しいってのか」

 銀貨三枚と言って交渉したのだが、老人はそれ以上を望んだ。

「情報によると言っているだけだ」

 にやりと笑む。その拍子に薄い唇の間から除いた歯はどれも黄ばんで歪な形を晒していた。それらが余計に老人の強欲さを強調しているように思わせる。

 陸王(りくおう)から思わず舌打ちも出ようものだった。

「欲深い爺だな」

「それを知らずにここに来たわけじゃなかろう」

「あぁ、そうだ」

 自分でも嫌になるほど苦々しい声音しか出なかった。

「で? 何を知りたい」

「この街で行われてるって言う人身売買の件だ。俺の連れのガキが異種族でな、どうやらそれに巻き込まれた可能性がある」

「馬鹿なことよ」

 老人は肩を振るわせて笑い始めた。

「ここを人間達の『悠久の地(オー・ベルス)』とも知らずにきよったのか」

 くぐもった笑いが汚れた歯の間から漏れる。それは陸王に対するあからさまな嘲笑だった。

 老人のその態度は酷く腹立たしかったが、しかし陸王は敢えてそれを無視した。

「人間達の『悠久の地』だと……?」

「これだから日ノ本のような島人(しまびと)はものを知らんで困る」

「だが、あいつは『荒涼の地』を意味する言葉だと言っていたぞ」

「お前さんの連れがそう言ったか? それは『オー・ヴェ・ルゥス』だ。光竜(こうりゅう)の言葉だろう。似ているが発音も違う。『オー・ベルス』は一見、共通語に思えるかも知れんが、もとは神聖語(リタ)だ。『人間の楽園(オゥ・ベ・ルース)』が訛って、オー・ベルスになった。神聖語から共通語に変化したのさ。『悠久の地』とな」

 その説明を聞き、

「あのバカガキ……」

 思わずそんな呻きが漏れたが、その反面、『オゥ・ベ・ルース』と言葉を聞いた途端、その言葉にぞっと鳥肌を立てていた。神聖語だからだろう。

 雷韋は魔術の習得の際、長年魔術語で師匠と会話をしていたため、実は共通語を些か苦手としていた。が、ほかの言語にはよく通じていた。神代語(ダリ)や魔術語、多様に変化した妖精語も獣人達の言語に至るまでを熟知し、読み書きも充分出来る。下手をすると、このアルカレディア大陸の地方独特の特殊な言葉さえ知っていた。あのふざけた外見からはとても想像のつかない意外な特技だった。

 陸王もそれは認めざるを得ない雷韋の能力の一部であった。そしてまた、その能力を買ってもいた。

 だが今回ばかりはそれが完璧な仇となってしまっていた。知りすぎているばかりに、別な言葉と勘違いしてしまったのだ。

 多分、その勘違いがなければ、雷韋は(ここ)に入ることはなかっただろう。『人間の楽園』だの、人間の『悠久の地』だのと言われれば、避けて通ったかも知れない。そもそも雷韋が言い出しさえしなければ、紫雲が気付いていた可能性がある。元々の言語が神聖語なのだとしたら。

 神聖語は祈りの言葉でありながら、魔族を縛める言語だ。修行(モンク)僧という僧侶である紫雲には、神聖語が通じる。彼らが一番よく使う言語でもあるからだ。

 しかし、ここでいくら歯噛みをしても、雷韋を見つけ出さないことにはどうにもならなかった。

「それで、売買はどこでやっている」

 半ば焦りのためか、陸王の口調は詰問調になっていた。次の瞬間にはその足を掬われるとも気付かずに。

「そうだな……銀貨五枚なら教えてやってもいいぞ」

「五枚だ!?」

 予想外の自分の大声に、陸王は慌てて辺りを見回した。何故か妙にどきりとしたのだ。

 だが老人は、そんな陸王に構うこともなく言葉を続けた。

「その価値は充分にありそうだからな。五枚なら、相談に乗ってやらんこともないぞ」

「人の足元見やがって……」

 瞬間的に(くび)り殺してやりたい衝動に駆られた。しかしその思いを強引にねじ伏せると、陸王は銀貨を一枚硬貨入れの袋から取り出した。そしてそれを老人に渡してやる。

「残り四枚は話を聞いてからだ。もし情報が充分じゃなければ、それで終いだ」

「お前、若いのになかなか渋いのぅ」

「俺にとっては重要な情報だ。だから五枚で手を打ってやるんだろうが。いい加減な情報なら必要ねぇからな」

 いい加減、痺れを切らして唸るような声を出した。

 老人が果たしてそれをどう取ったのか定かではなかったが、小馬鹿にしたような笑いを鼻先で上げ、(ようや)く話し始めた。

「売買を取り仕切っているのは、ある女だ」

「女、だと?」

「元娼婦で、性格のねじ曲がった最悪な女だ。よくある話だが、ある時、上手いこと金持ちの爺を引っかけてな、そのまま奥方に昇格しよったのよ。無論、旦那の方は先に逝っちまったんだがな……」

 そこまで言って、ひひひと甲高い笑いを上げ、続ける。

「年で死んだのか、それとも殺されたのか、そこまでは儂は知らんがな」

 やけに嬉しそうに語ってみせた。

 それを見て、陸王は嘆息した。

「この街には碌なのがいねぇな」

「碌なのにしか会っていないだけよ」

 老人は全く悪びれる風もなく言い遣った。

「それで、その女ってのはどこのどいつだ?」

 問い詰める陸王を目の前にしながら尚、老人は話をはぐらかすように言った。

「悪い時には悪いことが重なるもんだ。だが、お前は運がいい。儂に会えたんだからな」

「よくも言う。手前ぇが一番、(たち)悪ぃんだよ」

 自分では気付きもしなかったが、陸王はこれ以上もないほどの渋面だった。

「質が悪い? 馬鹿を言うな。儂は商売人よ。しかも高額な商品を扱っている。そう簡単に商品をみせびらかしはせん」

 どこか小馬鹿にしたように言う老人に陸王の苛立ちは更に増したが、舌打ちと共にもう一枚銀貨を渡してやった。

 それをほくそ笑むように受け取って、また話し出す。

「女はこの街の豪商の一人で、名を央華(おうか)と言う」

「引っかけた爺ってのは商人だったのか?」

「いや、多少財産のある、孤独な老人だった。あの女は爺の遺産を資金に商売を始めたのよ。この街は商業都市だからな、交易品は飛ぶように売れる。いや、それを買い付けに来る商人が多いんだ。遠方から来る珍しい商品ほど高値で売れる」

「元々、その手の才には恵まれていたってわけか」

「そうとも言えるな。表立っての商売もなかなか上手くいっているようだ。だからこそ、()()()()にも金を出し惜しむこともなかったんだろうよ」

 暗に含んだ言い方だったが、陸王にはそれが異種族の売買のことだとすぐに知れた。

「捕まった異種族はどこに集められるんだ? よもやその女の邸や何かじゃあるまい」

 陸王が核心に迫った途端、急に老人はそっぽを向いた。素知らぬふりを決め込んで、考え込むようにだらしなく伸びた髭に手を当てる。

「残り四枚。そうしたら話してやろう」

 その言葉に陸王はいい加減、憤りを隠せなくなった。反射的に舌打ちをする。急く気持ちが大きいのだ。

「あと三枚だろうが」

 早く情報を聞き出して、陸王はすぐにでも雷韋を取り戻しに行きたかったのだ。

 陸王は、いきなり老人の胸ぐらを掴み上げた。力任せに引きずり寄せた勢いに負けて、ぼろの布が千切れそうになる。だが、そんなことに陸王は一向に構わなかった。どうせ端から汚れて不潔極まりなく、あちこち擦り切れてもいるのだ。着替えるには丁度いい機会だった。金も手に入ったのだし。

 しかし、そこで慌てたのは紫雲だ。

「陸王さん、落ち着いて」

 そう言いながら、陸王と老人とをやんわりと引き離した。

 陸王は金のことは置くとしても、これ以上、情報を出し渋るなら力ずくで吐かせてもいいとさえ思っていたのに、紫雲に邪魔された形になった。面白くもなく、唾を吐く。

 しかし相手も一筋縄でいけるものではなかった。

「ほうほう、それが人にものを尋ねる態度か?」

 開き直ったような態度と台詞。汚らしく目やにの溜まった濁った目には、陸王を見下す色さえあった。

「別にいいんだぞ? 儂をどうしようとな。所詮、力の弱い老人よ。お前のような男に抵抗できるはずもない。いやいや、それよりも女の名前は分かってるんだ。あとは自力で探し出すのも悪くはないなぁ」

「何が言いたい」

 やけに含みのある言い方が気になった。何か嫌な感じがしたのだ。

 陸王は紫雲に引き離された老人を見遣り、気を静めてもう一度聞き返した。

「どういう意味だ。何が言いたい」

「自力で探し当てた時、果たして間に合うかどうか……」

「なんだと?」

 陸王の切羽詰まった様子に気をよくしたのか、老人は手を差し出した。

 面白くなげに奥歯を噛みしめ、それでも陸王は硬貨入れから銀貨を一枚取り出し、黙って渡した。

「売買は二月に一度。丁度、今夜だ」

 一言一言をゆっくりと区切るような声音。それが陸王を追い詰めた。しかし、意外にも陸王の頭の中は冷静だった。

 それから最後の三枚を一気に老人に握らせ、

「場所はどこだ?」

 最後の言葉を待った。

 これまでの態度とは打って変わった、落ち着いた口調で言い遣る。その態度には急き立てる気配も、老人を脅すような様子も最早なかった。ただ、頭の中がしんと静まりかえっている。どうしてか、それまであった無性なほどの焦りは完全に消えてしまっていた。

 時折あるのだ。何かことを目前に控えた時、陸王の中ががらんどうになったように全ての感情の波が消えることが。

 それを見遣り、老人は手の中にある六枚の銀貨の感触を楽しむように数度握り直しながら、最後の言葉を遂に吐き出した。

「場所は央華の別邸だ」

 街の西側。裏通りに続く道の中程に、全く同じ作りの二階建ての家があると言う。それの間の細い道を道なりにどこまでも進んでいけば、いずれアーチにぶつかると。そのアーチの下の扉が別邸の裏口だということだった。

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