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第五話 あしらい

「おい、余所者。何してやがる」

 取り囲んだ中にいた屈強そうな男が殺気立った声を出したが、陸王(りくおう)はそれに気圧される風もなく言い遣る。

「女は素直な方が可愛いってことを教えてやってんだよ」

「ふざけんんじゃねぇぞ、若造!」

 その瞬間、男の太い腕が唸りを上げて陸王に襲いかかった。だが、それを軽く躱し、女を突き放すと同時に卓に(もた)せ掛けた刀を手に取る。そして鞘ごと男の顔面を殴りつけた。

 鼻っ面に当たる鈍い感触と鈍い音が響き、その一打で男は派手な音と共に床に盛大に倒れ込んだ。殴られた場所にくっきりと跡を残したまま。

 その様子を面白げに見遣り、陸王は鞘に傷がついていないかどうか撫で付けながら言う。

「あまり、こんな使い方は好きじゃねぇんだけどな。ま、しゃあねぇか。人殺しで捕まるのも馬鹿らしいからな」

 その言葉を機に、残っていた男達が一斉に襲いかかってきた。中には手近にあった椅子を振り上げてくる者もある。

 しかし、どの攻撃も陸王にも紫雲(しうん)にも掠りもしなかった。それどころか逆に、全てが返り討ちに遭ってしまう始末だ。

 陸王も鞘のまま応戦していたし、紫雲も鉤爪を腕に填めてはいない。

 一人は陸王の刀の柄で喉元を打ち上げられ、鞘の切っ先で鳩尾を突かれる。振り上げられた椅子は抜き放たれた刀の一線で真っ二つにされ、椅子を持っていた男が怯むと、次にはその脇腹を峰で殴打された。

 紫雲に向かって行った男達も、殴りかかってくる腕を簡単に捕まえられて、そのまま捻ることであっけなく床に叩き付けられた。その中には、掌底で顎を真下から打ち上げられて、ひっくり返る者もいた。

 どの男も一瞬にして打ち倒され、あっという間に呻き声を上げて床に這い蹲るか、さもなければ意識を失って倒れ伏していた。

 その様子を見ていたほかの者達は半ば呆然とし、半ば恐怖を感じつつも席を立つことすら出来なかった。店から出て警備兵を呼んでくることさえ躊躇われる。もしそんなことをすれば、その途端、二人のどちらかに――いや、特に陸王に殴り倒されてしまうのではないかと思えたのだ。

 無論、それは店の主人も同じだった。

 彼は酔客の喧嘩は日常茶飯事で慣れてはいるものの、しかし今回だけは勝手が違いすぎた。陸王の腰にした得物を見ても、彼が日ノ本から渡ってきた侍だというのはすぐにそれと知れたが、時折見かける侍とは違うと感じていた。紫雲も腰の鉤爪から修行(モンク)僧だと主人には知れている。侍も修行僧も、戦闘には特化している。侍は戦場で人を斬る。修行僧も魔物や魔族を超接近戦で調伏して回るからだ。

 二人とも尋常ではない。もし、腕っ節が立つ客がいたとしても、この二人にとっては赤子の手を捻るも同然と思われた。

 特に、陸王の発する気配そのものに異質さを感じる。それだけに下手に動けば、自分もどんな目に遭わされるか知れたものではないと思ったのだ。

 主人でさえそう思うほどだ。ほかの客が動けないのは当然のことだった。

「さて、もう一度聞くぞ。なんだってこの街の人間共は、そんなに異種族を嫌う?」

 刀を鞘に収めて、脅えてへたり込んだ女の傍らに膝をつき聞く。

「……俺の()()をどうした」

「あ、たし……あたしは……」

 恐怖のために歯の根も合わぬまま、女は知らないと示そうと首をしきりに振って見せた。

 それを致し方なく見遣り、今度は周りにいる客達に目を移した。

「異種族がなんだってんだ。一体どうなってる」

「……この街じゃ、奴らは動物以下の扱いなんだ」

 客の誰一人として答えないのを見かねて、代わりに主人が答えた。しかしその声音もどこか震えている。

「もし異種族が一人でほっつき歩いていたらどうなる」

「攫われるって噂だ」

「攫われるだと?」

 一瞬、陸王の表情が強張った。瞳の奥にある胡乱な光も増す。

 それを見て、主人の表情(かお)も張り付いたように強張った。

「これは飽くまでも噂だ。人買いがいて、そいつから酔狂な金持ちが買うんだとか……私もそれ以上は知らん!」

 それを聞き、陸王から舌打ちが出た。

 雷韋(らい)の種族云々を置いて、あの出で立ちならそんな連中に目をつけられてもおかしくはない。陸王と出会う以前は、女に間違えられたり、攫われそうになったりとそんな目に遭ってきて、耳飾りや首飾りなどの装飾品をしなくなったとも聞いていた。この街が普通の街と違っているのなら、雷韋の姿形だけでも商品にはなりそうだった。

 それを思うと、どうにも腹立たしさを覚える。

 陸王の意を汲み取って、紫雲が冷静な声で尋ねた。

「どこで売買されているか分かりませんか?」

「知らんよ。第一、そんなことが分かっていれば、とうの昔に盗賊組織(ギルド)の方で手を打ってる。例え異種族だろうが、人身売買は立派な犯罪だ」

「異種族は動物以下なんじゃねぇのか?」

 不意に陸王の顔に、嘲るような色が浮かんだ。異種族を人扱いしない街の者の台詞とは到底思えなかったからだ。

「この街ではそうだが、王都ではそうじゃない。向こうはちゃんと人族として扱っている。だが、オーベルス領のことは向こうでも知っていて、だから王都からの役人が抜き打ちで査察に来るんだ。街の風潮がどうであってもそれを合法と認めるわけにはいかんのだよ」

 早口に捲し立てる。

「随分、勝手な言い草ですね」

 紫雲がきつく眉根を寄せて言った。

「私がそうしてるんじゃない!」

 恰も己が責められているような錯覚に囚われ、主人は気色ばんで言い遣った。しかしそれでも、陸王や紫雲に対する恐れは少しも薄らいではいなかった。薄らぎはしないからこそ、感情的になってしまったのだ。

「とにかく、私は何も知らない。何も知らんのだよ。噂でしか聞いたことはない」

 主人の言葉を聞いて、手がかりなしかよ、と陸王は呟いた。

 忌々しげに呟いて、面倒臭そうに頭を掻く。思わず溜息まで漏れた。

 そこで(ようや)く立ち上がると、

「邪魔したな。行くぞ、紫雲」

 そう言って陸王は銀貨を一枚、男達の蹲る床に無造作に放り投げると、そのまま紫雲と共に店をあとにした。

 背後で扉の閉まる気配がして、それと同時に、二人の周りを夜の深い闇と静けさが包み込んだ。辺りにはほとんど人影はなく、空には姿を現した細い月だけが浮かんでいる。

 それを見て、陸王は急に不安になった。

 いつもは喧しいと思っていたあの獣の眷属の少年がいなくなっただけで、こんなに自分の周りが静かになるものかと思い知らされた気がしたのだ。そして自分がそんなことを感じるほど、雷韋を心配しているのだと思い知らされた。

 何より対なのだ。心配しない方がおかしい。感情を抜きに理屈だけで考えても、雷韋がいなければ陸王は生きていられないのだから。互いが生命の綱なのだ。

 紫雲はともかくとしても、雷韋と一緒であることが当然だという思いに、いつの間にか一人ではいられなくなっていた。確かに雷韋が傍にいて、その姿を視界の隅にでも置いておくと安心する自分がいた。

 それが却って悔しく思えた。

 だが先だって雷韋に言われた言葉がある。

『世界は人間達だけのものじゃない』

 つまらないことで陸王と雷韋が口論になった際に言われた言葉だ。それが胸に深く刻み込まれている。雷韋の言葉は思い出せたが、どうしてそんな言葉が出るような言い合いになったのかは覚えていなかった。おそらく、つまらない理由で口論になったのだろう。雷韋と意見が合わないことはよくあることだ。だからいちいち口論になったとしても、理由までは覚えていない。だからその時も些細なことだったのだろう。

 だが、雷韋の言うとおりだ。陸王も人間族がこの世界の王であるとは思ってはいない。大陸を覆うように繁栄しているのは人間族だが、ほかにも様々な人種がこの世界にはいる。

 同じようにどの種族も人という種族としてあるのだ。

 だからこそ、獣人の毛皮を売りつけようとした行商人に怖気が走った。種族こそ違えど、人族を殺めてその毛皮を売るなどとは今までに聞いたことがなかった。それは人間の皮を剥いで水袋を作るようなものだから。

 憂鬱な気分を払うように、陸王は一つ息をついて、

「まずは情報収集からだな」

 心の深淵を自ら覗いてしまった苦さから逃れるように呟くと、紫雲が問いかけてきた。

「まずはどこに行きますか?」

 その問いに、陸王は街の外れを顎で示した。

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