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第三話 売買

 一瞬のことに雷韋(らい)はほとんど反応すら出来ずにいた。それをいいことに、雷韋を襲った何者かは、次に麻袋を頭から被せてきた。

 それは多分にして小麦を詰める麻袋だった。視界は塞がれてしまったが、匂いでそれと分かる。

 混乱の中にあっても、一体誰がなんの目的で自分を捕らえたというのか、それが気にかかった。

 雷韋にはそれが何者かは分からないが、彼を捕まえたのは昼間に雷韋を監視していた男達だった。

 彼らは昼間見た雷韋をその見目だけで女だと決めつけ、攫おうとしているのだ。

 確かに雷韋は同年代の少年に比べれば線も細く、薄化粧もしていれば装飾品をそれとなくつけられるほどの()()ではある。このままで成長を続ければ、まさしく優男という風体にもなるだろう。

 だが、紛うことなき男なのだ。

 顔を確かめればそれと分かっただろうが、男達は完全に女だと決めつけ、異種族の能力である魔術を使えぬように(じゅ)を施した小さな珠玉の連なりで雷韋を絡め取り、魔術を使えない状態にした。

 男達が使ったのは封珠縛(ふうじゅばく)だった。魔術を封じ、同時に身体の自由も奪っていく厄介な呪物だ。

 彼らはそうして捕まえた雷韋を売るつもりだったのだ。

 麻袋の口を締め、更にその上から身動きが取れぬように荒縄で縛り上げる。

 雷韋は猿轡を噛まされているせいで呻き声を上げることしかできない。それに先程から精霊の声が完全に耳から失われてしまった。封珠縛をかけられた瞬間からだ。いきなり世界を廻る精霊達の声が途絶えた。

 身体に巻き付けられたのが、封珠縛だと気付くのはすぐだった。

 そんな雷韋のことなどお構いなしに男の一人が麻袋を担ぎ上げ、裏路地を移動し始めた。

 麻袋を乱暴に揺すりながら男達は足早に急ぐ。

 目的の場所はとある商人の家だった。いや、その商人の秘密の別邸だ。

 そこでは子供の人身売買が行われているのだ。捕縛した子供を商人に調達するだけで数ヶ月は酒にも女にも困らない金が手に入る。ごろつき共にはこれ以上の美味しい仕事はなかった。

 とは言え、売買されるのは人間の子供ではない。異種族の子供を売買しているのだ。

 異種族なら基本的に性別は問われない。獣人族であれば美しく珍しい模様であればあるほどよく、それ以外の種族なら美形であればそれでいい。

 世の中には色々な趣味、嗜好を持つ人間がいる。そこに集められるのはそんな者達の玩具用の子供であったり、毛皮収集用の獲物だ。

 しかしこれは、商業組織(ギルド)の全く感知していない商いだった。完全な闇商売。そして完璧な違法行為である。もしこれが盗賊組織(ギルド)に知れれば、捕らえられて裁判にかけられることは間違いない。そして、いくら市民権を持っていると言えども極刑は免れはしないだろう。商人としての権利を剥奪され、生命まで奪われてしまう。

 公衆の面前に引きずり出され、首を括られるのだ。

 だが商人にとって、その危険を冒すだけの充分な利益はあった。

 異種族の子供一人につき、最低でも金貨一〇〇枚以上の値が付く。上限がないこともままあった。

 光の妖精族(ライト・エルフ)などは寿命が長い上に、男女ともに美形という言葉を通り越して神々しいほど美しいのだ。

 最高額がつくのはなんと言っても光の妖精族だった。

 妖精族は精霊魔法(エレメントア)を行使するが、それを完全に封じる(すべ)もある。雷韋がかけられた封珠縛があるように呪をかけた装飾品と麻薬によって、意志も魔術も身体の動きさえ奪うことが出来るのだ。だからこそ売り物になる。

 そして売買される異種族を手に入れるのは富豪か貴族。しかも気に入った()()があれば、老いも若きも男も女も買っていく。彼らにとって、子供であろうが美術品であろうが全く変わりない。

 それはただの『物』であて、人でも子供でも、ましてや命あるものでもない。

 商人の顧客はそんな風には考えない人種なのだ。何かが麻痺していると言うわけでもなく、それが当然のことであると考えている。

 この地、オーベルスでは獣の眷属は卑しい存在で、人族とは考えられてはいないのだから。

荒涼の地(オーベルス)』という言葉は、街を指しているのではなく、ここに住む人間達の心根を表しているのかも知れなかった。

 ごろつきの二人は雷韋を連れたまま、晩課(ばんか)(午後六時の鐘)も鳴って、辺りがすっかり闇に覆われた路地を走って行った。あと一走りすれば目的の場所は目と鼻の先だ。

 麻袋に詰められた雷韋にはどのくらいの時間が経ったのかよく分からなかった。散々乱暴に揺すられた上に、頭が逆さまになって血が必要以上に廻っている。気分が悪くなり、吐きそうだった。

 魔術を奪われた上に何をされるか分からない不安で、全く生きた心地もしない。どこか意識も朦朧としてくる。

 とにかく早く下ろして欲しいと、そればかりが頭の中で廻った。

 それから少しして、雷韋は誰とも知れぬ男の話し声と扉の軋む音を聞いた。

 どこかに着いた。

 気分の悪い意識の端でそう思う。

 そして下ろされる感覚があり、急に身体が軽くなったと思うと同時に、目の前が明るくなった。身体を戒めていた荒縄と麻袋を取り払われたのだ。だが、封珠縛がまだ身体に巻き付いていてまともに身動きが取れない。

 吐き気を無理矢理飲み込むと、雷韋は意識を集中して辺りを目だけで見渡した。そこには見たこともない三人の男達がいて、自分を見下ろしているのに気付いた。うち一人はどこかの貴族の屋敷にでもいそうな立派な服装をした初老の男で、ほかの二人はどう見てもくそったれな男達だった。

「どうだ、上玉だろう?」

 くそったれの片割れの台詞だった。しかもその声音は聞くに堪えないほど、下品でがさつなものだ。

 その言葉を受けて、立派な服装の男が猿轡を填められたままの雷韋の顎を掴んで上向かせる。その顔を左へ右へと動かし、品定めを始めた。

「珍しい色の瞳だな」

 言って、雷韋の深い琥珀色の瞳を見つめる。

「妖精族でもなさそうだ」

「人間じゃなけりゃ()()()ってことよ。おまけにかわい娘ちゃんときてる。……弾んでくれよ」

 さっきのくそったれが下卑た笑みと笑い声を漏らしながら言う。

「これは……男か」

 初老の男が雷韋を舐めるように見定めながら言った。

 その言葉にくそったれ共が驚いた顔をする。

「女じゃねぇのかよ!?」

「いや、男でもかまわねぇだろ? ヒヒ爺が欲しがるさ」

 雷韋はその会話を聞いて薄ら寒い思いに囚われていた。なんとなく想像がついたのだ。人身売買に自分が巻き込まれたことに。

「地下に連れて行け」

 立派な服装の男がくそったれ共とは別な方向に向かって言う。その方向を見ると、見るからに見窄らしい二人の男達が現れた。その男達は雷韋が腰に提げている少ない荷物を取り上げ、両脇から無理矢理腕を差し入れて強引に雷韋を立たせる。

 それに抵抗を示し、呻き声を上げながら男達から逃れようとした。せめて封珠縛を解いてしまいたかった。呪さえ解ければ魔術を使える。そう考えを廻らせた途端、いきなり鳩尾に拳がめり込んだ。

 雷韋の意識はそこで途絶えた。

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