第一七話 お叱りと聴取
「いくら俺達がいるとは言っても、昨日のようなこともある。もっとお前は危機感を持て」
「分かったよ。も~、言いたいこと言いたいだけ言ってさ」
「当たり前だろうが」と不機嫌な声と共に拳骨が落ちてきた。続いて「いでっ!」と雷韋から痛そうな声が上がる。
陸王はそれで溜飲が下りたのか、荒く鼻息をついた。雷韋は痛そうに頭をさすっているが、紫雲はひっそりと笑っていた。こんな風な二人を見られることがどれほど幸せかと思ったのだ。それは陸王も同じだろうと思う。
それはその通りで、陸王も心底ほっとしていた。こんなくだらないやり合いが出来たことを心底、僥倖に思う。
そうこうしていると、やっと人がやって来た。
三人は建物の奥へ案内されたが、入口側からでは見えなかった扉が狭そうに等間隔で並んでいるうちの一室に連れられていった。室内ではあまり大きくもない円卓につくよう言われ、その席には既に一人、男がいた。
髪が薄くなっている年配の男だ。体型も中肉中背という感じで、顔にも特に特徴はなかった。強いて言えば、左顎に少しぷっくりとしたほくろがある程度。髭も綺麗に剃られていて、清潔感は充分にあった。
男の目の前には大きめの紙が二枚と、羽根ペンとインク壺がある。事情聴取の内容を書き取るのだろうことはすぐに分かった。
「さて、それじゃ座ってくれるかな。色々と話を聞きたいんでね」
男は名乗らず、席を勧めてきたので、陸王達も特に名乗らずにそれぞれ席についた。
男はまず、事件の発端を知りたがったので、それは雷韋から話すことになった。
街に入ってから通り過ぎざまに露店を見て回っているうちに、二人とはぐれてしまったことから。あとは流れに乗って、正確に覚えていることを語っていった。央華の邸で阿片を吸わされたことも何もかもだ。だが、雷韋が陸王のあとを追うことが出来なかった理由は話さなかった。それを喋ってしまえば、陸王の魂が特別であることまでも追求されかねない。それは陸王の正体を晒すに等しい。だから、ただ道に迷ってうろうろしているうちに、柄の悪い男達に捕まったとだけ話した。あとは覚えていられたことをなんとか話した程度だった。
次に陸王と紫雲の方へ話が持って行かれたが、二人とも雷韋が知らない間に攫われていることなどつゆ知らずに街のうらぶれた通りで獣人の毛皮を売りつけられたことから、この街の異常性に気付いたとそのままを話した。貧民窟の爺さんから情報を買ったとも話したが、話を聞いている男はメモを取りながらも、老人がどんな風体だったか、貧民窟のどの辺りにいたかなどは質問してこなかった。裏で情報の売買がなされているのは、暗黙の了解なのだろう。盗賊組織としては面白くない話のはずなのに放置しているということは、そういうことだ。裏の表は盗賊組織が、裏の裏は貧民窟の住人達が様々な繋がり、情報などを握っているのだろう。
いや、それだけではないのかも知れない。やはり盗賊組織でも、積極的に獣の眷属が売買されていることを突き詰める気がなかったのかも知れない。ある意味、黙認していた可能性もある。貧民窟に裏の情報が集まっているのを放置していたというところから、そう考えられた。でなければ、少なくとも情報を売り買いした相手を特定しただろうからだ。
そこはやはり、この街の特殊性ということだ。
陸王達三人が三人ともそれとなく気付いて、嫌な気持ちにさせられた。
そのあとの会話では、陸王が中心になった。紫雲は盗賊組織に駆け込んで央華の別邸の情報を与えて、組織には大体のところは話したのだから、その辺りの情報はきちんと行き渡っているようだった。だから話は必然的に陸王に集中する。
とは言っても、陸王もあったことを話すだけだ。自分が乗り込んだそのとき、丁度、雷韋が売買されかけていたということから。だが、その時点でもう火の精霊が雷韋を護ろうと暴走しかけていたのだが。室内のランプのほとんどが破壊されて、薄暗かったことからも陸王には判別がついていた。その辺りのことは陸王の話から状況を判断して、雷韋からも何がどうなったか『おそらくこうだろう』という推測を話した。
『魔と技の法則』についても。
陸王の剣技に合わせて魔術を上掛けしたのだと。
剣の技量が確かな陸王がいてくれたからこそ、彼に守護精霊である火の精霊を預けることも出来たし、光の魔法で地下に蟠っていたと思われる闇も斬って貰えたのだと雷韋は説明した。
魔術の話になると男は少し難しそうな顔をして二、三質問をしてきたが、結局は雷韋の説明にあった通りを書き記しているようだった。
そのあとは雷韋から託された魔術を吉宗に込めて、斬る必要もなかった屋敷まで斬ってしまったこと、それが別邸の崩壊を招いたことを陸王が話した。
あらかた話し終わり、男も聞く事は聞いたとばかりに質問もなく、自分が書き記した情報を読み返している。陸王達がいる前で長々と読み返していたが、不意に顔を上げた。
「事情はよく分かったよ。お疲れ様。もういいですよ」
男は淡々と言葉を並べてから立ち上がると、先に部屋を出て行こうとした。が、それを止めたのは雷韋だった。
「ちょっと待ってくれよ。あの人達どうなるんだ? 捕まったんだよな」
男は雷韋の声に振り向いて、一つ息をついた。
「王都へ移送されて、多分、火刑か縛り首だと思うよ」
それだけを告げて、固まってしまった雷韋のことなど無視して男は部屋を出て行ってしまった。
「あ……」
雷韋の口からはそれしか出なかった。
その隣で陸王が椅子から立ち上がると、大きく息を吸い込んだ。
「さて、行くか」
「そうですね」
紫雲も席を立った。
それを機に、陸王は扉の方を向いたまま固まっている雷韋の後頭部をぺちぺちと叩く。
「雷韋、行くぞ。いつまで固まってるつもりだ」
「だって、火刑か縛り首って」
「処分としてはそんなもんだろうな」
「おそらく火刑でしょうね。見せしめですよ」
「だな」簡単にそう言って、陸王が雷韋の両脇に手を入れて強引に立ち上がらせる。
それに抗いもせず立ち上がった雷韋だったが、顔は酷く曇っていた。
「なぁ、火刑って苦しいんだろ? 生きたまま焼くんだよな?」
「おや、雷韋君は見たことがありませんか?」
紫雲の言い口は、それが当然で何か問題でもあるのか、という調子だった。雷韋にはそれが理解出来ない。
「み、見たことあるよ。怖くて、火を付けられるところまでは見たことないけど!」
悲愴な顔をしているのは、雷韋一人だけだった。さっきの男も、処罰を口にしたときはなんのこともなく軽く言い遣った。
だから陸王は簡単に教えてやる。
火刑は火に巻かれて死ぬわけではないと。燃える薪から立ち上る煙に巻かれて、煙のせいで死ぬのだと。実際には、火に焼かれるのはただの屍体だ。
「それだって苦しいんじゃんか!」
陸王は雷韋の言い草に溜息をついた。
央華も、客達も、それに値する非道なことをしたのだから生命で贖わされるのは当然だと口にしたのだ。捕まったか捕まっていないか知れないが、陸王に獣人の毛皮を売りつけようとした男もまだ捕まっていないのなら、そのうち捕まるだろう。あの男は人の皮を剥いで、しっかり鞣してから商品にしていたのだ。つまり、人殺しだ。雷韋だって、もし獣人なら毛皮として売買されたかも知れない。鬼族だったからただの人身売買になっていたが、それでも買われていった先で何が起こったか知れたものではないのだ。
「第一、お前も昨日は言っていたぞ。逃げた連中のことは、盗賊組織に任せろってな。それが人の『流れ』だと。捕まらんでも、光竜がなんらかの罰を与えるだろうとも言っていた」
そんなことを言っただろうかと雷韋は困惑したが、陸王は雷韋から聞かされているというのだ。反論のしようもない。自分を傷つけるために買う客がいたかも知れないのだから。宿の女も言っていた。この街では異種族は人族として認められていないと。あのとき場にいた客達の嫌悪と敵意の視線は忘れられない。
「ったく、お前はいつも見当違いな方に情けをかけようとする。奴らは人殺しを重ねてきたんだ。裁かれて当然だろうが。違うか?」
「それは、その通りなんだけど」
「自分が陥った状況を、もちっとちゃんと考えろ。獣の眷属を奴らがどんな風に扱ってきたか。遠くまで出向いて、獣人を狩ってきてるような連中だぞ。そいつらの思いはどうなる。無念は? 恐怖は?」
「分かったよ。分かったから、もう言わなくていい。……ほんとに、分かったから」
言うその頭をぽんぽんと撫で叩いて、陸王は雷韋の肩を抱くと部屋から出た。




