十八話 人間の楽園~雷韋の成長
部屋の前にはさっき案内してきた男が立っていた。三人が部屋から出ると、帰りの道を示すように無言で腕を差し出す。
陸王はそれに頷いて返し、そのまま盗賊組織の建物から出た。
紫雲が高くなった太陽を見上げて、言う。
「さて、宿に戻ったらどうしますか?」
「すぐにここを発つ。特別、まだいろとは言われなかったんだ。お役御免ってこったろう」
「それはそうですが」
「こんな胸くそ悪い街なんんざ、とっとと出て行く方がいい。ま、それは置くとしても、あの連中が裁かれることで少しでもこの街もましになりゃいいがな」
とは言っても、と陸王は続けた。
「獣の眷属を人扱いしねぇようになるまでに時間はかかったろうし、人族として扱い始めるのも一朝一夕ではいかんだろうな」
それを聞いて、全くですと紫雲も首肯した。
何もかもが一朝一夕で出来るわけではない。差別の歴史も、非差別の未来も。
この街はどうなってこんなに差別が横行するようになったのか。
天主神神義教の教えがあるからこそ、人間族は獣の眷属を嫌悪する。だが、それだけでここまで惨いことが起こるのか? 陸王はそれを考えずにはいられなかった。
確か貧民窟の爺様が言っていた。ここは神聖語で『人間の楽園』だったと。街や都市の名前は大概、光竜が天地開闢して世界を創造したときに使われた神代語が訛って残っている場合がほとんどだ。しかしこの街は違う。もとになっているのが神聖語だ。それが変化して、共通語の名前が付けられた。しかも人間の『悠久の地』だなどと。だとしたら、この街、いや、大元は村や集落だっただろう。その頃から獣の眷属を嫌い、差別してきたのかも知れない。『人間の楽園』などという名を冠していたとしたら。そして『オゥ・ベ・ルース』が『オー・ベルス』という名に移り変わっていく中でも、今と同じように、代々、誰かが人身売買なり、獣人の毛皮を売ったり買ったりして暮らしてきたのかも知れなかった。
ぞっとする話だ。
魔に連なる陸王よりも堕ちている。魔族の方がまだましかも知れないとまで思えた。
嫌な気分になり、陸王は隣に立っている少年の肩を抱いたまま、再び歩き出した。
雷韋は今日、改めて全てを知り、その衝撃が大きかったのかも知れない。肩を抱いて歩いていると、足に力が入らないとでも言うかのように、柳の枝のようにゆらゆらふらふらとふらついている。だからこそ肩を抱いてやったわけだが。それでもよろよろと、危なっかしい足捌きだった。
三時課(午前九時)の鐘はとうの昔に鳴り終わっている。陸王達が聴取を受けている間に鳴っているのが聞こえてきていた。六時課(正午)まではあと少し時間はあるだろうが、やはり結構な時間を取られていた。
空はほんの少しだけ高くなったが、抜けるような青空だった。薄い雲が幾筋か棚引いているくらいだ。
なんにしろ、と陸王は思う。
雷韋を無事に取り戻せてよかったと。昨日一晩いただけだったが、この街からはさっさと出て行きたかった。思い出すこと全てが胸くそ悪い。
雷韋が受けた心の傷はすぐには治らないかも知れないが、対である自分が一緒にいるのだから、そう遠くないうちに傷口も塞がるだろう。
陸王はそんなことを思いながら、雷韋に声をかけた。
「今はまだ精霊の声が聞こえにくいだろうが、街を出たら、お前の下手くそな鼻歌を聴かせてくれ。精霊達の唄をな」
その言葉に雷韋ははっと顔を上げる。同時に、雷韋の歩みに力が少し戻った気がした。
「精霊達の、唄?」
「いつも誰に聞かれてても気にしねぇで歌ってるだろうが」
揶揄いがちに言われた言葉に、雷韋は急に嬉しそうな顔になった。
「うん、いいよ。精霊達の声が聞こえてきたら、いつもみたいに歌う」
裏も表もない、いつもの子供の笑みを浮かべて返してきた。そして、すぐ前を歩いている紫雲にも雷韋は声をかけた。
「紫雲も聞いてくれっか?」
「勿論ですよ。街を出たら是非」
紫雲も嬉しそうに言うと、雷韋は大きく頷き、「うん!」とてらいのない笑みを見せた。
とても雷韋らしい笑みだと思う。この笑顔があるから、陸王も立っていられる。安心して真っ直ぐに前を見ていられる。
昨夜はこの笑顔を危うく失うところだった。見つけ出せて、助け出せて、本当によかったと思う。今朝は今朝で、阿片の禁断症状が出始めた雷韋だったが、この小さな身体で本当によく頑張ってくれた。
ふと陸王は思った。以前のことだ。紫雲と出会うよりも前のこと。
精霊がこの世界を取り囲む混沌の影響で狂ってしまい、精霊王という化け物になってしまったことがあった。その精霊王に贄を出していた村。
あのとき、よかれと思って雷韋は動いた。精霊王を排除すれば、数年に一度の贄を出さなくてもよくなると。
が、結果としてあの村は滅んだ。誰一人助かることなく。精霊王が存在することによって生きていられた村人達だったが、それを知らず雷韋は精霊王を消滅させた。そのせいで村人達は人として存在することも叶わなくなり、全滅したのだ。
あのときも、雷韋は酷く落ち込んだ。自分が余計なことをしなければ、皆、生きていられたと。それは確かにそうだったのだ。だが、あのとき雷韋はすぐに考え方を変えた。
狂っていた流れを、正常な流れに戻してやったのだと言って。
あのとき雷韋は、「明日には元気になるから」と気丈に振る舞っていたが、実は翌日も引き摺っていたのだ。それどころか、一週間は塞ぎ込んでいた。精霊の鼻歌もなしで、ただひたすら前に進むだけの日々だった。
あの頃から比べたら、雷韋は少しは成長しているのかも知れないと思う。先だっての玄芭のこともそうだ。目の前にいる加害者である領主の玄芭を許そうとした。許してやれないのかと言っていた。だが、村の者達は絶対に許せないと言っていた。当然だ。あのときも村一つ二つを吸血鬼の贄に差し出していたのだから。娘が人質に取られていたとしても、玄芭は贄を差し出してはいけなかった。
雷韋は、それだからこそ許してやれないかと言っていたが、吸血鬼に殺された本人達、二次被害の屍食鬼と化した者達も殺された。身内や友人を失って、どれだけの者達が悲しんだか。憤ったか。
なのに雷韋は、それでも許したいと言っていた。
今回の央華達のことでも心を痛めていた。自分が完全なる被害者だったにもかかわらず。
それでも、村を全滅させてしまったときと比べれば、立ち直りは早くなっている。今この瞬間は実際のところ、雷韋の中では央華達のことは割り切れていないと思う。それでも、すぐに笑みを見せることが出来るようになった。
裏も表もない子供の笑みを。
雷韋特有の笑みをだ。
あの頃から見たら、成長している。
自分の中で完全には割り切れていないことのはずが、それを押し殺して前へ進むことが出来るようになった。
対としては、逞しくなって行く雷韋が誇らしいし、そんな雷韋が頼もしくもあった。
この先でまた何かあっても、また転ぶようなことがあったとしても、もう大丈夫だと思える。作り笑いではない、素直な笑みを見せられるようになったのだから。
だから、もう大丈夫だと。
宿に戻る道すがら、頭上を雀の集団が飛んで行った。小さな囀りを残して。
雷韋はその小鳥の姿を目に留めて、穏やかな顔をしている。
それはさっきまで央華達が火刑になることを辛く思っていた少年とはまるで違う、少し大人びた顔つきだった。
気が付けば、雷韋の足取りもしっかりしている。もう肩を抱いていなくても、倒れるようなことはないだろう。もう、ふらふらとした柳の歩き方ではないのだから。
だから陸王の方から離れた。雷韋が一瞬、不思議そうな顔をしたが、頭を撫で叩いてやるとすぐに笑顔に変わる。
どこかくすぐったそうな顔で笑うのだ。
その変わりように、ほっとして陸王は歩みを早めた。雷韋もすぐについてくる。急に二人に追い抜かれた紫雲が困惑げな顔になったが、彼も遅れたりせずについてきた。
このくそったれな街から早く離れようと、三人は無言のうちに歩みを早めたのだ。誰一人として遅れずに。
はぐれずに。
了
後書き
無事連載終了しました! どうしても今の段階で入れておきたかったお話でした。お付き合いくださった読者様、どうも有り難うございます。WEB小説風の改行なしにお付き合いくださった皆々様、本当にお疲れ様でございました。いや、ぶっちゃけ面倒なんですよ、改行。書いているときは当然、普通の改行しかしませんし、あとから改行を入れるとなると、どこを改行したものかと頭が悶々。最初から改行入れておけばいいのでしょうが、無理です。そんな余裕ありません。普通に小説を書くのだけでも大変なのに。その上、一話分の文字数制限内に収めないといけない(今は約四千文字前後と区切ってます)。色々大変なんですよ、という言い訳。
取り敢えず、短い期間ではありましたが連載終了と相成りまして、暫くこのシリーズは書かないことに決定いたしました。今回は、小咄編もありません。途中というか、最後の方まで書いてある作品はあるのですが、こればっかり書いてたら飽きました。同じキャラで毎度同じようなことをと(わざとなんですけど)。なので暫くお休みして、夏頃に『ホラー小説大賞』みたいなのがあったはずなので、それまではWEB上では動きません。裏でひっそりホラーファンタジーの推敲します。四月で削除した『雪月華』をまずは改稿して、改めて連載していきたいです。ほかにも書きたいローファンがあるので、それなんかにも手をつけようかな、と。
と言うわけで、次回、顔を覗かせるのは夏の公募時期になります。
改稿した『雪月華』でお会いできたら幸いです。
ではでは、お疲れ様でございました!




