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第一四話 魔と技の法則

 『魔』は魔術。

 『技』は剣技。

 雷韋(らい)はそれを魔術と剣術の力が合わさったときに発される、特別な力の法則なのだと言った。

陸王(りくおう)は自分の法則は知ってるよな?」

「何を知ってるだって?」

「技の法則だよ」

 雷韋の言葉を聞いて、陸王は怪訝な顔をした。何を言われているのか、いまいち言葉の意味を掴みきれなかったのだ。

 それを見て、雷韋は落胆したように「剣技だろ?」と気怠げに言い遣る。

「剣技がなんだってんだ」

「いつもあんた、吉宗を振るうとき気を込めてんじゃん」

『吉宗』とは陸王の刀の名だ。神をも屠ることが出来ると言われている神剣であり、陸王の守り刀でもある。

 雷韋に言われても、陸王はそんなことを気にしたこともなかった。が、そう言われれば、確かに気を入れているような気もした。特に気を込めると意識したことはないが、刀を振るとき自身の身体の一部のように、そんな風には意識してはいる。それが雷韋には気を込めているように映ったのだろうか。

 それを問うと、雷韋は無理矢理に力を込めて首肯する。雷韋にはいつも吉宗には陸王の気が込められているように見えると。そして続けるのだ。

『魔と技の法則』は、剣や刀に気が通った状態になったときに魔術を上掛けすることで、一気に大きな力を発することが出来る『法則』なのだと。それこそ、地上から地下に威力を貫き通すことすら出来ると。雷韋自身は覚えていないが、『魔と技の法則』を使ったということは、地上から地下にある闇を斬らせるためだったと言う。話を聞く限りでは、そう判断するほかないと。

 第一、陸王にも火の精霊が宿ったときに闇の精霊が見えていた。精霊力が宿ったから見えたのだ。その際、雷韋(自分)の周りの闇を払ったのは誰だと少年は言う。それは陸王自身だろうと。見えていたから分かったのだろうと、力の入らない弱い口調ではあったがはっきり言った。

「まぁ、そいつぁ、確かに見た。お前が危険だと思ったから、吉宗で払った」

「逃げたんだよな、闇の精霊」

 陸王は声には出さなかったが、雷韋の目を見てしっかりと首肯した。

「気の乗ってない武器には、魔術がかけらんないんだよ」

 陸王はそれを聞いて、怪訝そうな表情(かお)を更に歪めた。

 雷韋は疲れたように一度息をつき、言う。

「覚えてないけど、そのとき俺はあんたの剣に気が乗ってるのを見たから精霊も渡したし、魔術もかけたんだと思う。そうとしか考えらんない」

「お前の言うことが確かなら、吉宗に気が乗っていたから精霊や魔術の上掛けであそこまでの破壊力が出たってわけか」

 そうだよ、と雷韋は小さく答える。

「第一、あんたの剣に気が乗ってないことってないよ。紫雲(しうん)の鉤爪には気が乗ってないけど」

「へぇ」

 さほど興味もない風に陸王は応えた。だが、同時に陸王は昔のことを思い出していた。日ノ本にいた頃のことだ。

 陸王は日ノ本に渡って、目的地であった『波羅密(はらみつ)』という町に着いた途端、すぐに木刀の素振りをさせられた。雇われ侍が集う道場で、陸王は毎日毎日、素振りだけをさせられた。道場にいる侍達との手合わせもなく、ただただ毎日素振りの日々だった。飽きることもなく。侍になれば強くなると養父に聞いたからだ。血豆が出来て、それが破れても木刀を握った。やっと出来た親友に呆れられるほど必死に。そして、いつしか陸王は木刀の切っ先に意識を集中するようになった。何故そうしたのかは分からない。気が付けば、切っ先に意識を集めていたのだ。

 ある時、養父であり師である男に、目の前で素振りをしろと言われた。だからいつも通り神経を集中して木刀を振った。そのとき言われたのだ。

(くう)が斬れているな』と。

 陸王はそのときのことを思い出したのだ。陸王自身はいつも通りの素振りをしただけなのだが、師には「切っ先が重いだろう」と言われたのだ。それは木刀に気が乗って、切っ先が空を斬っているからだと説明を受けた。それまで陸王は空を斬るなどと考えたこともなかったが、確かに言われてみればいつも切っ先が手元よりも重いと感じていた。その重さに任せて、木刀を振っていたのだ。まさか自分が空を斬って、衝撃波を出せるようになっているとも思わずに。

 そのときの感覚のまま、今まで吉宗を振るってきた。

 雷韋に言われるまで、すっかり忘れていた事実だった。

 ふっと小さく笑息が出た。

 そんな陸王を雷韋は不思議そうに見ていた。琥珀の瞳が、なんで笑ってるんだ? と無言で問いかけてくる。

「いや、なんでもねぇ。昔のことを少し思い出しただけだ」

 陸王は小さく笑みを見せたが、それは優しい笑みだった。

 その陸王の笑みを見返して、雷韋も笑みを見せる。

 雷韋の笑みを確認してから頭を切り替え、陸王はグラスに水を注ぎ足した。

「そら、水はまだ欲しいだろう?」

 陸王はさっき水を急いで飲んで噎せたまま中断していたのを思い返し、改めて雷韋に水を差しだした。しかし、やはり雷韋の手は震えていて、陸王は雷韋の手を取って両手で握らせてからそれを支えて水を飲ませた。今度は雷韋も慎重に水を飲んでいく。それでも喉がまだまだ渇いているとみえて、少々急ぎ気味ではあるが。それも仕方がない。汗を掻きっぱなしだったのだから。

 そうこうしているうちに、グラスは空になった。まだいるかと問えば、雷韋はあと一杯だけと答える。それに応じて、もう一杯水を飲ませてやった。それで気が済んだのか、雷韋は満足げに深く息をついた。

 雷韋が両手で持っていたグラスを陸王が受け取ると、雷韋は腕をさすり始めた。

「どうした。何かあるのか? 薬に弱いお前が阿片を使われたんだからな。何があってもおかしくない。何かあるなら言え」

「あ、うん。熱があるのかなって。触ると腕がひりひりする。熱があるとそうなるんだ」

「あぁ、確かに少し熱が出てるな。阿片の毒の影響だろう。ほかにどこかおかしくないか?」

「頭がくらくらする。ぼんやりしてるし。身体も上手く動かない。手もさっきから震えっぱなしだし」

 言いながら、雷韋は自分の震える両手に目を落とした。そして、ゆっくりと握ったり開いたりと手を動かす。その様子からも、阿片の効果はまだまだ濃そうだった。気も充分に巡っていないのだから。

 陸王は雷韋に、気が充分に巡っていないことを伝えた。それに付け加えて、雷韋の身体のことも気にかかっていたので問うてみることにした。

 雷韋が己の身体のことを知っているのかどうか。

「雷韋。聞きたいことがある」

「え、何?」

 薬の影響か、反応はまだまだゆっくりとしたものだった。

「お前、自分の身体のことは知っているのか?」

 あまりにも端的すぎる言葉に、雷韋はぽかんとする。雷韋からしてみれば、突然、何を言われたか理解出来なかったのだ。だから今度はもう少し、具体的に言った。

「自分に魔術をかけるとき、分からんか? 身体の中のことが。気功法を使ったときに俺も知ったが」と。

 それを聞いて、やっと雷韋は言葉の意味を理解した。理解すると同時に、雷韋は困ったように笑って見せた。そんな笑みを浮かべて、「俺の身体のつくりのことか?」と静かに返してくる。陸王が頷いて返すと、雷韋はまだ震えの止まらない指先を遊ばせ始める。何をどういったものかと考え始めたのだ。いつもならすぐに答えが返ってきたろうが、今の雷韋は頭がまだ上手く回らないはずだ。少し時間が必要なのだろう。

 散々考えて、雷韋はぽつりと口にした。

「身体の中、のことだよな。分かっちゃったか」

「まぁな。……生まれつきなんだろうが、不自由はないのか? 阿片を解毒しようと気功法を使ってみたが、害にならないかと思ってやめておいた。」

 陸王の言葉に頷いて、「それは大丈夫だよ」と答える。

 身体の中が左右逆の位置に内臓があることは、酷く珍しい事例らしい。通常それは奇形と見なされる上に生存率は極めて低く、九分九厘、いや、それ以上の確率で死亡するという。

 だと言うのに、雷韋はこうして生きている。雷韋の身体のつくりを知った養父母は、鬼族(おにぞく)――夜叉族だからだろうと言っていた。雷韋の生まれたセネイ島では、夜叉族と言えば神として認識されていた。『いた』と過去形で表すのも、夜叉族が雷韋を除いて根絶してしまったためだ。

 セネイ島では元々、神がいると信じられていた。それが鬼族の中の夜叉族だ。だが、夜叉族は結界の中で生きてきて、決して人間族とかかわることはなかった。それでも島の人間達は夜叉族を(あが)めた。そしてある年のある月、盗賊組織(ギルド)の者達がそれまで見たこともない森の深部へ入っていくと、そこには集落があり、しかし生きた者はいなかったのだ。集落の者達は何者かに襲われた形で殺されていた。

 母親に護られるように庇われていた、赤子の雷韋を除いては。

 ほかにも生存者がいないかと捜し回ったらしいが、残念ながらほかには生き残っている者はいなかった。

 結局、生存者は雷韋だけで、雷韋は盗賊組織の中で育てられることになった。

 そんな雷韋の身体が特別だと分かったのは、幼い頃のことだ。風邪を引いて熱冷ましを与えたとき、中毒症状が現れた。その際に医者に色々と身体を調べられたのだ。一般的な子供に与えられる熱冷ましの分量では多すぎることや、身体の中が左右反転していることなどもそのときに分かった。

 本来なら長らえられるはずのない生命が、奇跡的に生きている。それもこれも、夜叉族が神の系譜だからだろうとの憶測が、養父母や盗賊組織の者達の間で立った。そうでもなければ、生まれてそれほどもしないうちに生命を落としていたはずだからだ。

 雷韋はやはり、普通の人族ではなかった。

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