第一二話 雷韋の秘密
取り敢えずその晩は、盗賊組織の者に宿を紹介されてそこで休むことになった。
部屋は二人部屋しか空いていなかったので、陸王と雷韋が同室、そして紫雲が一人で二人部屋を使うことにした。
陸王と紫雲は交互に食事を取り、あの騒ぎのあと眠りに就いた雷韋の様子を窺っていた。
先に食事を終えた紫雲が雷韋を見ていたとき、交代した陸王が階下から早々に戻ってきた。
扉が開いた瞬間、紫雲の顔が雷韋から扉の方へ向く。
「随分、早かったですね」
「まぁ、あまり食う気にもならなくてな」
「ちゃんと食べないと身体に毒ですよ」
「日に一度くらい食わなくても、なんてこたねぇさ」
少し疲れ気味に言う。いや、疲れているのではなく、雷韋のことが心配で元気も出ないというところか。
何しろ雷韋はたった一度といえども、麻薬を使われたのだ。今は眠っているが目が醒めたあと、阿片の禁断症状が出ないとも限らない。薬物に弱い雷韋に、どんな悪影響が出るとも知れないのだから。
その陸王の懸念は、紫雲も同じくだ。だから言った。
「盗賊組織からは、事情聴取のために明日は少し時間を貰いたいということでしたが、そのあとはどうします? 雷韋君は薬を使われていますから」
「あぁ。上手く薬が抜けてくれればいいが」
言いながら、陸王は椅子を紫雲の隣に並べてそこへ腰をかけた。
雷韋はぐっすりと眠っている。阿片は医術で麻酔にも使われる。その効果もあってだ。それでも少し、顔色が悪い。青褪めて見える。額にはうっすら汗も滲んでいた。
それを拭おうと紫雲が手拭いを手に取ったが、乱暴ではないが横から陸王が奪い取って汗を拭い始めた。
額を軽く叩くように汗を拭っていると、雷韋がむずがるように小さく呻き声を上げた。しかし目を醒ます気配はない。麻薬のせいで悪い夢でも見ているのかもしれない。ということは、阿片の効果が切れかかっているのかもしれなかった。
もしそうだとしたら、なかなか厄介だ。
陸王も紫雲も解毒の魔術は使えない。それが使えるのは雷韋だけだ。大地の精霊魔法でなら可能なのだ。だが阿片に冒されている雷韋に、魔術が思うように使えるかどうか。特に大地は原初神である光竜と同一となり、強大な力を有している。ほかの精霊魔法とは異なり、普段の雷韋でも印契と詠唱がなければ大地の精霊魔法は使えないほどなのだ。
紫雲は苦しそうにする雷韋を目にして、陸王に問いかけた。
「陸王さん、根源魔法で解毒の魔術はないんですか?」
「俺は根源魔法は囓った程度だからな。回復の魔術は使えるが、解毒の魔術は知らねぇ。そもそも、そんなものがあるのかどうかも分からん」
「おそらくあるはずです。ですが、貴方が知らなければ意味がありませんね」
深い溜息を落とし、紫雲は雷韋の様子に目を遣った。その雷韋の顔は少し苦しげに見える。
「紫雲、お前はもう戻ってもいいぞ。あとは俺が見る」
「え?」
反射的に陸王に顔を向けるが、陸王は雷韋の方を見ていた。その眼差しは酷く心配げに陰っている。
一瞬、紫雲は部屋へ戻ることを躊躇したが、雷韋は陸王の対だ。任せるにはやぶさかではなかった。
「分かりました。雷韋君のことは任せます。ですが、貴方もちゃんと休んでくださいね。無理は禁物ですよ」
「あぁ」
そうして紫雲は、お休みの挨拶を告げて部屋へ戻っていった。
眠ったままの雷韋と二人きりになると、元々静かだった室内が更に静かになった気がした。
陸王はそれまで紫雲が座っていた椅子に移り、雷韋の額や首筋に浮いた汗を優しく拭ってやった。
と、ふと思い立ったことがある。
気功法で身体に流れる気の循環をよくしてやれば、少しでも解毒作用が活発になるのではないかと言うことに。
すぐに陸王は雷韋の胸元に手を当てて、気の流れを読んだ。すると雷韋の身体に流れている気が、全体的に滞っているのが分かった。一口で説明するならば、どろどろと泥状になって濁りまであるという風だ。これでは阿片の毒は抜けていきようがない。
陸王はすぐさま気功法を使って、流れを促した。
それでもねっとりとした感触まで感じられる気は、なかなか素直に流れていかない。
陸王は立ち上がり、両掌を雷韋の胸に当てて、改めて気功法を試した。
ゆっくりと、少しずつ気は流れ始めたが、雷韋の気はどろどろのままだ。流れ始めているが、やはり素直には流れてくれない。
これが己の中で気を練って相手に叩き付けるのだったら簡単なのだが、自己治癒力を上げさせるとなればまた少々勝手が違うのだ。
治癒力を上げるのなら、まず陸王の中で気を練り、それを雷韋の中にゆっくりと流し込んでやればいい。それ自体は簡単だ。だが、今の雷韋の気の滞りようでは普通に気を送っても流れていかない。気を正常に流してやるためには、外圧を高めてやらなければならなかった。
陸王は二度、三度と深呼吸を繰り返してから、改めて己の気を練った。それこそ、戦場で使うような、攻撃的な波動寸前までに。
体術である気功法は波動として相手の身体に気を叩き込むことで、身体の自由を奪うことができる。そこまで練り上げないと、今の雷韋には効果がないと思ったのだ。
その上で多少手荒になるが、練った気を直接心臓に叩き込もうとした。
雷韋の胸に両手を当てて、一気に重い波動を叩き付けるように放った。が、奇妙な感覚が返ってくる。なんというか、手応えがないのだ。確かに心臓付近を狙い目に波動を放ったはずが、それに当たっていない感じなのだ。ふっと体内に吸い込まれただけと言おうか。
おかしな感覚を得て、陸王は雷韋の体内に流れる気を読んで体内の状態を調べてみた。
雷韋の気の巡りが悪いのはそのままだが、それでも臓器に流れ込む気を読むことは出来る。じっくりと流れの遅い気を読んでいると、陸王の肩がぴくりと驚きに跳ね上がった。
思わず陸王は、雷韋の胸から手を退かせた。そして、己の両手を見る。今感じたことが信じられなかったのだ。
雷韋には心臓がない。
いや、正確にはある。だが、ある場所がおかしいのだ。
心臓が左寄りではなく、右寄りにある。
人の心臓は、直接左胸にあるのではなく、身体の中央から左寄りの胸にあるのだ。
だが雷韋の身体を探ってみたところ、それが右寄りにある。
それは心臓だけに留まらなかった。
一口で言ってしまえば、身体の中がまるっきり左右逆になっているのだ。だから肝臓も胆嚢も左側だし、胃も右側に位置している。
ここまでじっくり雷韋の身体の中を調べたことがなかったため、今まで気付かなかった。
それは当然と言えば当然だ。
こんな身体をしているなど、普通は思わない。だから調べようとも思わなかった。陸王を含めて人というものの臓器の位置が正常だとすれば、雷韋だけがその点で言えば異常なのだ。
一体これをどう表現すればいいのか?
変異種?
奇形?
はたまた、鬼族というのはこういう生物なのか?
とにかく、正常ではない。その事について、薄気味悪いだの気持ちが悪いなどとは思わない。
ただ、特別だと思った。自分にとって対としての雷韋が特別なのではなく、雷韋個人そのものが特別なのだと。
それと同時に思った。
身体の構造がほかの者達と違うのであれば、下手に気を送り込んで滞っている流れに干渉するのはどうかと。これまではこんなことを考えたことはなかったが、もしかしたら気を送り込むことが害になるのではないかと思ったのだ。
つい先だって、上位魔族の亜種である吸血鬼から魔気を雷韋は喰らった。あのとき陸王は自分のことも放り出して、神聖魔法を使って雷韋の身体から魔気を追い散らした。あのときはそうしなければ、魔族の発する魔気――魔族が発する瘴気の一種――に弱い雷韋にどんな害が及ぶか分からなかったからそうした。だが本当は、身体の構造が普通の者達と違うということで、実際には何が起こってもおかしくなかったのだ。
結果としては、魔気を祓ったことで雷韋は生命拾いをしたのだが。
今も似たり寄ったりの状況だ。阿片という毒に冒されて、雷韋は酷く苦しんでいる。ほかの者であれば、禁断症状が落ち着くまでしっかり休ませてやればいい。
それこそ、気功法を使いながら。
しかし雷韋の場合は、それで合っているのかどうか分からない。これまで陸王は、雷韋の身体のことをずっと何も知らずにいた。だから、このことを雷韋自身が知っているのかどうかも気になった。
ほかの者と同等に扱っていい身体なのかも分からず、雷韋が正確に己の身体に対して認知しているかどうかも分からない。せめて雷韋が自分の身体のことを知っていて、対処はどうすればいいかを聞き出すことが出来れば簡単なのだが。今のままではそれは期待するべくもない。
意識が戻りもしていないのだから。
まずは雷韋が目覚めるのを待つしかない。とはいっても、阿片の影響でどんな精神状態になっているか分からないのだが。
陸王は再び椅子に腰を下ろすと、雷韋の額の汗を拭ってやった。
「頑張れよ、雷韋」
自然とそんな言葉が口をついて出た。




