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第一一話 欲望の崩壊

 雷韋(らい)から精霊を託され、陸王(りくおう)は今まで培ってきた技を闇の力に一気に叩き付けることだけを考えていた。

 二撃目はない。たったの一撃だ。

 それだけが陸王に許された時間と技量であった。

 陸王は刀に全神経を集中し、気を練った。それは精神を統一する技だ。これに失敗すれば、全ては水の泡。何もかも泡沫の夢の如く散ってしまう。

 そして遂に、陸王は一撃を放った。

 ごぅんと腹に響く重低音が鳴る。

 そして刀を真一文字に薙ぎ払った瞬間、全ての気配が消えた。同時に邸の一角から太刀筋通りの亀裂が入り、がくんと邸が揺れる。

 陸王には部屋や邸、そこにいる人間達のことなどどうでもよかった。ただ、闇の気配を切り裂くためだけに技を放ったつもりだったが、どうやら彼の剣戟は邸にも及んでいたらしい。

 がくりと一瞬揺れてから、邸はゆっくりと崩壊を始めた。途端に男女数名の悲鳴が上がり、ばたばたと部屋を出ようと足音を立てた。

 邸が崩れ去るのを察したのだろう。しかし陸王はそれを許さぬように、切っ先を彼らに向ける。

「手前ぇらは許さねぇ」

 天井に走った(ひび)からからぱらぱらと残骸が降り始めていたが、陸王にはどうしても彼らを許すことが出来なかった。

「ここで邸もろともに死にな」

 低い怒りの声が響く。

「ま、待ってちょうだい!」

 それは央華(おうか)の声だった。

「宝石を……そうよ、金貨五千枚分の宝石をあげれば見逃してくれると言ったでしょう? あげる! なんでもあげる!! だから見逃して!!」

「いらねぇよ、そんな汚ぇ金なんざ」

「そ、それは契約違反よ! 宝石で許してくれると言ったじゃない!!」

「さぁな、そんな話があったかも知れん。だが、んなこた忘れちまったな」

「それでは契約違反よ!!」

 央華は金切り声で、反芻するように反論した。が、陸王は僅かばかり首を傾げた。

「文書でもあるってのか? ねぇだろ? 俺は口約束は破棄するためにあると思ってる。だからその話はなしだ。お釈迦ってやつよ」

 そう言っている間にも、邸は崩れる気配をどんどん増していた。

「お願い! 助けて!!」

 そう言って陸王の前に跪いたのは、襟巻きをしていた女だった。

「もうしない。こんなこと、もう二度としないから! だから許して!! 死にたくない!!」

「駄目だ」

 そう言った途端、刀から炎の気配が消え失せ、雷韋の身体へと戻っていった。

「時効か…」

 思わず言葉が出た。

「陸王、殺しちゃ駄目だ。また、闇の気配が……増える」

「うるせぇ! くだらねぇご託ならべんな」

 言い様、陸王は肩に担いでいた雷韋を床に放り投げた。

 そうされて、ごろごろと二転三転してから、(ようや)く雷韋は一つ箇所に止まることが出来た。

 それでも雷韋は言う。

「恐怖と、憎悪は、闇の糧。狂った精霊の力は……まだ、去ってない。知ってる、だろ?」

「だったらどうしろってんだ!」

「もう一度だ。もう一度だけ、闇を斬らなきゃ……」

 弱々しい声だったが、絶対的な意志がそこにはあった。

 それに気圧されでもしたのか、陸王の声にはもう、恫喝の響きはなくなっていた。

「だったら、このくそったれ共はどうする」

「盗賊組織(ギルド)、の連中に……。それが、流れだ。人の、世界の流れ、だ」

 雷韋の言葉があまりにも素直すぎて、陸王は思わずその場に唾を吐き出したい気持ちになった。

「組織に渡しても、金に物をいわせてうやむやにする可能性の方が高いぞ。この街はそうなっている。それでもいいのか?」

「大地が……そう望むのなら、その、流れは、止められない。生き残ったとしても……きっと大地は、罰を、与える。目に見える形か、見えない形か、分からないけど」

 どうにも陸王には雷韋のこの考え方が理解できなかった。これ以上の惨劇が起きないように、斬り捨てた方が誰かのためだと思うのだ。

 だが雷韋の言葉の中には真理があることも陸王は知っていた。この世界の大地であり、世界を回しているという光竜(こうりゅう)の流れを知っている精霊使い(エレメンタラー)だからこそだ。

 致し方なく、陸王は雷韋に聞くことにした。

「だったら聞くが、もう一つの闇ってのはどこにある」

「地下に」

 弱々しい、か細い声だった。

「この邸にある闇の……本体は、地下にあるんだ、きっと」

「地下だぁ? んなとこにまで行ってられるか」

「少し時間が、かかるけど、俺がまた、力を貸すよ。ここにいても闇を、切り裂けるように。あんたの技があれば、充分……こなせるさ」

 言って、雷韋は弱々しく笑んでみせた。それから辛そうに両の目を閉じ、口の奥で何事かを呟きだした。左手では印契(いんげい)を作っている。

 陸王の目から見て、それは精霊魔法ではなかった。言霊を使う根源魔法(マナティア)だ。その証拠に、共通語で詠唱を唱えている。

 雷韋は精霊魔法を使う時、詠唱などほとんどしない。『言霊封じ』を持っているからだ。雷韋はそれだけの優れた魔術的(センス)を持っている。

 だが根源魔法に関してはそうではない。いくらかは言霊封じを持っているが、精霊魔法ほどではないのだ。

 言霊封じとは、一つの魔法を何度も使っているうちに、魂の中に詠唱呪文が刻み込まれた術を言う。そうして、詠唱も印契も必要とせず術を発動出来るようになるのだ。まさに雷韋の行使する精霊魔法がそれだった。しかし根源魔法にはまだ、詠唱と印契を必要とすることがある。

 ただし魔術的勘がないと、何度術を発動させても言霊封じには昇華出来ない。

 雷韋は陸王の刀に術をかけるために詠唱を始め、魔法を発動させようとしている。そしてある瞬間、少年の両手が淡い金色の光を放った。

 その光は陸王の刀へと、まるで吸い込まれていくように見えた。

 いや、実際そうだった。

 陸王の手にした刀が金色に淡く輝いている。

「あんたの技なら……ここからでも地下に、届くよ。魔と技の、法則に従って」

 陸王にはあまりよく分からない台詞ではあったが、雷韋もこの状況でいい加減なことを言ってもいられないだろうと信じ、もう一度気を練ると、床へと一気に刀を突き刺した。

 その瞬間、聞いたこともない(いびつ)な悲鳴が空間を支配した。

 多分これが闇の精霊の声なのだろう。それが証拠に、雷韋は安堵した笑みを陸王に向けていた。

「これでいいんだな?」

 その言葉に、少年は小さく頷いてみせる。

 と、その途端に邸がとうとう本格的に崩れ始めた。陸王の最後の一撃が邸の均衡を失わせたのだろう。外から見れば、邸全体に罅割(ひびわ)れが発生したことも分かったはずだ。

 客達は陸王が牽制する間もなく、慌ててばたばたと部屋から逃げ出した。その中には央華もいた。

 くそ!

 腹の中で陸王が罵倒した時だった。

「これで、いいんだよ、きっと」

「お前を売り買いの道具にしていたんだぞ」

「それでもいいんだ。精霊達は、ちゃんと知ってる。あの人達にはそれ相応の……代償を求めるさ。だから、俺達が、呼ばれたんだ」

 相変わらずの雷韋の言葉だったが、流石に陸王も雷韋を連れて逃げ出さねばならなかった。徐々に揺れが激しくなっている。

 陸王は床から刀を引き抜き鞘に収めてから、今度は雷韋を両腕で抱き上げた。

 急いで外に出ると、邸の一角が崩れ、その余波によって建物全体が軋んだ音を立てて崩れ去った。その轟音と地響きに、周囲の建物から人々が慌てて出てきた。そして不安と恐怖の言葉を口にする。

 その様子を見ていた陸王の口からも、

「夢の跡、か」

 などという言葉が零れた。

 と、そこで呼び声が聞こえてきた。

「陸王さん! 雷韋くんは無事ですか!?」

 走ってくる紫雲(しうん)の後ろには、警備兵達と革鎧を着けた男達が大勢ついてきた。

 紫雲は盗賊組織の者と街の警備兵達を集めてきたのだ。勿論、央華の人身売買の件を説明して。ただ、このときには央華達の姿はどこにもなかった。逃げてしまったのだろう。それでも、警備兵や盗賊組織の連中からは逃げ仰せるのは不可能だと思われる。主犯が商人の央華だと分かっているし、央華さえ捕まえれば顧客も芋蔓式に判明するはずだ。

 王都で禁じている獣の眷属の売買で極刑にされるとしても、央華は一人でも多く道連れにしようとするだろう。あの命乞いを見ればそうと知れる。決して一人で貧乏くじは引かない醜い人間だと。

 陸王から央華達の事情を聞いて、組織の者や警備兵達はすぐに捜索を開始してその場から去って行った。ただ、二、三人がその場に残って、邸が崩れた理由を知ろうとしたのでそれも陸王から説明した。雷韋が魔術を使ったことを、ありのままに。

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