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無法者と錬金術師の冒険譚

 翌朝、リントウに手を借りながらも旅の支度を終わらせた私は、さっそく転送魔方陣がある場所へと向かうことにした。


「俺も行くよ」

「ありがとう」


 願ってもない、見送りの申し出は有難く受けておく。

 この際だ、多少の我儘には目を瞑ってもらおう。

 馬貸し屋で馬を借りると、私が前、リントウが後ろに乗り込みさらに背嚢を背負ってくれた。

 手綱を繰って馬を走らせていると、背中から仄かにリントウの温もりが。

 今のうちに堪能しておこう。

 街道をひた走り少しずつ転送魔方陣へと近づいていくと、彼との思い出が頭をよぎり始める。

 別れを前に感傷的になっているのだろう。


「しばらく家を空けることになるわね」

「ああ、そうだな」

「風邪とか引かないようにね」

「お互いにな」


 他愛もない会話で気を紛らわせようとするが、やはり別れ間際の寂しさは隠しきれるものではなかった。

 何せ物心ついてからずっと一緒だったリントウと初めて離ればなれになるのだ。

 たとえそれが前向きな旅立ちだとしても寂しいものは寂しい。

 途中で馬を降り、歩いて転送魔方陣の元へと歩いていく。


「それにしても、まさか外の世界へと渡る方法が呪いを受けることだとは思わなかったわね」


 荷物をいっぱいに詰め込み、大きく膨れあがった背嚢を背負うリントウを横目で見ながら私は言葉を紡いでいく。

 この大荷物を私が背負うのは、きっと大変だろうな。


「いくら霧の向こうに行こうとしても無理だったわけだ。正解は霧の中にあったのだからな」


 一歩一歩、イスズズと戦った場所へと近づいていく。 

 昔は壮麗な柱の彫刻に彩られていただろう神殿は、先の戦いで見事に半壊していた。


「戻ったら、リントウの作ったおいしいご飯が食べたいな」


 名残惜しさから、必死に言葉を探し、紡ぎだす。


「まかせろ。腕によりをかけてシャミナの好きな煮込み料理を作ってあげるよ」


 ありがたいことに、その不自然さを訝ることなく、リントウは笑って応えてくれた。

 話しながら歩いているとすぐに、魔方陣の描かれている台座の前へ遂に到着した。


「楽しみにしているね」


 台座を前にして、私と背嚢を降ろしたリントウが向かい合う。


「ああ、しばらくは携帯用の簡単な料理しか食べられないだろうけど、我慢してな」


 恨めしいが、旅立ちの時はもうすぐそこまで迫っている。


「ええ、仕方がないわね」


 誰もいない静かな空間に、私とリントウの声だけが広がっていく。


「見送りありがとう、リントウ」


 この掛け値なしの温もりを再び味わう為に、今は行かねばならない。

 どんなに離れたくなくとも、今から独りで旅に出ないといけない。

 堰を切ったように、様々な想いが込み上げてくる。


「……」


 己の感情の高ぶりを持て余し、ついに今まで我慢していた涙が堪えきれなくなっていると、リントウの黒い瞳が私に慈しむように私を見つめてきた。


「シャミナ、大丈夫だよ」


 ふと微笑んだリントウの引き締まった腕が伸ばされ、私の後ろに回されていく。

 そのまま私の背中にリントウの手が添えられると、ぐいと押し込まれた。


「リントウ」


 されるがまま、抱きしめられる私。痛いほどの力強い抱擁だが、その痛みが今は嬉しい。

 だから、たどたどしくはあったが私もリントウの背中に手を回して応える。


「……」


 世の中から隔絶された古代の神殿で、きつく抱き合う私とリントウ。

 こうしていると、二人で一つの生物になってしまったみたいだ。

 あまり長い間リントウの身体を味わっていると。もう本当に離れられなくなってしまいそうで困る。


「ごめん」


 耳元で一言、リントウが呟いた。

 わりと普段通りに見えたが、彼は彼で思うところがあったのだろうか?


「こういう時は、いてらっしゃいでしょう?」


 私がリントウに謝罪を求めることなど有り得ないし、彼のせいで自分にだけ呪いが刻まれたとも微塵も思っていない。


「――――いや」


 と、リントウが私の背中に回していた手を今度は肩に置くと、二人の間に隙間が出来る。

 さらに目にも留まらぬ速さで襟をつかまれ、胸元がさらけ出された。

 そして私が驚きの声を挙げる間もなく、リントウの右手が私の胸元に押し当てられる。

 突然の彼の奇行に目を丸くしていると、ふと私の胸元から手が離れていき、今度は左手で自分の服をはだけさせ、露出させた胸元へ右手を押し当てる。

 その瞬間、リントウの右手から白い光が広がる。

 白光は一瞬で黒へと染まり、数瞬のうちに収まっていく。

 呆然とその一部始終を眺めていると、リントウの右手と胸の間に一枚の紙きれが挟まっていることに気が付いた。

 呆気にとられていると、押し当てられた紙が離れたリントウの胸に、とんでもないものが浮かび上がっていることに気付く。

「どういうこと? 説明して」

 

 なんとも驚くことに、消えたはずの呪印がリントウの胸に再び刻まれていたのだ。


「断りもなくいきなり抱きしめたのは悪かったよ」


 頬をかき気まずそうに謝るリントウ。


「そっちはどうでもいいから、あなたの胸の呪印のことを説明しなさい!」


 本当はどうでもよくはないのだが――――とにかく今は呪いのことだ。

 それにしても、こんな時にまで素っ頓狂なリントウに、私は呆れていいのやら怒っていいのやら。


「ああ、そのことか。この呪印は世界樹の紙を使ったんだよ」

「あ!」


 リントウの言葉を聞いて、私にも理解の波が広がっていく。


「世界樹っていうのはそもそも外界に存在するものなのだろう? であれば、同じ外界に存在する魔法の一種であると予想される、この刻命呪印も写し取ることが出来ると考えるのが道理だろう?」

「……言われてみれば、そのとおりだわ」


 リントウは魔法組成式を写し取り、使用者のプラーナを消費することによって写し取った魔法を行使するという世界樹の紙を使ったのだ。

つまり、世界樹の紙を私の胸元に当てることで呪いの魔法組成式を紙に写し取り、今度は紙を自分の胸元に複写することで呪印を己に刻み込んだのだ。

 そんなの、私には思いもつかなかった。


「せっかく呪いから解放されたのに、自らまた呪われようとするなんて、リントウは本当にお馬鹿さんなのね。死ぬのが怖くないの?」

「馬鹿なのは否定しないが……」

 

 大切な人が再び死の呪いにかかってしまった。


「それを言うのなら、俺たちの冒険はいつだって命懸けだっただろう? 確かに死ぬのは嫌だが、今更怖がって尻込みするようなものじゃない」

「ふふ」


 なのに、油断すると笑いが溢れてしまう。不謹慎にも程がある。でも残念ながら私は今喜んでいる。


「つまりは、シャミナと一緒に冒険出来なくなる方が、俺にとって死活問題ってことだ」

「言っている意味が分からないわ」


 そして、わからなくとも喜んでしまっている自分がいる。


「これで俺たち二人には、先に進むしか道はないわけだ。生きる為に、未知の世界を冒険するしかないってことだな」


 過酷な言葉の中身とは裏腹に、リントウの声は明るく、顔は晴れやかだった。


「なにそれ?」


 リントウのひたむきさに触れ、私の気分も高揚しはじめる。


「これまでの活動でそれなりに成果を出した結果、色々と背負うものが出来てしまった。だがなんだかんだと言っても、やっぱり自分自身の為にするのが冒険だよな」

「うん」


 冒険者として活躍した結果、多くの人からの期待を受けることになったが、一番大切なのはリントウの言うとおり、私たち自身の目的だと思う。


「二人で未知の世界カンドーシアに旅立つことが出来て良かった。もし世界樹の紙を使っても呪印が刻めなければどうしようかと思っていたよ。ずっと代案を考えていたのだけど良い案が浮かばなくてさ」

「家に戻ってからなんとなく上の空だと思っていたら、ずっと考え事をしていたのね」


 驚くことに、リントウはずっと二人でカンドーシアに乗り込む方法を考えていたらしい。

 きっと私の葛藤なんか知る由もなかったのだろうな。

 ――ずるいやつ。

 でもこいつは昔からそうだった。

 魔法の素質が無いと分かった時も、冒険者としての道を諦めることなど考えもせず、前だけを見続けていた。

 そして遂には理不尽を押しのけ、無法のリントウという異名を大陸中に轟かせるまでの冒険者となってしまった。

 そして今も、外界に渡る資格を想定外の力によってはく奪されたにもかかわらず、結局はまた自らの手で強引に道をこじ開けた。

 運命の輪から外れていても、リントウという人間は自力で輪の中に踏み入ってしまうらしい。

無理矢理にでも、やりたいことをやってのけてしまうのだ。

 まさに無法者だ。

 そして私は、この頼もしく愛すべき無法者と冒険をしたい。

 一緒に笑い、時には怒り、果てには呆れ、冒険を楽しみたい。


「行こうシャミナ」


 台座に足をかけたリントウが私に向かって手を差し出す。


「ええ、行きましょう」


 私は差し出された手を力強く握り、彼に導かれるまま魔方陣の上へと乗る。

 そして私たちは、霧の向こうに広がる世界へと旅立っていった。 


最後までお読み頂きまして、ありがとうございます。

僅かでもこの物語を楽しんでもらえたら、作者冥利に尽きます。

また新しい物語を作りたいと思っていますので、よければまたお読みください。

ありがとうございました。

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