錬金術師の冒険譚
「シャミナ」
背中から聞こえてくる声に反応して振り返ると、艶のある金色の髪を靡かせるアリスの姿が。
「どうしてこんなところに?」
「私たち、同盟を組んでいるでしょう?」
「もしかし私の心配をして様子を見に来てくれたの?」
こくりと頷いたアリスが私の隣に腰を下ろす。
「まいったなあ」
小さな友人の優しさに触れ、本音が毀れだしてしまう。
「まさか自分だけが外界に行く手段を手に入れるとは思わなかった。しかも、放っておいたら命に係わる危険な呪いというおまけまで付いてくるなんて、冗談じゃないわよね」
二人だったからこそ、今までは困難に立ち向かってこられたし、時には命だって賭けてこられた。
強がってはみても、私はちょっと魔法と錬金術が扱えるだけの女でしかない。
自分一人では、未知に挑む冒険者に成り得ないのだ。
それなのに、まさかこんなことになろうとは……
「もし、アリスが私と同じ立場だったらどうする?」
どうしたら良いのか分からない私は、縋るような気持ちで仲間であると言ってくれたアリスに相談する。
「別にどうもしないわ。今まで通りレッシュの傍に居続けるだけ」
考える素振りもなく即答するアリス。
「……」
あまりにもはっきりとした彼女の答えに言葉が出ない。
「呪いで死ぬっていうのなら、その時が来るまでの間、彼の隣で寄り添い続ける。一緒にいられる時間が短くなってしまうのは悲しい。だけどレッシュのことだから、刻命の呪いを受けた私が、今までよりも甘えても拒まないはず。そう思うと、少し嬉しいかもね」
押し黙ってしまった私を無垢な瞳で見つめるアリス。彼女は迷うことも無く、事もなげに淡々と答えた。
「――ふふ、アリスらしい考え方ね」
何があろうともレッシュの傍から離れはしないという彼女の信念を聞いて、なんともアリスらしい答えだと納得してしまう。
アリスは覚悟を決めている。
「ところで、シャミナはどうするつもりなの?」
つぶらな緑色の視線がまっすぐと私へと注がれる。
私は……
「アリスみたいには出来ないわね」
改めて己の心の中を見つめ直してみたが、私には呪いを受けたまま、刻限が来るまで想い人の傍で寄り添い続けるという選択肢を、たとえ理解はしても同意は出来なかった。
「そう」
私の発言に、咎めるでも同情するでもなく、平淡な声で短く言葉を返すアリス。
曇りのない翡翠のような彼女の瞳が、いつになく綺麗だと感じた。
純真なアリスに、私も思いのたけを告げよう。
「私は一人で外界に行く。そして必ず呪いを解いてリントウの元へと戻る!」
友人であるアリスと語らうことで、私の願いと、思い描く未来を手に入れるためにどうするべきなのかが分かった。
これからもリントウとずっと一緒に生きていく為に、己の力で呪いを解く方法を見つけるのだ。
アリスのように命を刻む呪いにも動じないのも一つの道。
また一方で、私のように呪いそのものを消してしまおうと行動するのも、また別の道だ。
私がリントウと別れるのは、理不尽に定められた呪いによってではなく、いつかは来る生物としての自然な流れのものであって欲しい。
呪いによる死という押し付けられた道理に従いたくはない。私だって理不尽には抗いたい。
そう思うから、やるべきことをやろう。
「迷いが消えたようね。いつもの貴方の顔に戻った」
私の決意を聞いたアリスが口の端をあげ、僅かに微笑む。
「ありがとう、アリスは意外と鋭いのね」
意外なことに、彼女はレッシュだけでなく、他人の顔色も少しは窺っていたらしい。てっきりレッシュだけにしか興味がないと思っていた。
「シャミナも覚えておくといい。良い女っていうのは鋭いものなのよ」
胸を張るアリス。その姿は、勘の鋭い良い女というよりは見栄を張る可愛らしい女の子にしか見えなかったが、彼女の名誉の為に黙っておくことにする。
「ありがとうね。アリスのおかげで、自分の成すべきことがはっきりしたわ」
友人の考えを聞いたことで、頭の中がすっきりした。
アリスには感謝しなければならない。
「そう。よかったわね」
常に無表情なアリスの顔が、少しだけ綻んでいるように見えるのは見間違いではないだろう。
きっと彼女も、友人として私のことを心配してくれていたのだ。
「じゃあ、私いくね」
やるべきことが定まったので、今度は準備をしなければならない。
時間が惜しい。立ち止まっている暇などない。
我ながらげんきんなもので、目的が定まったらすぐにでも行動を起こしたくなってしまった。
「帰ってきたらまた会いましょう」
立ち上がった私を見上げアリスが声を紡ぐ。
「ええ、近いうちにまた」
挨拶を交わした後、歩き出すといつになく足取りが軽かった。だからすぐに小走りになり、最後には走り出した。
早く帰ってリントウにこの気持ちを伝えたい。
独りでの冒険に恐れや不安はあるが、立ち止まっていたくはない。
私の冒険はこれから始まる。
目標はリントウとずっと一緒に居る為に、刻限の呪いを解くこと!
まだまだ二人でやりたいことがたくさんある。満足はしていない。
「あ」
そこまで考えたところで気が付いた。
なんだかんだいっても、私も欲深い冒険者の端くれであるらしい。
「おかえりシャミナ」
「ただいま」
息を弾ませる私。
呼吸を整えることもせず、私は口を開く。
「リントウ、明日からしばらくの間、外界に行ってくるね!」
「急だが、ゆっくりはしていられないものな。分かった」
彼は突然の発言に目を見開いたが、すぐに納得し、顎を引いて頷いた。
「ええ。なるべく早く帰ってくるつもりだから、そこのところよろしく」
私は場の雰囲気が暗くならないように明るく弾むように声をあげる。
旅立ちの時は前向きでありたい。
「何があったのか知らないが、いつものシャミナが戻ってきたな」
リントウは嬉しそうに笑う。
私はその笑顔を脳裏に焼き付けておく。よし、これで冒険に最低限必要な心の栄養は確保した。辛くなったらこの笑顔を思い出そう




