16.エリシア、お茶会に誘われる
やっとリアルの企画が終わった・・・っ
後、書いても書いても終わらない。切るところがなくてどんどん長くなってしまいました。
もう、部屋に篭っておこう。
散々な早朝からさらに最悪な朝に移行して以来、部屋から出た事自体が原因なんだな、と悟ったエリシアの思惑が外れたのはお昼を少し過ぎてからだった。必要最低限外には出まい、と決意してからまだそれほど時が経っていない。
なんなんだ、一体。
さっそく決意を無にされそうなノックの音に部屋を見回したエリシアはすぐにマリーネが食器を片付けに外に出た事を思い出し、不機嫌顔を笑顔の下に塗りこめて重い腰を持ち上げた。
ルチルはマリーネを手伝い、シオナはやはり来なかった。
部屋付きが三人もいるはずなのに何故かここぞという時にはいないような・・・? 部屋に付いていない部屋付きってどういう事だ? それともこういうものなのか?
軽い疑問に小首を傾げながらゆるく扉を開けると、その隙間に体をねじ込むように廊下にいた人物がヒョイッと身を乗り出した。エリシアが直々に開けるとは思っていなかったようで近距離で向かい合った顔に少しだけ目を見張った後、親しみやすい笑みをその面に浮かべた。赤茶色の瞳が細められ、赤い唇が鋭く弧を描く。
「あらエリシア嬢。こんにちは」
「・・・・・・・・・ご機嫌よろしいようで、テヨルテ嬢・・・」
予想外の人物の登場にエリシアは一瞬名前が喉につまり、少々遅れてなんとか返した。名前を呼ばれ、さらに笑みを深めたテヨルテは細身の体に身につけたフリルなどの飾り気は一切無い、背中がバックリと開いた不思議な光沢の赤紫のシンプルなドレスを揺らして一歩後ろに身を引く。
「悪いわね。特に驚かすつもりはなかったんだけど。ここ、エリシア嬢の部屋だったの」
「・・・知らないのにノックしたんですか?」
「そうよ」
突っ込みどころのある台詞に溢れそうになる疑問を呑み込んで無難に返すと、興味深そうにエリシアの全身と戸口から見える室内を見回していたテヨルテはなんとも軽く頷く。視線を己の右の手元に流して赤茶色の瞳を悪戯っぽく輝かせ、エリシアを見下ろした。
「これからお茶にしよう。丁度何人か集めているところなのよ。」
「えっ、ああでも私―――」
「いいじゃない。外はいい天気よ。部屋で一人過ごすよりずっと気分がいいわ」
「あの、そういうの―――」
「もっと交流持たないとね」
冷めていそうな外見を裏切るようにテヨルテは人懐っこい笑みで断ろうと言葉を紡ぎかけてもグイグイ責めてくる。すっごい押し強いなっ
こうやって誘ってくれる事自体はありがたい事なのだろうが、エリシアの本来の目的は交友を得る事ではない。今ココで全部無視して「結構です」と扉を閉めてしまってもいいような気もするが、まるでそうはさせじというように斜め前から妙な圧迫感が漂ってきていた。懇願するような雰囲気とでもいうべきだろうか。真っ向から断りづらい。
ちらりとそちらに視線を送ってみるとその人物は蹲っていて顔は見えないが、聞き耳を立てているのか体全体に緊迫感を貼り付けてこちらの様子を伺っている―――ようだ・・・
「・・・・・・あの・・・・、手を放してあげたらどうですか?」
とりあえずしゃがみ込んで俯いている理由はコレだろう。あたりをつけて言ってみるとエリシアの視線を辿って自分の右手を見たテヨルテが、ああ、と面白そうな顔をする。
「気になる?」
「いえ、というより、その子、人見知り激しいみたいなので・・・」
視線の先、テヨルテが右手で掴んだ山吹色のストールが引っ張れるギリギリの距離を取り、手の込んでいそうな黄緑色のドレスを廊下に這わせるようにしゃがみ込んでいる少女の淡い金髪には見覚えがあった。顔を膝の間に埋めて隠していても大体誰なのか予想がつく。
人見知りだといっていたし、事実、綺麗に編まれた髪の間から覗く耳が真っ赤に染まっている。
そんなに大変ならさっさとテヨルテの手を振り払って逃げればいいものを、置物のように廊下に蹲った少女は、何故かその体制でこちらの動向を探っているようだった。少女から漏れる隠し切れない緊張感が妙なプレッシャーとなって圧しかかってくる。
何この状況?
訳がわからずテヨルテに視線を戻すと、眼前の女性はおどけたように少し肩を竦めた。
「ニッチェル家のホーリィ嬢がこの部屋の前でウロウロウロウロしていたから、どうしたのかしら?、と声をかけたらこの有様よ。転げそうな勢いで逃げようとしたからちょっと捕まえてみたの。何度もこの扉をノックしようとしてたみたいだったから代わりに私が叩いてみたってわけ」
好奇心旺盛すぎるだろ。あと、それが本当なら放してやれ。
しれっと言ってきたテヨルテに憐れむような視線を床で固まるホーリィに向け、肩を落とす。とりあえず今ので何故テヨルテが誰の部屋か知らないのにノックしたのかはわかった。
問題はホーリィが何故この部屋を訪ねようとしたか、だ。
扉を精一杯開け、テヨルテを避けてホーリィの前に膝を付く。躊躇無くドレスを引きずったエリシアに軽く口笛を吹くテヨルテを、少し黙って、と視線で牽制し、近くに落ちた人の気配にビクリと震えたホーリィになるべくゆっくりと口を開いた。
「私に何か用事がありましたか?」
聞き取りやすいように、優しく優しく、を心掛けてエリシアが声をかけるともう一度震えたホーリィが顔を上げる。おいもうすでに泣きそうだよ勘弁して。
年下といっても見た感じ年の差三歳くらいのものだが、ココまで来ると子供みたいなものだ。村で培った世話焼きの血が騒ぎそうになる。
「・・・・・・・・・お、おはなし、を・・・・」
蕩けそうな蜂蜜色の瞳を涙で揺らし、蚊の鳴くような声で漏らしたホーリィの言葉に得心が行った。あんな言葉を本気にして、人見知りなのに勇気を振り絞ってやってきたのか。
「ああ、ほら。こうホーリィ嬢も言っていることですし、是非ともお茶をご一緒しましょうよ」
近くにいるエリシアでさえ聞き取るのがやっとの声だったのに、テヨルテは地獄耳だったのかしっかり内容を聞き取っていたようだ。援護射撃しているようだが、きゅうっと上がった口角は何かを企んでいそうでちょっと怖い。
「・・・・・・・・・え~と」
面白そうに輝く赤茶色の瞳と別の意味でキラキラと輝く蜂蜜色の瞳に見つめられ、そっと視線を外したエリシアの口からは、結局、否やという言葉は出てこなかった。
「ん、やっぱり見立てどおりいい天気」
中庭に置かれた白い東屋でテヨルテは己の見立てが当たった事に満足したように笑みを浮かべた。その隣に座ったエリシアは膝の上で機嫌よさそうにごろごろと懐くパティの頭を撫でながら苦笑する。
何人か集めているといったのは本当だったらしく、中庭に足を踏み入れた時には東屋の中ですでに三人待っていた。
その中の一人、一番小さな影はエリシアを認めた途端、おねぇちゃーーーんっ、と叫びながら突進してきた。パティだった。先に来ていた人に構ってもらっていたのだろうが、エリシアが現れた途端、顔を輝かせて突っ込んできたのだから、自分で思っている以上に懐かれていたようだ。以来ずっとべったりとくっついて離れない。
東屋に備え付けの円形の白いテーブルを囲むように座っているのだが、本来のパティに用意されていた席はホーリィの隣でエリシアの二つ隣――テヨルテ、エリシア、ホーリィ、と来てパティだったが、幼女はそんなものに拘らずずっとエリシアの膝に懐いている。おかげでパティの隣の席の見知らぬ女性とひとつ空席を挟む形になったホーリィが真っ赤になって俯いたまま固まっていた。
席に着くとき、いきなり膝に座ってきたパティの行動に最初はぎょっとしたエリシアだったが、ドレスのスカートをふんわりと膨らませる為にペティコートを幾重にも重ねて穿いているので下半身の感触など無いだろう、と結局好きにさせる事にした。
偽乳装備し、コルセットで腰を搾っているので、正直、肩や喉から顎にかけて等の骨格ラインを見られなければ多分ばれない、と思う。今までバレてないんだから、もうそこら辺は自信もって堂々とする事にした。
多分これはマリーネの体型補正技術と特殊メイク技術が凄いおかげなのだろうけど。大半の女性が飛びつきそうな特技だ。
「あ、そうだ。まずは自己紹介からよね。私はテヨルテ・ロックウェイ。しがない商家の娘よ」
あらかじめ頼んでいたのか王宮侍女にお茶と茶請けを運んでもらい、人払いして人心地付いたからだろう。指でいじくっていた白いティーカップから顔をあげたテヨルテが主催者としてか、一番最初に開口した。こういう場で格式が云々と言い出すような人間はそもそも誘われてもやってこないだろうから最初にテヨルテが口火を切っても誰も異論は無い。
軽い口調で流しながら簡易にまとめられて肩に落ちてきていた黒髪の束を無造作に背面に払い落とすテヨルテを見ながら得心したエリシアが、ああ、と心中で頷いた。
Y=ロックウェイ。
散々詰め込まれた知識の中からすぐに浮かび上がってくる。古くから商業を生業とする王室ご用達の“Y”を位に持つ大豪商だ。確かに貴族の位じゃなくともそれ同等と言ってもいい。年頃の娘がいれば王子の見合い相手には選ばれるのも無理はない。
「まあ、あのロックウェイ家のご令嬢ですの?」
テヨルテの短い自己紹介に驚いたようにのんびりと声を上げたのはテヨルテの右側二つ隣、パティの席だった場所の左隣に座った少女だった。テヨルテが声をかけていた女性二人の内の一人で、どちらの顔も晩餐会で見たことがある。
どちらもホーリィと同じ15,6歳くらいだろうか、片や緑の髪に茶色い瞳のふっくらとした少女らしい体型の少女で、片や逆に少女らしさをそぎ落とし一見少年のような、貴族の令嬢にしては珍しく結い上げられないほど短く切った赤銅色の髪に紫の瞳の少女だった。
服装も緑髪の少女がリーフグリーンを基調としたふわふわレースの段で下半身を膨らまる形の可愛らしいティアードドレスだったのに比べ、赤銅髪の少女は生成り色のシルクシャツに牛皮と紺色の麻を継ぎ接ぎ、銀糸の丁寧な刺繍で綺麗に纏めたスカーテッド・ベストを羽織り、膝から下が足に密着するように絞り込まれた乗馬用ズボンに似た黒に近い濃紺のズボンを焦げ茶色のロングブーツに突っ込んでいた。V字に切れ込んだベストの襟から覗くフリルカラーと身につけた小物のみが女性っぽい。
・・・―――っていうか、ズボン。なんてうらやましい響きだ・・・っ
見知らぬ少女なのにちょっと嫉妬してしまいそうだ。なんで男の僕が穿けないのに女の彼女が穿いているのだろう。僕が完全アウトの変態なのに対して、女だったらちょっと変人、くらいで済むこの差が恨めしい。
視線に心情が乗らないようにソッと横にずらすと、テヨルテの自己紹介に声をあげた緑髪の少女が目に入った。テヨルテの事はまったく知らなかったらしく、くりっとした茶色の瞳をぱちぱちと瞬かせ、ほんわりと笑みを浮かべる。
「私、あそこの品物好きですの。どれも作りがしっかりしていますもの」
「それはそれは、どうもご贔屓に。クアラ嬢」
ゆったりと零された言葉に満更でもなさそうな笑顔を見せたテヨルテは、すぐに身を乗り出すようにテーブルに両肘をついて組んだ指の上に顎を乗せる。いささか行儀悪いが特に注意する人物は出なかった。テヨルテの右隣にいた少女はチラリと視線を投げただけで、クアラと呼ばれた少女もニコニコと笑って特に気にしていなさそうだ。
「商品というならクアラ嬢の所の細工物は素晴らしいわよね。あの職人達の芸術的な腕前は流石キルストン領。この頃扱い始めた銀細工なんてとても人が作ったとは思えないほど繊細で」
「まあありがとうございます。きっときぃちゃんの所の銀がとぉっても良質なおかげです。ねぇ? きぃちゃん?」
褒め返すように柔らかく微笑んだテヨルテにクアラはふっくらとした頬を嬉しそうに染めて左隣に視線を投げた。肩口で揃えられた濃い緑の髪をハーフアップで止めている髪飾りの銀細工がキラリと日差しを弾いて存在を主張する。所々に小さな緑の宝石が埋め込まれた小花のブーケを形どったソレは一本一本が精緻に作りこまれ、確かにテヨルテが褒めるように見事なものだった。特産品だから気軽につけていられるだけで、本来ならとてもこの程度のお茶会でつけてなどいられないだろう。
まあそれはクアラが話しかけた少女の方にも言える。少女の短く切られた赤銅色の髪の隙間から覗く銀細工の耳飾りは、これまた見事に飛び立たんばかりの躍動感を持った優雅な小鳥だった。明らかに同じ手のものだとわかる。これほど見事な細工は早々無いだろう。
そんな一品を無造作に揺らして己に声をかけたクアラにチラリと視線を流した後、赤銅髪の少女は紫色の瞳を眇めてふいっとそっぽを向いた。
「はあ? ボクに話を振らないでよ。家の事なんてボク知らないし」
「うそ。きぃちゃん、ちゃんと家の事気にしてるのに。別に遠慮なんてしなくていいと思うけど」
「うるさいクー。家を継ぐのはどうせあの女の息子なんだし、あの女に首突っ込むなって喚かれるくらいならボクは関わらないね」
突き放すというよりは拗ねるといったような表情で吐き捨てた少女にクアラは困ったように緩く眉を寄せたが、少女はより一層不機嫌そうに口を尖らせて拒絶するように視線を落とす。
二人は知り合い、というより親しそうな雰囲気を見ると友達同士なのだろう。銀、細工物、という二つの単語で大体何処の人間なのかはわかった。
細工物で有名なのは豊かな自然に囲まれ、家具や小物など木の細工物が有名なキルストン領の事だろう。その隣にあるポルン領は木々より岩肌が多い山岳地帯で、紅玉碧玉、そして銀の産出地として名が広がっている。ちなみに山頂部分は涼しくはあるが寒くはないらしい。王侯貴族の別荘地帯としても有名だ。
その二つの領主は双方共に身分も同じ“中流貴族”。何か特産が被っている訳でもない。隣領で同じくらいの年頃の娘がいたならば親しい間柄にもなるだろう。
「ねえ? ちょっと二人で話してないで、私達に自己紹介してくれないかしら?」
ニヤニヤと二人の会話を聞いていたテヨルテが二人が押し黙った隙に口を挟んだ。声をかけられ、会話に入っていけなかった周囲を認識したクアラが慌てたようにぴょんっと上半身を跳ねる。
「あ、はいっ 私は、―――」
「ボクはスキア・ポルン。王子とどうこうなるつもりはこれっぽっちも無いから安心して」
言いかけたクアラを遮り、その隣に座っていた少女が腕を組んだまま仏頂面で名乗った。猫のように丸いつり上がり気味の紫の瞳を眇め、何の化粧っ気もない唇を尖らせる。一体何の不満があるんだ、と言いたくなる様な態度だ。
隣でクアラが、もぉ~きぃちゃんっ、と小声で注意していたが小さく肩を竦めるだけで取り合おうとしない。これは駄目だと早々に諦めたのか、スキアの代わりにごめんなさいと頭を下げたクアラが顔を上げざまニッコリと微笑んだ。
「私は、クアラ・キルストンです。えっと、お父様に言われてここまで来ました。これってお見合いだったんですねぇ」
ビックリしました~、とのんびりと零された言葉に力が抜けそうになる。この娘、ライバル相手にちょっと暢気すぎないか。いや、まったくその気はなさそうだし、こっちもないけどっ!
それぞれの性格が垣間見えるような挨拶に、うんうん、と頷いたテヨルテは、その赤茶色の瞳を空席に、さらにその先の席へと移そうとしてにんまりと笑う。
同じくテヨルテの視線を追従していたエリシアはそこでぎょっと体をびくつかせた。いつの間にか等間隔に並んでいた椅子を引きずり、エリシアの真横に身を添えるようにホーリィが俯いていたのだ。顔を真っ赤に染め、ふるふると震えながらさり気にエリシアの服の生地を抓むようにソッと掴んでいる。
まったく気付かなかった。
・・・・・・ああ、そういえば僕、悪意のない子供には鈍いよなぁ・・・・
村の子供達の突拍子もない悪戯に引っかかってしまうのは本能が敵だと判断していないからだろう。最たる例は村で一番高い風車小屋の屋根の上から肩口に飛び乗られた事件だろうか。気づいた時にはもう子供を避けるわけにもいかず、飛びつかれた勢いのまま堪え切れず顔面から地面に激突し、転げまわるハメになったという恐ろしい事件だ。
一瞬首が折れたのかと思うほどの凄まじい衝撃は今でも戦慄と共に思い出せる。いくら悪意がなかったとはいえ、アレは普通に死ねるレベルだった。
当時の痛みにぶるりと身を震わせたエリシアの膝の上でパティが不思議そうに首を傾げて姉を見上げ、よいしょ、と小さな掛け声と共に地面に降りた。すぐ真横の姉の膝に小さな両手をついて覗き込む。
「ホーリィちゃん、どうしたの? 大丈夫?」
妹に心配され、ハッとした様に顔を上げたホーリィはコクコクと首を縦に振りながらその体をぎゅっと抱きしめた。クマのぬいぐるみか何かのように胸に抱き上げて三度深呼吸する。
「・・・・・わ、私、は・・・・・っ ホーリィ・ニッチェル。い、妹、は、ぱ、パティ、と申します・・・・っ」
漏れ出たか細い声は震え、思い切ってあげた顔は相変わらず真っ赤に染まっていたけれど、姉としての矜持が恥ずかしさに勝ったようだ。今にも妹の淡い金髪の中に自分の顔を突っ込みそうなつっかえつっかえ勢いでなんとかそこまで言い切った。
「はーい、パティですっ 8才になったんだよ!」
一方、妹の方はいたって普通だ。プルプル震えるホーリィの腕の中で姉の苦労など気にせずにこやかに手を上げて自己アピールする。姉の対応にも慣れているのだろう、輝かんばかりの笑顔は貴族特有の躾の良さより子供らしい無邪気さで溢れていた。
「二人とも、ニッチェル家のご令嬢なのよね? 晩餐会の時も素敵なお召し物だったけど、今日も素敵なドレス」
「ほんとですわぁ。ニッチェル家の絹は光沢が素晴らしいですもの。ランプ明かりもいいですけど、日の光でも映えますのね」
興味なさそうに一瞥しただけのスキアと違い、如才なく褒めたテヨルテに追従するようにクアラがニコニコと笑みを広げる。
赤い顔をさらに赤くしたホーリィは、しかし顔を俯けることなくなんとか唇を笑みの形に整えた。
「あ、あああああ、あり、が、とう、ござい、ます・・・・・っ」
「ありがとー。パパがおうちのキヌをきちんとみせつけてこいって!」
「パティ、めッ!」
淀み淀みなんとか返したホーリィの言葉を遮るように無邪気なパティの声がテーブルの上に響き渡る。慌てて妹の口を押さえながら嗜めたホーリィときょとんとするパティの背後に親子の会話の見えた気がした。
王子や城の上層部、貴族の娘達と知り合えるこの機会に自分のところの特産品をアピールして顧客を増やそうとの考えか。まあ考える事は何処も一緒で、おそらくクアラとスキアがこのような場でも銀細工を身につけているのもその為だろう。貴族と名乗るのもおこがましいエルトのような田舎モノには関わりがない上に至極面倒くさいやり取りだ。
妹の暴露にパティを抱きしめたまま縮こまるように体を丸めたホーリィが徐々に徐々に距離をつめ、とうとうエリシアの背後、椅子と背中の間に隠れるようにくっついてきた。
何でここまで懐かれているのか正直よくわからないがあまり引っ付かないで欲しい。コルセットの所為で感覚などほぼない背中だが、この娘、胸が大きいから凄い押し付けるように当たっててちょっと落ち着かない。
「まぁ、どうなさいましたの? 気分が優れませんの?」
「ふふっ 恥ずかしがり屋なのね。ニッチェル家が二人も出してきた時はどういう事かと思ったのだけど、こういう事情だったの」
ホーリィの突然の行動にクアラは驚いたように瞬きを繰り返し、テヨルテはもうとっくに気付いていただろうにさも今気付きましたというように穏やかな笑みを浮かべた。
対して、ホーリィはぷるぷると震えながらそれでも多少羞恥を押し込める事に成功したのか、妹の頭を撫でながらそっとエリシアの背後から顔を出して目に涙を浮かべてテヨルテを見やる。
「・・・お、お父、様、が、、無理やり、押し込んだ、のです・・・・・・・本、来なら、マクゴート家辺りが、でる、はず、で・・・・っ」
「まあそうよねぇ。いくら新興貴族だって言ったって、ニッチェル家は新しすぎるわよね。よく反発が起きなかったなって当主の手腕に感心してるくらいよ。もっとも“N”のまとめ役をやってるみたいなマクゴート家には年頃の娘がいないからってのもあるでしょうけど」
「ルチル嬢はまだ17歳の若さでお亡くなりになったんでしょう? お可哀そうですわ」
「元気そうな娘だったが、病が発覚してからは早かったらしいね」
「良い婚約相手も見つかったそうですのに、どうなるものかわかりませんわね」
ホーリィの言葉にテヨルテが頷き、クアラが痛ましそうに視線を落とした。両手にカップを抱えながら隣の席のスキアの言葉に溜息をつきながら頷く。
「ルチル?」
いきなり聞き覚えのある名前が飛び出して来た事にビックリして聞き返すと、三人の視線がいっせいにエリシアへと集まり、クアラが小さく首をかしげた。
「マクゴート家のルチル嬢の事ですわ。三月ほど前に亡くなったと・・・・・・知りませんの?」
「あ、あの、ごめんなさい。私、社交の場には出ないもので」
「まあそうよね、エリシア嬢の事、私も今の今まで知らなかったし。カーティス家ゆかりの方なの?」
田舎物過ぎて男としてさえ大きな場に出た事などない。
不思議そうなクアラの言葉に苦笑交じりに返すと、今度はテヨルテが小首を傾げながらテーブルの真ん中に置いてある大皿から取り上げたスコーンを手に取った。手の中で茶色い焼き菓子を弄びながら赤茶色の瞳を薄く細める。なんというか値踏みされているようだ。
なるべく怪しまれないように、とエリシアは緩めかけていた背筋をピンと伸ばし、指先にまで神経を張り巡らせる。こういう時こそ修行の成果だ。
「あ、私は、エリシア・クルー。カーティス家からの紹介でこちらに来ることになりました」
座ったまま習った通りの所作で優雅に礼をとってみせる。背中にしがみ付くホーリィが少々邪魔だったが、特に問題はなかっただろう。
「クルー? 貴方、貴族ではないの? 聞き覚えのない名前だけど、私の勉強不足かしら?」
「いえ、一応、貴族です。でも私は母の連れ子でして、義父とは血が繋がってなくって・・・だから家名を名乗るのも申し訳なく、クルーと、―――あ、クルーとは私の本来の父の家名らしいので―――そう、名乗っているのです」
こんなところで口を滑らせてエルト・ウィーザントの存在に辿り着かれるわけにはいかない。テヨルテの最もな疑問に事前にカーティス家で打ち合わせていた言い訳を披露すると、ああ、そうなの、と納得したような雰囲気が場に満ちる。
「クルーって、こちらでは珍しい名前よね。お父様は他の国の方なのかしら? 瞳もほら、珍しい砂色をしているし」
弄くり難いだろうもっともらしい言い訳に、途端に遠慮がちな表情になったクアラやホーリィ、なんだか少しだけ態度が柔らかくなったスキアに比べ、なぜかテヨルテだけはベリージャムとクロテッドチーズをたっぷりと付けたスコーンをサクサク齧りながら食い下がってきた。なんでだ。少しは遠慮しろ。
「さ、さあ。私の生まれた時にはもういなかったらしくって、再婚するまでは母一人子一人でしたから」
「そうなの? きぃちゃんのところと逆だったんだぁ。きぃちゃんもね、再婚するまでは父一人子一人だったの~」
「うるさいクー! ボクのところは別に再婚なんてしなくても良かったんだよっ」
適当に返事を返したら今度はクアラとスキアが食いついてきた。引き合いに出されたスキアは不機嫌そうに唇を尖らし、手近に置いてあったフィナンシェにかぶりつく。それ以上発言しまいと怒りと共に荒々しく咀嚼して呑み込んだ。
親が再婚した事に反対なのだろう。エルトだってその気持ちはよくわかる。
一緒に慎ましく暮らしていた母があんな駄目クズ男とくっついて、自分の下にポンポン兄弟が出来るなんて思ってもみなかった。再婚すると打ち明けられた時に母親の腹の中に妹が出来ていなければ力の限り反対したのに、と今思い出しても悔やまれる程の出来事なのだ。当時はまさに天変地異のようなものだった。
「その青灰色の髪もすっごく珍しいけど、父親と母親、どっちに似たの? それともどちらとも似てない?」
いきなり横から入ってきた、これまた唐突な質問に意図が読めずにテヨルテを見返すと、彼女はその面に笑みを浮かべながらも存外真剣な顔をしていた。
「? 母ですが? 私、田舎者ですけど弟も同じ色してますし、そんなに珍しいですか? 部屋に案内してくださった女性も同じような灰色の髪してましたけど」
「ああ、王宮女官長。あの方はそうでしょうね」
ふむふむと頷いて、にっと笑う。面白いものを見つけたといわんばかりのテヨルテの顔に嫌な予感がひしひしとしてきた。
あれ?なんだこれ。聞かない方がいい気がしてきた・・・っ
「あの、やっぱりいい――――」
「銀や灰色の髪はね、セスティア国王族ぐらいしか持っていないのよ」
慌てて遮ろうとしたエリシアの制止を縫って、テヨルテが笑顔で爆弾を落としてきた。一瞬にして静寂が広がり、ガチャン、ぽてん、と周りの人間が物を取り落とした音がその場にまぬけに響く。
スキアは齧りかけのフィナンシェを取り落とし、クアラは冷めかけた紅茶を混ぜていたスプーンを手放し、ホーリィも両の手の力を緩め、危うく姉に取り落とされそうになったパティのみが自ら体の位置をずらして座りを安定させてキョトンと周りを見回した。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
物が立てる音も消え、再び沈黙が戻ってきた空間に無意識に漏れたエリシアの声が響く。パティとテヨルテ以外の者はお嬢様らしくもなく、ぽかんと大きく口を開いて固まってしまっていたが、誰もその事に触れられなかった。
面白そうに各々を眺めるだけのテヨルテは空気が抜けるような間抜けな声で聞き返したエリシアの反応に大きく肩を竦めて手についたスコーン屑を払い落とす。
「あまり知られてない事だけどね、銀髪、金色の目、あるいはそれが薄くなったような灰色はセスティア王族くらいしか持ってないらしいわ。王宮女官長、ダリア・S=ウィンチェット様も王族筋の方だから、そりゃ灰色の髪をしてるわよ。セスティア国軍務卿、あの騎士の中の騎士と称えられたトーガ卿のもとに嫁がれ、降られたからあの地位にいらっしゃるけど、あの方はアルタ王子の乳母も勤められたのよ」
溜息混じりに零されたテヨルテの言葉がエリシアの脳内をぐるぐる回ってどこにも引っかからずに迷走した。
それを何度も何度も繰り返し、小さく噛み砕いて呑み込んでようやくフリーズ状態から復帰したエリシアは混乱から勢いよくホーリィの手を引き剥がして立ち上がる。
「え?うそ? ・・・・・・・え?!ウソッ?!?!?」
「ほんとほんと。でもその反応じゃ知らなかったみたいね」
衝動で立ち上がったまま口から言葉が出ず、そのまま呆然と立ち尽くして混乱するエリシアに苦笑を深めたテヨルテが、ふうん、と興味深そうに一息漏らした。子供がまったく知らなかったのなら本当に慎ましやかな幼少期だったのだろう。何故に灰色の髪を持つ彼女達がそのような生活をしていたのかはわからないが。
「でも、カーティス家が自分の娘の代わりに出した意味はわかるわ。どこで知り合ったのかは知らないけれど王族筋なら家柄云々飛び越えて確実に候補に入るでしょ。あっちも鼻高々なんじゃない?」
鼻高々どころか暴走して地雷踏みまくってますけど・・・・っ!
感心したようなテヨルテの言葉に危うく喉元まででかかった言葉を呑み込み、エリシアは椅子に腰を下ろしながらなんとか強張った表情筋を動かして笑みを浮かべた。どう見ても口元が引きつり、無理やり浮かべているのが丸わかりだったが、そもそも爆弾発言の威力が高すぎて失言しなかっただけマシな方なのだ。
とうてい信じがたい情報だが、想像は常に最悪の事態を想定しておかなければならない。
何が問題って、この場合、エリシアの存在自体だ。
そもそも一番最初に我が侭を言ってないで誰か代理を立てればよかったのだ。母が薄い血筋だろうと王族筋だと知っていたのなら・・・―――――相手は三大貴族のカーティス家、おそらく知っていただろう―――――少し幼いがエルトではなくエルトの妹を出せばまだ言い訳がたった。
しかしカーティス家は何をトチ狂ったのか“エリシア”といういもしない人間を作り出してしまった。
これ、どうするんだ? 例えお見合いが無事終わっても、“エリシア”に対して王宮から何らかの干渉があったらどう対処するつもりなんだ? 国外に嫁いで行ったとか、死んだとか言うつもりなの? マジで用事が済んだら口封じを含めて抹殺する気じゃないだろうな・・・っ!!!
グルグル脳内を回る疑問はどんどん最悪な方向へと転げ落ちていく。あの爺さんなら本当にやりかねないというところがミソだ。
女装の末に殺される。何という未来予想図だ。
・・・・・・? 母は一体何を考えて、僕を推挙したんだ・・・?
ここに来て初めて母親に対して明確な疑問が沸き起こってきた。
男を見る目はないが母は馬鹿ではない筈だ。こういう事態になる事を予想していなかったとは思えない。
それとも、自分が王族筋だという事を母も知らなかった?
妊娠していながらも家出を決行した母から、父の事も母の身の上もまともに聞いた事はない。いつもはぐらかすばかりで詳しく聞く事ができなかったので、正直そこのところどうなのかはわからない。こればかりは当の本人に確認するしかないのだ。
とにかく、もし本当にこの髪の毛にそういう意味があるのならば、これは相当ヤバい状況なのではないだろうか。
今までは、この王宮から正体がバレる事なく出る事が出来ればもう安心だと思っていたが、このままでは出た後も保障できない。
しかも、“何処の馬の骨とも知らない候補圏外の娘”だと思っていたが、実はこの王宮の中で自分は“王子様の相手としては相応しい候補”になっていたのではないだろうか。
マズいっ!!!! これはマズいっっ!!!!!!
猛烈に焦りが体を駆け抜けたが、だからといってどうすればこの状況を打破出来るのか皆目検討がつかない。
男だとバレたら、カーティス家もヤバイが僕の命もヤバイ。
このまま娘だと騙し続けるにしても、もしも王族筋なら黙って放置してくれるとも思えない。
男だと隠し続け、無事に任務を終えた後、カーティス家は突然消えるエリシアの事をどうやって周囲に納得させるのか。
どうにも八方塞がりのような気がするが、このまま座してカーティス家にすべて任せてしまうのは危険だ。なんとか、なんとかしなければ。王家、結婚、生涯独身・・・――――!!!!
不意に閃くものがあった。確実とはいえないが、ひとつだけ、どんな女性も誰とも結婚せずにいられる手段がある。
浮かべていた笑みから強張りを抜いてなるべく穏やかに見えるように意識を集中した。周りの視線が全部自分に向いているのを確認して、緩やかに口を開く。
「私、アルタ王子にはほんの少しも興味はありませんから。というより、男の人にまったく興味ありません」
嘘は言っていない。事実、男にはこれっぽっちも興味ない。
そこのところを強調し、周りに言いふらす。後はこれをなるべく多くの人に周知させ、エリシアがお見合い候補から外れたら教会に駆け込めばいい。出家し、生涯神に仕えるという事ならば結婚する必要はないし、神の子供相手に無理やり縁談をごり押しする人間もいないだろう。
正直、村には教会などなかったので敬虔な神徒のフリは出来ないが、とりあえず男に興味がないという事だけでも広まれば、ちょっとはやりやすくなる。
もうただ唯々諾々とは従ってはいられない。
カーティス家と交渉する為にも後でマリーネとよく話し合おう、とエリシアは鉄壁の笑顔を振りまきながら強く決意した。
「今のところ例の件に関係ないと確信を持てた人間を省いたリストです。」
午前の書類整理もなんとか終え、チカチカと眩む目頭を押さえながら紅茶を啜っていたアルタは目の前に無造作に放り出された書類の束に、もう文字を見るのも嫌だ、といわんばかりの溜息を吐いた。
「・・・・・・それでもまだ結構残ってないか?」
「誰の方針で身元の不確かな人間が雇われたと思ってるんですか。即戦力になりそうなのをかき集めるのは結構ですが、時間もかけずに実力ばかり追い求めて規制を緩くするからこんな事態になるんですよ。ここ数日で念のためにこの王城にいる全ての人間調べて三分の一まで削ったんですから、そこのところを評価して欲しいですね」
机の上に投げ出された書類に手もつけず、げんなりと呟いたアルタに、幼い口元を歪ませながら後ろに控えた従者はにべもなく言い切った。容赦ないヴァルドの言葉にティーカップを脇に置いたアルタはぱたりとその場に突っ伏す。
「・・・・・・・・・・・・耳が痛い」
「もっとイタイ言い方をしてもよろしいですよ、王子様」
「いや、結構だ」
穏やかに言い返され慌てて跳ね起きたアルタは形ばかりにパラパラと報告書を手にとって捲り、ところどころ書き連ねられた見慣れた名前に唸って背後に視線を流した。素知らぬ顔で見返すヴァルドにもう一度唸る。
「随分と厳しくないか? ゲイルは長年よく尽くしてくれているし、クリオだってまあ、・・・・・・・・・・・・・・・働いてるだろ。ノスリにしたって案外ちゃんとラダルをサポートしてるしな」
「副団長ですか、身元不明の代名詞みたいな男ですね。あの男の出身地はでまかせですよ。本気にしたわけじゃないんでしょう? ゲイル卿にしろクリオ卿にしろ、他の者達だろうと、今までが大丈夫でもこれからもそうだとは限りませんよ。――――貴方が私の事を他の人間に調べさせているように、ね」
肩を竦めて笑みを浮かべたヴァルドが薄水色の瞳を細め、チラリと天井の一角を見上げた。
「あの程度どうでもいいが」
視線を向けられた瞬間、一瞬だけ漏れ出た気配に冷笑を深めたヴァルドにアルタの綺麗な顔が苦く歪む。見終わった書類を返しながらゆるゆると首を左右に振った。
「苛めてやるな、別にお前を疑っているわけじゃない。唯この機会に経験を積んで役立つ人間を増やしたいだけだ」
「せいぜい気に障らないようにしてくださいね。無意識って怖いですよ」
幼い無邪気な笑顔で嘲るように言いながらヴァルドは腕を一振りする。強い摩擦で一瞬にして燃え上がった特殊な紙を使った報告書は小さな手の中で塵も残さず燃え尽き、存在した証ひとつ残さず消え去った。
「相変わらず魔法みたいだな」
「メルヘンに飢えているなら森に入ればいいじゃないですか。不可思議生物がゴロゴロいますよ」
思わずポツリと漏らすと揶揄するように気軽に返され、アルタは溜息を吐いて頭を押さえる。今調べている事と関係しているのかいないのかわからないが、昨夜またひとつ増えてしまった問題に、父の跡を継いで一年、まだ王代行でしかない自分の手駒の少なさを実感せざるを得なかった。
「・・・深夜、というか明け方前か、の侵入者騒ぎで今あそこのトーキーは殺気立ってる。下手に接触出来るわけないだろ。今度は衣装無しの三人組だったらしいが、一人仕留めそこなってるから余計に気が立ってる」
「一番の目撃者ですけど」
「死体処理班さえも入るのを躊躇うほどだ。後でダリアに行ってもらう」
「ヴァーチナムは別、ですか」
「元でもヴァーチナムだからな」
今、10人の見合い相手の娘達が来ていて王宮女官長としてただでさえ忙しいのに気が引けるが、優先順位はこちらの方が上だ。おそらくその程度ならしてくれる、と、思う。多分。
「お見合いはどうするんですか。白だと判断された娘は即座に返した方がいいと思いますけど。その方が仕事が減りますし」
ティーカップを片付けながら思い出したように言葉を紡いだヴァルドにアルタは再び眉間にシワを寄せ、うう~ん、と心苦しそうに唸った。
「そうなんだよなぁ。ぶっちゃけ結婚する気ないし白かろうが黒かろうが一旦全員さっさと返したいんだが、娘達を推挙した人間が人間なだけにいきなり放り出すわけにもいかんしな」
「どうせ書類仕事くらいしかしてないんですから、もうさっさと顔合わせして景気よくフッてくださいよ。貴方が思ってるほど娘達も期待しちゃいないかもしれないでしょ」
「酷い言い草だな、おい。まあ確かにトスカに至っては顔すら出しにこないけどな」
それでもなお唸り、アルタは腹の底から諦めたように深々と溜息を吐き出して自分を見下ろす薄水色の瞳を見返す。何の色も宿していない薄水色の瞳はただ幼い表情を強調するように丸く大きく、苦い顔のアルタを映していた。
「まあ確かにそうだよな。お前は引き続きこの城内を調べてくれ。俺は娘達を片付ける」
諦めたように呟いたアルタに、そうですか、と従者も素っ気なく呟いた。