七項 ナノン連邦国
ナノン連邦国。
これは世界で最も新しい国の名称である。
新国家の設立はいつの時代も荒波が起こるものだ。ナノン連邦国も例外ではない。寧ろ、稀に見る大波であるかもしれない。本書はナノン連邦国建国までを私的にまとめたものだ。
私は貴族でも大商人でも、はたまた神でもない。当然、全てを伝えられるとは誓えない。それでも、この成果を誰かに見てもらいたい。
ナノン連邦国の誕生前、この場所にはいくつもの民族が隣り合わせで生活をしていた。
民族と称したが、その言葉がふさわしいのは彼らのルーツの話であって、世界平均の生活レベルとはほとんど離れていない。
それらは集落というと大きすぎ、国家と呼ぶには心許ない集まりであった。以前より、それぞれの領地を主張しあって争いの止むことのないこの地域は、大陸一の紛争地帯でもあった。この争いが激化したのには、とある国が関係している。フェルシード皇国だ。
公式の記録上、この国が紛争に直接関与したという証拠はない。しかし、フェルシード皇国が後の争いを焚きつけたのは事実である。これこそが、私が直接手にした情報である。この情報を私自身の体で入手していなければ、本書を書くこともなかったことだろう。フェルシード皇国は自分たちの南方にある小国のいくつかを利用した。武器など軍事物資を根回しし、小国名義で送っていたのだ。小国共はフェルシード皇国との関係を自国の民よりも重要と考えている。そのためこの仕事を受けないわけはない。
私が情報を得た場所は、小国の中の一つ「ゲレン」でのことである。私はゲレンの軍事に携わっていた人間。引退した後も、当時の情報網はしぶとく残っているものだ。それに、皇国の騎士達が幾つもの物資を護衛している姿を幾度となく目にしたことがある。物資というのは軍事物資で間違いない。私は偶然、皇国から運ばれてきた物資をゲレンの馬車に移す場面を目撃した。そしてその馬車が紛争地帯に向かったことも後に知った。平民に裏で行うべき軍事行動が筒抜けになっていることはとても不安になるような話だが、これに関しては有難く思おう。
現ナノン北東部にある――。
***
「ロイ様。そろそろお部屋に」
この日の読書時間はこれで終わりになってしまった。
持ち出すことは許されていないので、仕方なく手ぶらで部屋に戻る。
次の日、その次の日と僕は同じ本を読み進めた。
フェルシード皇国が裏で糸を引いているという話以降は、紛争地帯で如何に悲惨な戦いが行われていたのかが綴られていた。
ただの子供が読んだらトラウマ級の内容である。
いや、ただの子どもには理解することすらできないか。
本も終盤に差し掛かったとき、我がノードル王国の名が散見されるようになってきた。
***
それぞれの民族が互いの協力国からの支援経路を妨害し合い、道具に、人に、とありとあらゆるものが枯渇し始めた。この争いに未来などないという事はそれぞれの長が理解していたはずだ。しかしながら誰一人として止めることが出来なかったのは、彼らの末代から続く血が原因なのだろうか。支援をしていた小国共も自国の兵にも被害が出始めたことを原因として、全ての国が手を引いた。事実的な不可侵条約が交わされたのだ。皇国もこれに口を出すことはなく、二週間もの間民族が睨み合う形が続いた。
そんな中で動いたのがノードル王国である。ノードル王国はフェルシード皇国の敵国である。皇国の影響を受けるゲレンを含めた小国の上層部はいらぬことをするな、と口を揃えて発信していた。自らの行いは二の次、私が小国共を好かない理由が詰まっている。
話を戻す。ノードル王国は国王自らが出向き、各地で起こる紛争の仲裁に入ったのだという。これまでの争いで疲弊しきった彼らに王国軍に抗える戦力など、微塵も残っていなかった。
事は物凄い速度で進んだ。各民族の長たちが一堂に会し、ノードル王の前で九日間にも及ぶ議論がなされた。次に彼らが表に出たとき、それが「新国家ナノン連邦国」誕生の瞬間であった。
これには当然、皇国と小国共が一斉に反感を示した。その内容は主にノードルを批難するものであった。「ナノン連邦国の悪計」などという言葉を乱用し、あくまでもナノン連邦国がノードルに支配されていると決めつけるものがほとんどだった。しかし、ノードル軍が完全にナノンから引き上げるとその言い分も通らなくなり、フェルシード皇国は計画を潰される結果に終わった。
変化があったのは名称だけではない。民の生活も今までとは比べ物にならないものになった。紛争で荒れた土地であったにも関わらず、作物が育ちやすい土壌であることが幸いしてナノン連邦国は大陸一の農業国家となろうとしている。
人口は少ない国である。あり余った作物をノードル王国に輸出してかなりの利益を得ているらしい。それを裏付けるように、以前まではナノンからの観光客がかなりの数訪れていた。結局、皇国からの圧力によってナノン連邦国の民の入国規制が厳しくなり、現状その数はゼロに等しい。各国が羨むお金持ち国家となったナノン連邦国。この国の発展を私は陰ながら応援していきたい。
***
色々と面倒な要素が絡み合っているようだが、無駄な争いがなくなったことは素晴らしいことだ。
それにしても、この本の著者は今も無事なのだろうか。
内容的には完全な自国批判だ。
著者名が記載されていないのは身バレ対策だと思う。
この方がナノンの幸福を願うのであれば、僕がこの方の無事を願おう。
こうして僕は朝食と昼食の間、昼食と夕食の間を読書と、魔力の訓練というスケジュールで埋めて、日々の生活を送る。
初めは母からもらった本を読むことを執拗に勧めてきたリシアであったが、僕があまりにも反応を示さないことに諦めをつけたのか、僕が読書を始めると仮眠をとるようになった。
まあ、リシアに掃除の仕事まで期待する父も父だ。
無論、この隙を逃す僕ではない。
僕は読書をしながらも魔力の訓練ができるように研鑽を重ねた。
しかし、これがとても難しいのだ。
前世の僕も器用だったわけではないが、これは誰にでも出来る芸当ではないだろう。
この試みは継続しつつも、一旦は出来る事を優先する。
魔力を使い果たしてから読書を始める。
ここからのスタートだ。
魔力の回復には特段必要な技術はない。
それでも魔力が全回復したタイミングで、リシアが居眠りをしている必要があるため、どうしても効率は落ちてしまう。
これからは僕の魔力が成長する速度も落ちてくると予測している。
将来のために、出来ることは最大限しておきたい。
情報面でも同じ事が言える。
優先順位は今のところ五分五分だな。
とまあ、僕はこれで良いのだが……この子はこのままで大丈夫なのだろうか。
仕事をサボっている訳ではな……いや、サボっているのだが、最低限はこなしている。
リシアには申し訳ないが、内心父に見つかって欲しいと願っている。
決して、リシアに恨みがあるわけではない。
生まれてこの方、父や母が怒ったところを見たことが無い。
リシアが僕の前で魔法を使った時は怒りよりも焦りが前面に出ていた。
両親の怒り方を知っておきたい。
これによって今後の僕が無駄なリミットテストを行わずに済むという寸法だ。
だからどうか、彼女には一度、サボりがばれて欲しい。
「ぅ……む? ロイ……さま? つぎのほんでふか?」
「かえる」
「かしこまり――」
リシアが小さな口を大きく広げ、空気を吸い込む。
風の音と共に閉じた口元では涎が斜光を反射させており、とても気持ちが良さそうだ。
「帰りましょう!」
「うん」




