五項 誕生! ロイメソッド
翌朝。
昨日よりも少し硬い表情でリシアが僕の目覚めを待ち構えていた。
昨晩一緒に寝てしまったことについて、何か言われたのだろうか。
「きょ、今日もロイ様のお世話は私が務めます」
そうか。
ミュゼットさんの体調も早く良くなるといいな。
「安心してください。ミュゼルさんは少し体調を崩されただけですので、すぐに復帰できるとのことでした!」
僕は何も言っていないが。そんなに不安そうな顔をしていたのか。
表情にはもう少し気を配るとしよう。
「そして、もう一つ報告がありまして――今日からロイ様のお世話は、ミュゼルさんに代わって私がすることになりました」
「あ――」
そうなのか。
出世……うん、出世だな。
僕も鼻が高い。ということは、だ。
今日も明日もその次も、僕に自由の時間は来ないということにならないか?
リシアの目を盗んで訓練をしようとも考えたが、そんな隙など訪れないだろう。
僕は諦めて大人しくすることにした。
それでも諦め切ったわけではない。周りに気づかれぬように訓練をする方法があれば全ては解決するのだ。
僕はその僅かな可能性を探ろうと思う。
意気込んだのは良かったのだが、現実は違った。良い方向に、だ。
なんと、あるはずがないと思い込んでいた隙が、あったのである。
それは僕の世話役がリシアに代わってから三日後に訪れた昼寝の時間にやってきた。
前日よりも少し早く目覚めてしまった。
体を起こした僕が部屋を見渡す必要すらなく、あるものが視界の中央に留まる。
それは気持ちよさそうに眠る、給仕服を身にまとった若くて小柄な女性であった。
こいつ、懲りないな。
図太い。いや、鈍感?
阿保が似合うが、お馬鹿さんくらいにして――。
無意味な推敲を行う僕の脳に、突如として妙案が降りてきた。
内容はいま魔力の訓練をすればよいのではないか、というものだ。
その通りであった、僕はその神のお告げのような、悪魔の囁きのような案を実行することにした。
「んッ!」
踏ん張る。
お尻からは出さないように繊細なコントロールを行いながらだ。
急激に体が熱を帯びる。
その熱は内臓から筋肉へ、筋肉から皮膚へとゆっくりと外へ向かう。
そこから先は感覚がない、熱がたまっている様子もない。
発汗のように実態が表れるものではないため、結果が確認しづらいのがむず痒い。
今更だが何を目標としているのか解説をしておこう。
目標としているのは魔力を空にすることだ。
前世では当然、魔力なんてものに触れる機会は皆無だった。
そこで訓練、トレーニングと聞いてイメージしたのが筋トレである。
魔力も筋肉のように破壊、つまり空にすることで育つのではないかと思ったのだ。
これでダメだったら、時を過ごすことが成長につながるか、特殊な訓練の方法があるかのどちらかだろうと僕は予測する。
後者であったら自力で導き出すのはまず不可能だろうと思う。
しかし、その可能性は低いとも予想している。
理由はリシアからそのような話を耳にしたことがないからだ。
そんな特別な訓練法があれば、彼女が真っ先に自慢してくるだろう。
というわけで、僕はいま魔力を空にしようと奮闘している。
そしてついにその時が来た。
体から熱が抜ける。
驚くほどさっぱり抜けた。
感触が残ることもなく抜けきったことには少し驚いた。
熱である以上多少の残存感はあると思っていたからだ。
この世界の法則に違和感を覚えたとき、僕は強烈な眠気に襲われた。
次に目覚めたときは、リシアが何もなかったような表情で母と話をしている場面だった。
「リシアちゃん、目が赤いけど大丈夫?」
「こ、これは、ちょっと埃が目に――」
魔法を極めるよりも先に、嘘が上達してしまいそうなリシアを僕は利用させてもらうことにした。
僕はその日以降、リシアの目を盗んで魔力を使い果たし寝る、使い果たし寝る、を繰り返した。
三日目の終わりであった。
今まで感じていた違和感を強く感じる。
魔力が尽きるまでの時間が明らかに伸びている。あの事件のおかげで出力を一定にせざるを得なくなっていたのがプラスに働いてくれたようだ。
僕の望み通り、魔力の量は増加している。
僕はステータスの存在を思いだし自らの手を見つめた。
『ロイ・フォン・ヒルトン:人間、男。スキル:成長、魔法網羅、幸運。総魔力:2150。魔法適性:完全』
増えた。
「20」この数字が少ないのか、多いのか、スキルの恩恵を受けられているのかはさっぱりだが、僕の魔力が成長していることがわかった。
やはり魔力は使うことで成長するのだ。
特殊な修行がいらないことはとてもありがたい。
しかし、この条件もまだ粗い。
しばらくはこの作業を繰り返して、より具体的な魔力成長の条件を突き止めていこう。
さらに二週間が経過した。
僕とリシアの隠し事はどちらも明るみになっていない。
僕の魔力はあれから驚異的な伸びをみせている、と思う。
数字でいうと2150だった魔力は3860になった。
なんと二週間でおおよそ二倍になった。
とても嬉しい出来事だが、それ以上に嬉しい事が起きた。
喋れるようになったのだ。
まだ、噛んでしまうことが良くあるが大概のことは喋れる。
歩くことも上達し、かなり自由が増えた。
この急激な成長に両親も大変驚いていたが、凄い子だ、と褒めてくれることが増えた。
年齢的には既にこの域に達していてもおかしくはないが、前世の体質が邪魔したのか、少し成長が遅かったようにも感じる。
それでも今こうして、歩いているだけで、喋っているだけで褒められる。
こんな非日常な日常を送れていることが、僕はとても嬉しい。
勿論、自惚れて目的を放棄したことはない。
この二週間で魔力の成長の条件を導き出すことが出来た。
その条件は「自身の持つ魔力を使い果たすこと」である。
仮説とした筋肉の様な成長法則、まさにそのような形だったのには驚きだ。
字面通り、難易度はとても低い。
しかし、問題もある。
それは魔力量が増えていくにつれ、魔力を使い果たすこと、魔力を回復させることに掛かる時間が増えてしまうことだ。
魔力を回復させる時間とはどういうことかというと、魔力は「底を尽きる」「全て回復する」という順番を踏むことで総量が増える仕組みになっている。
つまり、常に空っぽにして置けばいいという雑なトレーニングは出来ない。
現に、魔力が3000に到達した後かなり効率が落ちた。
実験をしていたことを考慮しても、それは明らか。
こればかりは費やす時間を増やせるようにするしか方法はないだろう。
それに、魔法を教わることが出来れば今よりも効率よく魔力を涸らすことが出来るかもしれない。
「ロイ。ご飯ですよ」
「ハ――イ!」
母からお呼び出しだ。
夕食の席に向かわなければいけない。
今もなお、基本的にはこの部屋から出ることはできない。
しかし、昼食、夕食の時にだけダイニングとの間を歩くことを許された。
先日、いきなりの成長で調子づいた僕が部屋を抜け出したことがあった。
その時にお手洗いから出てきた父と鉢合わせてしまい。当分はこの部屋からでるなと言われたのだ。
しかし、母が父に動けるのに制限をかけるのは可哀想だ、と言い出したことで、限定的だが家の中を歩き回れるようになった。
夕食から帰ってきた僕は何となく自力でベッドに登ろうとした。
リシアは微笑ましそうにみているが、僕は至って本気だ。
「私が手伝いますよ」
「いや!」
リシアの誘いを断り十一回目の挑戦。
僕の腕力が上昇した。
初め、リシアが手伝ったのだと思って振り返ったのだが彼女は大きな欠伸を天井に向けて放っていたところだった。
「え?」
「え?」
一人でベッドに登った僕をみてリシアは間抜けな声を出した。
疑問形には疑問形で返しておく、こうすれば大抵のことはどうにかなるというものだ。
「あ、えっと――ちょっと待っていてくださいね。ロゼル様がお越しになるまで――」
ほらな。どうにかなった。
リシアが唸っているのは放っておいてだ。
今、何が起きたのだろうか。
明らかに僕の出せる力を越えていた。
無茶をしたためか、両腕に力が入らない。
僕はベッドに大の字で寝そべった。
「お待たせ、ロイ。今日も読み聞かせが必要?」
「うん!」
「ふふ、本が好きなの? だからそんなにいろんな言葉を覚えているのかしら……む? リシアどうしたの?」
「……っあ! いえ、わ、私はこれで失礼いたします!」
リシアが勢いよく退室した。
これから寝ようという人を前にどうかとは思うが、とても彼女らしい。
「いつも元気でいいわね」
この意見は母も同じらしい。
「昔々――」
この甘い声に誘われ、今日も僕は世界一安心安全な暗闇の世界へ向かうのだった。




