二項 嵐
この世に生れてから一年が経ち、僕は初めての誕生日を迎えた。
僕の生年月日は、創人暦2418年、幻月の第6週、光の日。
創人暦というのは僕にもよくわからないが、前世でいう西暦であることは間違いない。
次に幻月だが。これが少し面倒なのだ。
まずこの世界は、四つの月で一年が構成されている。始まりが「贈月」次に「闘月」、三つ目に僕の生まれ月「幻月」、最後に「神月」だ。
さらに、これら全てぴったり九十日からできており、一年は三百六十日となっている。
光の日というのは所謂「曜日」にあたり、頭から「光の日」「火の日」「水の日」「草の日」「闇の日」という順だそうだ。
秒、分、時間と一日の時間は前世と変わりない。
割り切りやすく、とても分かりやすい。初めこそそう思ったが、癖というものは恐ろしいもので、こちらの感覚に慣れるまでかなりの時間を有した。
とはいっても、寝ていただけなのだが。
言い訳ではないのだが聞いて欲しい。
僕は前世で泣いている赤ちゃんを見ると、元気があっていいな、などと思っていた。
それがいざ自分が戻ってみたとなると驚き。体力が持たないのだ。
こんな少ない体力でよくもあんなに大声を出せたものだ、と僕は今までにお見受けした赤ちゃん様方に尊敬の念が収まらない毎日なのだ。
真面目な話をしよう。この国、ノードル王国の内情についてだ。
前にも触れたかもしれないがノードル王国はこの世界で二番目の大国である。
そのため、国内は経済も物資も潤っている。
この単純な淡い希望は一人の客人によって砕かれた。
名前も立場もわからないが、辺境伯である父と話しているのでそれなりの立場を持っている方だとは思われる。しかしその姿は僕の予想を否定するようなものであった。
解れ、破れかかった箇所がいくつもあるローブと木の枝を持ったおじさんなのだ。話し方や所作も上品とは言えないが、野蛮とも言い難い。
何はともあれ、重要なのはその人から得た情報である。
彼は王国の南部から北部に位置するここカイドリまで旅をしていたのだという。旅の中でみたものを楽しそうに僕の父に話していた。
楽しそうにといったが、もちろん面白い話ばかりではない。
王国の中央は現在、深刻な食糧不足なのだという。
こんな大国のしかも中央で食料不足とはいったいどういうことなのだろうか。
僕は思案を巡らせ、単純な凶作であると断定した。
この国が凶作に陥ることは少なくないらしく、そういった場合南方に隣接するナノン連邦国から食料の輸入をしているのだとか。
しかし、そのナノン連邦国はいま、とても不安定な状態にあるらしい。なんでも民と政府が上手くいっていないとかなんとか。
詳細はあまり関係ないので割愛するとして、これらが理由で現在の王国は食料不足ということらしい。
この辺りでは聞かない話なので、カイドリは凶作になっていないということであろうか。
話をしていたおじさんは解き放たれるようにご飯を口にしていた。
「じゃあ、また用があったら呼んでくれ」
「そうだな。今は魔物も落ち着いているが、油断はできない。もしもの時は遠慮なく頼ることにするよ」
そんな別れ話だったと記憶している。
僕の父がそこまで信頼を寄せる相手は母を除いておじさんが初めてかもしれない。
さて、まだまだいこう。次は魔域についてだ。
魔域とは魔族や魔物が支配する領域である。そう以前に説明を聞いたが、もう少し詳しいことが分かった。
まずは魔族と魔物の違いだ。
これについてはかなり気になっていたのだが、知ったのはほんの最近である。
結論から言うと魔族と魔物は全く異なる生物だという。
魔物とは前世でいうところの動物という言葉と同義のようだ。それを証明するように見方を変えれば人間も魔物と呼べるらしい。
そして魔族もその中の一種族であるようだ。
しかし、話し合いはおろか、戦いの末にでも意思疎通ができるような種族ではない、と前に侍女が話していた。
その他の特徴はとにかく強く、人間を襲う傾向にあるが、闇雲に攻め入ってくるような能無しではないなど、人間からすれば厄介な情報だらけだった。
攻撃には闇魔法を使うとも耳にした。
この世界にきて初めての魔法の話であったためとても興味を持ったのだが、僕をあやしにやってきた父によってその話題は遮られてしまうのであった。
今日も母が読み聞かせをしてくれるそうだ。
普通の一歳二ヵ月の赤ん坊には本の内容はあまり意味を持たないかもしれないが、今回は偶然にも転生者が聞いているため、とても大きな意味がある。
寝かしつけのつもりでやっているのだろうが、僕はこの数少ないチャンスを逃すまいと、眠気と格闘するのが通例である。
母はなかなか眠りにつかない僕を心配していたが、本が好きなのだと解釈し――あながち間違っていないのだが――こうして毎日読み聞かせをしてくれるようになった。
今日の本のタイトルは『勇者の冒険記』で、その名の通り勇者の半生が描かれている。残念ながら絵本ではない。そもそも見かけたことすらないため、絵本の存在すら危うい。
本の内容は、勇者が一人の老人と出会い。成長し、人々を襲う魔王と配下の魔族を倒すというものだった。
この本で分かったことは多かった。まず魔王は魔族の上に立つ者ということ。勇者は魔王を討つことを目標としていて、討たれた魔王は、今後百年以上姿を現さないということだ。
かなり乱雑に大事と思った部分だけを抜き出したが、必要な箇所だけ抜けばこんなものだ。
だって、水飲み場で勇者が出会った蘊蓄を押し付けてくる特になにもないおじさんとか、勇者が毒キノコを“食べかけた”話とか、本当にどうでもいいだろ?
というわけで、僕はこの本から勇者と魔王の関係をなんとなく理解したのだ。倒したら百年生まれないという話の正誤、なぜ百年生まれないのか、勇者はどうやって選ばれるのかなど、謎はまだ多い。
それらは今後、焦らずにじっくりと探ることにしよう。
僕は母の歌声と共に目を閉じた。
その日から何日が経っただろうか。
ある、嵐の日のことである。
この世界に生まれてから経験したことのないような嵐に僕は身を強張らせ怯えていた。
前世で経験した台風の方がよっぽど強かったはずなのだが、建物の違いからか、僕の肉体があまりにもちっぽけだからか、それ以上の脅威のように感じた。
雨が窓を叩き、風がこちらを呼んでいる。
何かの拍子に外へ放り出されれば、どこまでも運ばれてしまいそうな。
そんな嵐の日であった。
僕はちょうど熱を出していた。
丈夫で強い子という評価を受けていた僕にしては珍しいことだった。
「すみません! ロゼル様はいらっしゃいませんでしょうか」
ドアの外から男の声が聞こえた。
「ロゼル様はこちらにおりますが、今はロイ様と」
「大変なんだ。嵐の中やってきた商人が大怪我をして、ロゼル様ならなんとかって……」
ドア越しに男から伝わってくる想いを無下にすることはできず、母は部屋を出て行った。
残ったのは若い侍女と僕だけだ。
いつもはベテランとのペアでいることの多い彼女だが、ここ最近は一人で仕事をこなすことが増えてきた。
それにしても、寒い。
熱のせいか、嵐のせいかはわからない。
とにかく寒かった。
僕は侍女に伝わってほしいという一心で泣き続けた。
言葉によっては少しずつ発声できるようになってきたのだが、今回は残念な結果となってしまった。
彼女は慌てながらも僕に対していろんな世話を焼いてくれた。
ミルク、尿と便の確認、寝かしつけ――どれもちがう!
そう言いたかったが、いまだ叫ぶことしかできない。
「それにしても、寒いなぁ」
「あ――」
僕は「それだ!」という感情を載せて、にこやかに声を出した。
「やっぱり? ロイ様もそう思いますよね?」
赤ん坊に向かって、なに話かけているんだ、と思いながらも、こうして話しかけてくれるのは両親の他にあまりいないため少し嬉しかった。
「いま薪をもらってきますから――あ。でもロイ様を一人にはできませんし――それに、この嵐では外に置いてある薪は取れませんね……どうしましょう。ロイ様」
「う――」
申し訳ないが、自分で考えてくれ。
と、この意図が伝わったのか。
侍女が思いついたというように飛び跳ねた
「そうだ! 私には魔法がありました。カッセル様直伝のこの火魔法で、このお部屋を暖めて差し上げましょう!」
「あ――」
正直、想像以上の妙案である。
加えて暖と初めて魔法の一石二鳥だ。
果たして……魔法とは如何に――。
「できる。いつも通りやれば大丈夫!」
自分を鼓舞する彼女は少し危なっかしいように思うが、そんなことで初めての魔法がお預けになることはあってはならない。
僕は魔法に対する期待感をさらに高めていた。
「我、魔を制する者。この呼び声に応え、火を宿す糧となれ『火球』」
詠唱!
思ったよりも短いけどカッコイイ!
そんなことにばかり気を取られてしまい。危うく肝心なものを見逃すところだった。
僕の目の前、彼女が必死に握る木の枝の先に何やら光が集まり始める。
赤色灯のような色をしているが、その光は強い。しかし目を傷めるほどの強さではない。
それらの光はあらゆる方向から粒子のような形態を模して集結している。
中心部が豆電球のように輝きだす。
ここで初めて熱を感じた。
暖かい。そう思った時には先ほどまではただの光であったはずの集合体が宙に浮く火の球へと変化している。
「あ――」
これが魔法……。
「無事成功しました! どうですかロイ様。暖かいでしょ?」
「う――」
彼女が宙に浮く火の球を僕に近づけてくれる。
僕は喜んでそれを待った。
「あ――!」
熱い!
おそろしく熱い。
僕の知っている炎とは比べ物にならない程だ。
やはり前世と今世ではいろいろと勝手が違うのだろうか。
「申し訳ありません。少し近づけすぎてしまいました」
侍女はというと少し俯いて、自分に非があると反省しているようだった。
気にしなくて良い。
いつもならそう思ったのだが、今回ばかりはそうはいかなかった。
「あ――!」
体が熱い。
それも異常なまでに、だ。
僕の体内で渦巻くその熱は、侍女の生み出した火の球よりも熱い。
前世と合わせて初めて、本当の死を覚悟した瞬間かもしれない。




