一項 二度目の誕生
僕はいつものように、日曜朝六時のコンビニを出た。
僕の人生はここで終わった。
夢だと思った。
ここ最近よく死にかける夢を見ている。
しかし、どうやら違うらしい。
何故そう思うかって?
「だから――、君は死んだの。何回も言わせないでよ。ほら早くスキル選んで? 時間なくなるよ? いつまでそこに突っ立ってんの? ほんとにコイツで合ってる?」
僕の目の前で滝のように愚痴を垂れ流す「自称女神」がそう言うからだ。
残念ながら、僕の想像力ではここまでムカつく性格の持ち主を作り出すことは不可能だ。それに息苦しさも焦りもない。本当に死んだのだ。僕はもう一度だけ言い聞かせ、この「自称女神」の話を聞いてやることにした。
「で、なに? もう一回」
「は? さっき全部説明したじゃん」
「聞いてなかった。もう一回」
「はぁ……しょうがないなぁ。次聞き逃したら殺すよ?」
いや、こっちは既に死んでんだから脅しにならないって。
それにしてもこの女神とやら一度も目が合わない。
長く、純白の脚を交差させている「自称女神」はティッシュの様に薄い布を身体に巻いている。
あれはほぼ全裸だな。
肘置きに置かれた白く細長い腕に支えられている小さな顔は、僕から丁度見えない角度で止まっている。「自称女神」は態勢を少しも崩さず、溜息交じりに説明を始めた。
「十九歳六ヵ月、男、日本人、血液型はA。住所は――何て読むの? まあいいや、名前は石田隆文。これで合ってる?」
「あ、はい」
「死因は突然死ね。君はこれから――」
「いやいやいや! 突然死って、え? それ、し、死因がそんなに雑でいいんですか?」
「いいの、いいの。あんま関係ないから。それに、過去なんて振り返ったってしょうがないでしょ?」
知りたい。
自分の死因はあまりにも知りた過ぎる。
このタイミングを逃せば一生後悔することに――む?
待てよ。僕の一生ってここで終わりじゃね?
じゃあ、聞いても意味なくね?
だったら別に聞かなくてもいいか。
「そうですね。では続きを」
「急に何? キモチワルッ!」
「ははは」
「コホン。それで君に与えられた役目は――『勇者の叔父』これね」
「なるほど、勇者の――って、叔父!? というか勇者?」
「ああ、そういえば聞いてなかったんだっけ? メンドクサ。君、死んだから。別の世界に転生すんの。っで、君の弟の息子が勇者になるわけ。その時に教育係が必要で、選ばれたのが君。わかった?」
わかった。
わかってしまった僕自身が気持ち悪くてしょうがない。
きっと、アニメの主人公がパッケージのセンターを飾るゲームを購入したのに、その主人公は操作できませんでした、という経験が活きているに違いない。
僕の目の前に音もなく、光の板たちが迫った。
「うわっ!」
「それ、スキルの名前が書いてあるからさ。テキトーに二つ選んで」
「スキルというのは?」
「はぁ……スキルっていうのは君の生まれる世界に生きる人間が先天的に持つ特殊能力のことで、一人当たり大体一つから三つってところ。でも三つ選べるのは、ちょっとやり過ぎだから、選んでいいのは二つまでね。あとはランダム」
「『勇者』とかもスキルの一つ?」
「はあ? あれは特別。普通のスキルじゃないの。君に与えられた役割の最上級って感じ。細かく言うと役割に応じて特別スキルもあるんだけど……はい、はやくスキル選んで。触れば説明が出て、手に取れば決定ね」
状況を呑み込むことはできない。
しかし生前のゲームプレイによって分泌されたドーパミンから成る我が脳は勝手にも僕の右腕を動かしていた。
僕は空中に浮く光の板を端から端へと全て確認した。
組み合わせは決まった。
僕は二つの板を手に取る。
一つは「成長」のスキル。幼少期の成長速度が平均の倍になるスキル、と説明にある。
早生まれだった僕は、他の人よりも成長が速いという効果にひどく惹かれてしまった。どうやら時間制限があるみたいだけど……要するにその制限時間までに強くなっていればいいという話だ。
二つ目は「魔法網羅」のスキル。その名の通り魔法を会得しやすくなったり、使う魔法が強化されたりするらしい。魔法というものを全く理解していないが、とても強そうで、なにより面白そうだったからこれにした。
役割とやらの話を聞く限り僕はそこまで責任を負わなくていいのだろうし、自由にやらせてもらおう。
「決めました」
「へぇ、魔法網羅か」
「なんですか?」
「別に? でも、良いスキルを選んだね」
僕は女神からの唐突なお褒めの言葉に胸を躍らせた。
先ほどまであんなにも卑しかったはずの女神様がとても美しく見えてきた。
いけない。
我を失うところだった。
「その、そんなに良いスキル? これ」
「そりゃあ、もちろん。なんてったって、このアタシが作った魔法を全て会得することが出来るスキルだからね。とはいえ、努力次第だけど。大抵は魔力が足りなくなって皆最後まで届かないんだけど。君はもう一つに成長を選んだみたいだし、どうにかなるかも。この組み合わせは初めて見るからアタシにも想像がつかない。君の“幸運”を祈るよ」
「あ、ありがとうございます」
いきなり良く喋るものだから驚いてしまった。
なんというか凄く、ヲタク臭がするな。
とにかく、女神さまからのお墨付きもいただいたことだし、悪い選択ではないってことで、一安心だ。
「それじゃあ、君を転生させるから」
「転生ってどこに、どうや、え? なにこれ、体が透明に――」
「転生させるって言ったじゃん。そうそう、君が次に死んだときだけど、魂がなくなる前にここに呼び戻して君の人生についてレポートを書いてもらうから」
「は? レポート? 僕が? 何で? あっ! 体が!」
「何で、って。アタシが書くのは面倒だからだよ」
「いや! そんなこと言わないで、しっかり自分の仕事は、ああ! もう消える!」
「じゃあね――」
おい!
僕はどうなったんだ!
僕の視界は白に覆いつくされてゆく。
手足の感覚もない。
音もなにもない。
意識だけが、ただ意識だけが――。
返事しろ!
女神!
僕は全力を振り絞ってとにかく叫んだ。
「あ――!」
「うわっ!」
その声に反応したのは金髪で西洋風の顔立ちをした男性だった。
歳は二十台にも見えるが、三十と言われても納得できる。輪郭はハッキリとしていて、やや釣り目の目元はとても格好良いのだが、慌てている顔はなんとも残念である。
僕はその男性を見上げている。
後頭部にはごつごつとした誰かの腕の感触がある。
おそらくはこの男性のものだろう。
とにかく、助けて頂いた礼をしなければ。
「あ――う――」
あれ?
声が出ない?
なにが起きているのか理解できない。
――転生?
そうか、本当に転生したのか。
僕はここまでのことを本気で夢だと考えていた。
しかし、現実はそうではないらしい。
男性の腕の感触、今にも泣きそうな目、そして僕に注がれる生ぬるい息。男性の口臭が酷くないというのが唯一の救いに思えた。
それにしても、本当に――。
僕はゆっくりと、瞳に入り込む柔らかな陽光を感じながら、二度目の生を実感していた。
「ロイ。ロイ・フォン・ヒルトン。これが君の名前だ」
「あう――?」
ロイにヒルトン。想像よりも普通の名前だ。
しかし、フォンとは。ヨーロッパ? いや、あの世界とは関係ないか。
僕は部屋の中を見渡そうとしたが、父親の顔を隅々まで観察するので精一杯だった。
必死に体を揺らしていると、父親は僕をベッドの上に置いた。
僕の身体に、父親よりも一層高い熱を持った肌が触れるのがわかる。
母親だとわかる。
どの世界もそういうものなのだと悟った。
母の顔は……よく見えない。
それでもとても優しい人なのだろう。
これで違えば僕の分析力が――ッ!?
僕の視界は謎の文字列で埋め尽くされた。
直後、その文字は見慣れた日本語へと変換されてゆく。
『ロゼル・フォン・ヒルトン:人間、女。スキル:安らぎの象徴。総魔力:52000。魔法適性:草』
「う――ッ!」
「どうしたの? 大丈夫よ」
な、なんだ? これ。
ゲームのステータスみたいなのが出てきたぞ。
しかも最後の欄「草」って、笑ってんじゃねぇぞ。
とりあえず落ち着こう。
おそらくこれは母親のステータスが出ているのだ。
当然、母親の能力も気になるけど……まずは自分のものを確認しないと。
僕はいつにもまして冷静になり、自分のステータスを確認することにした。
これを見る条件は、おそらく観る事だろう。
であれば、父親の時に起こっていたと思うのだが……とりあえずは確認が先だ。
僕は短い手を目一杯伸ばし、ぼんやりとする視線で、かわいらしい手のひらを見つめた。
何も起きないぞ?
おい! 観せろ!
うわっ!
僕の目の前に先ほどと似た文字列が浮かび上がる。
なるほど、観せろ、と念じるわけか。
あくまでもこちらが主体のスキルのようだ。
僕が驚いた様子に親も一瞬焦っていた。僕の能力という事で間違いないだろう。
他者からは見えないということも予想できる。
『ロイ・フォン・ヒルトン:人間、男。スキル:成長、魔法網羅、幸運。総魔力:2000。魔法適性:完全』
これが僕の能力か。
うむ……。
てっきり、三つ目のスキルがこの「相手の能力が見える」だと思ったのだが、「幸運」か。
これではなさそうだ。
いや、これも幸運のスキルの恩恵でたまたまもう一つ隠しスキルがある的な?
もしかして、神様がくれたのか?
これが転生者特権ってやつか。よくわからん女神だったが、これには感謝だ。
これで分かったことは三つ、僕の三つ目のスキルは「幸運」。そしてこの能力は少なくとも通常のスキルではない。スキルの欄にそれらしきものが見当たらないからだ。
もう一つはこの世界の言語が全て日本語に翻訳されているという点だ。
とりあえず、ここの人達の話を盗み聞きして情報を集めないと。
言い方が悪いな。
僕はここにいるのだから、無秩序に話をする方が悪いというものだ。
僕はその調子で、その後の約一年を情報収集という名の睡眠に費やした。
それでも成果は多かった。
疑問は増えた。が、その分知識が増えたという証拠でもある。
まずは僕が生まれたこの家。ヒルトン家についてだ。
このヒルトン家はノードル王国の北東に位置するカイドリという地を治める辺境伯の家だということがわかった。
辺境伯だ。なんと恵まれた家柄だ。そう歓喜したのも束の間、僕は現実を知ることになる。
端的に言うと、この土地があまり良い土地でない、というのが結論になるのだが。その詳細を聞いて流石に僕も血が引けた。
この話の前に、人間の国家の配置を説明しておかなければならないだろう。
僕が耳にした国名、その中でも大国と呼ばれていた者は全部で三つ。一つは、我が国「ノードル王国」、次に東の隣国「フェルシード皇国」、最後に南部の隣国「ナノン連邦国」だ。
この中でヒルトン家の領地であるカイドリが国境を共にしているのは東の隣国「フェルシード皇国」だ。
多くの人の話を聞いた上での体観測ではあるが、この「フェルシード皇国」というのが人間界一の大国で間違いないだろう。
「ノードル王国」はというと、こちらも負けず劣らずで、第二の大国と呼ばれているようだが、どんな人の発言からも、多少の見栄が透けていた。
おそらく、実力は完全に下だと思われる。
これだけ聞けば、大国の辺境伯に生まれて恵まれているように感じるかもしれないが。いや、実際にそうなのであるが。
問題はこれだけではないのだ。
問題は北部の国境にある。
国境というよりも防衛線と呼ぶべき場所がそこにはある。
相手にするのは“魔族”や“魔物”と呼ばれる生き物たちだ。
僕も見たことはないが、とにかく凶暴で、見つけたら逃げるように、そう父親が侍女たちに言い聞かせる姿を何度も目にした。
赤ん坊の僕なんて、きっと一飲みだろうと思われる。
そんな凶暴な生き物が蔓延る一画を「魔域」と呼んでいるらしい。
そして、その魔域とこのカイドリはこちらからみて北のところで交わっているという話だ。
つまり、このカイドリという土地は「フェルシード皇国」と「魔域」に接触している。王国一の危険地帯だということである。
正直なところあまり知りたくはなかった情報だ。
しかし、この事を知れたのは間違いなくプラス。
僕はより一層、情報収集に意識を割くことを決心し、質の良い睡眠を重ねるのであった。




