05 すれ違いのダンス
「ねえ。ご覧になって、ジュリアス様がいらっしゃったわ」
ざわめきがホールの天井から吊り下がるシャンデリアを揺らすのではないかと思うほどだ。一斉に人々の注目が此方に向けられてひどく居心地が悪かった。
そういえば社交の場に出るのも久方ぶりである。いつも母や妹たちに任せきりで、レナリアは研究室にいる方が好きだった。
しかも今日はミレルディ家のレナリアという立場ばかりではなく、ジュリアス・カルデローナの妻としても出席しているのだ。
「ということは、となりのご令嬢がミレルディ家の……」
会場に集ったご令嬢たちに敵意に満ちた視線を向けられていることに、新鮮な驚きがあった。それにしてもジュリアスのどこがいいというのか——強いていうなら顔だろうか。整っている方だとは思うが、ミレルディ家だって負けてはいない。今日も会場のどこかにいるはずだが、従兄弟のエドアルドも女性からの人気が高かった。
「ミレルディ家とカルデローナ家は不仲と評判ですもの。王命で結びついたにすぎない、愛のない結婚だわ。ジュリアス様、お可哀想に……」
「お顔こそお綺麗だけれど、レナリア様ときたら貧相な……いいえ、華奢な身体つきですもの。あちらの方は物足りないんじゃなくて?」
くすくすと嘲笑する淑女たちをすべて蛙に変えてやったらさぞや見ものだろう。だがその労力すら惜しい。まだ一曲も踊っていないのに、妙に疲弊していた。
それはおそらく隣でにこやかに微笑み続けるジュリアスのせいだろう。
「俺のレナリアを貶めるような品のない言葉しか発せないなら、蛙に変えてしまった方が楽団がわりになって有意義だと思わない?」
ぼそりと呟いた言葉に共鳴して、ジュリアスの指先が不穏な光を集める。呪文を唱えることなしに(しかも杖なしで)魔術符を発動するのは難しいのだが、この男なら何食わぬ顔でやってのけてしまうかもしれない。
レナリアは自らの発想がジュリアスと似通っていることにうっすらと絶望をおぼえた。
「——私はあなたのものになったつもりはない」
ぴしゃりと言い放つと、レナリアは給仕からグラスを受け取りいっきに飲み干した。甘い果実酒は酒精が強く、頭をくらくらさせる。でも素面でこの場にいる自信がなかった。
「さて、一曲いかがかな」
「……仕方がないでしょう。みんなこちらを見ているし、ぼうっと突っ立っているだけでは、何の証明にもならない」
「そうそう、その意気だよ。俺たちの親密ぶりを皆に見せつけないとね」
曲が始まると同時に、ダンスホールの中央に歩み出た。ステップは身体が覚えているからさほど難しくない。あっという間に周囲に溶け込んだ。
「魔術学校でもよくダンスパーティーが開かれていたね」
ひらり、とドレスの裾が優雅に揺れるさまは風に揺れる花弁のよう。規則正しく踏み続けるステップに感情は伴わず、ただ早く終われと願っていた。
いつだってジュリアスの周りはひとが集まっている。それは、いまも昔も変わらない。そして彼の妻となった自分も、そのひとりに成り下がった。
「憶えていないわ」
何かと理由をつけて、レナリアは催し物には参加しないようにしていた。浮ついた集まりに興味がなかったのも事実だが、取り巻きを引き連れて我が物顔でパーティーを闊歩するジュリアスを見るのが不快だったのだ。
「本当は君をダンスに誘いたかった」
「冗談はやめて」
いつのまにかレナリアはジュリアスにリードされるままに身体を動かしていた。基本のステップからは逸脱しているのに、奏でられる音楽にはぴたりと合っている。
まるでジュリアスの命じるとおりに動かされる人形にでもなったような気分だった。
「臆病だったんだ。俺が、ミレルディの君を誘ったなんて知られたら——学校外の、カルデローナの逆鱗に触れるだろう。俺はロレンツォには逆らえない」
「ずいぶん他人行儀なのね」
くる、とターンをするときに一瞬、ジュリアスの表情が曇ったような気がした。また目が合った時には、いつもの、貼り付けたような笑顔に戻ってしまっていたけれど。
引き寄せられ、身体を密着させるとふたりのダンスを食い入るように見つめていた令嬢たちから悲鳴が上がった。抗議を込めてジュリアスの胸を叩いたが、意味ありげに笑うばかりで拘束を解いてはくれない。どうせ揶揄われているだけなのに、まるで抱きしめられているかのようで、心臓が軋むように痛んだ。
「レナリア」
ジュリアスが屈んで顔を近づけてくる。角度によってはキスをしているように見えたかもしれない。
「俺はもう迷わないよ。すべてを賭けても手に入れたいものができたから」
「……あら、よかったじゃない。張り合いがあって」
ジュリアスの「欲しいもの」とは何なのだろう。なんでも持っている彼が、まだ手に入れていないものなんてよほど貴重なものなのかもしれない。
いずれにせよ、自分に関係のないところで勝手にやっていてほしい。
「……地道に頑張るよ、信頼を得るには時間が必要だろうからね」
「ご勝手に」
曲が終わったと同時にお辞儀をして、今度こそ身体を離した。直後、ジュリアスと共に主催者である王太子に挨拶に行ったのだが、いったい何を話したのかまったくレナリアの記憶には残らなかった。




