03 新婚初夜
人生最良の日となるはずの結婚式は、何の感慨もなく終わってしまった。用意されていたドレスもアクセサリーも華やかなのに上品で美しく、レナリアの好みにも体型にもぴったりと合うものだったというのに——やはり、結婚する相手のせいだろうか。
物憂げな表情を浮かべて、レナリアは鏡台の前で頬杖をついた。化粧もふだんよりも濃く、いまの自分の気持ちとはちぐはぐに思えてしまう。
「ミレルディの魔女はよほどこの婚姻が不服と見える」
ジュリアスが皮肉げに言って背後に立った。レナリアの肩に添えられた手がそっと首筋を撫でる。その意味ありげなやりかたが気に食わなくて振り払った。ぱしりと乾いた音が鳴る。
「やめて」
「俺たちはもう夫婦なのに?」
くすくすと揶揄うようにジュリアスが笑う。心にもないことを平気な顔で言えるところが本当に憎たらしい。
国王陛下も見守る中、永遠の愛を誓わされて結婚式を終えたレナリアは新居となるジュリアスの屋敷に連れてこられた。実家住まいだったレナリアとは違い、ジュリアスはすでに自分だけの家を構えていたことに驚いてしまう。通いの使用人こそいるようだが、基本的にはこの屋敷にジュリアスと二人暮らしである。
「君はお嬢様だから、侍女のひとりでも連れてこればよかったのに」
「身の回りのことぐらい自分でできます。魔術学校でも寮暮らしだったし」
ふうん、と興味なさそうに相槌を打たれてレナリアはイラッとした。鏡越しに睨むとジュリアスはどこか嬉しそうに見えた。どう言う神経しているのだ、この男は。
「っ、カルデローナの貧弱男と結婚するなんてまっぴらごめんだわ」
「ミレルディのお転婆を花嫁にする物好きなんてこの国にはいないだろうね」
俺を除いては。
ぼそりと呟くと、ジュリアスは鏡の中のレナリアに向かって微笑みかける。
「そろそろ寝台に行こうか」
「……えっ?」
何を言われたのか分からなかった。
というよりも理解を拒んでいた、と言う方がふさわしいのかもしれない。
そもそもいまふたりでいる部屋が夫婦のための寝室であるということさえ考えないようにしていた。身に纏っているのも生地の薄い寝衣で——はっとして思わずレナリアは自らの身体を掻き抱いた。
「あ、あなたは私のことが嫌いなんでしょう? 表向きは王命に背かないように結婚した、それだけのくせに」
「何、愛が伴っていないとそういう行為はできないって? やっぱり初心だね……予想どおりではあるけど」
レナリアの紅茶色の髪を纏めていたリボンを解いてしまうと、真珠のような光沢のある寝衣の上に鮮やかな紅が滑り落ちてくる。そのひと束を掬い取ると、ジュリアスは口付けを落とした。
「なっ……」
「そんなに驚かなくても。これからもっとすごいこともするのに」
すごいこと。ごくりと唾を飲み込んだ。ジュリアスは指の背でレナリアの頬をなぞるようにして触れてくる。
「わ、私たちの結婚なんて契約結婚みたいなものじゃないの! 王命があるからお互い渋々……だから、白い結婚を通せば」
「へえ、そんなこと考えてたんだ」
すっと、部屋の温度が下がった、ような気がした。
数拍の間の後、無言のままジュリアスはレナリアを抱き上げた。ひゃあと悲鳴をあげたレナリアをそのまま大きな寝台へと横たえる。
不穏な気配を感じて、ゆっくり這うように後ずさっているうちにジュリアスはシャツを脱ぎ捨て床に放った。直後、片膝で寝台に乗り上げると、ぎし、と悲鳴のように軋んだ。
「そんなに怖がらないでよ。傷ついちゃうな」
「心にもないこと言わないで……っ、近づいたら」
そうだ、魔術。杖なしでも使える簡易なものでも足止めぐらいにはなるはずだ。呪文を唱えて発動するまでなんとか耐え凌げば——。
「魔術師の弱点って知ってる?」
「えっ……?」
あっという間に寝台の背に追い詰められ、唱えかけた呪文は口の中に押し戻された。
「んっ、う」
息継ぎする暇も与えられず、激しく口付けられてめまいがした。苦しさのあまりレナリアがぼろぼろ涙をこぼしているのも構わずに唇を貪られる。
ようやく解放されたと思ったのも束の間、寝衣の釦はいとも容易く外されてしまった。
「何よりも先に唇を塞いで、呪文を唱えさせないようにすればいい。杖なしでは強い魔術もかけられないし、いまの君はすっかり無力だ——可哀想なことにね」
「ジュリアス……あなた、いったい何を考えているの?」
くるりとレナリアの身体をうつ伏せにすると、ジュリアスは息を吐くようにして「さあ、なんだろうね」と囁くようにして言った。




