02 最古の魔女と稀代の魔術師
レナリアはキアラを伴い、謁見の間に通された。
そういえば陛下にお会いするのは王立魔術学校の卒業式の日以来だ。主席で卒業した者には、陛下から直々にお言葉を頂戴する名誉が与えられる。
あのときは確かお褒めの言葉と共に、今後の活躍に期待していると当たり障りのない内容をおっしゃられただけだった。卒業から一年、レナリアはミレルディ家の研究所で古き魔術符の解析と新しい魔術符の開発を主に行なっていた。特に陛下の耳に届くような成功を収めたわけではない。
呼ばれた理由をあれこれ考えているときだった。
「これはこれは! いったいどういうことですかな?」
謁見の間に男の声が響きわたった。
思わず視線を声の方に向けると、そこには漆黒のローブに身を包んだ大男が立っていた。その手には三日月をかたどった杖がにぎられている。
「陛下もお人が悪い。てっきり我らのみが呼ばれたと思っていたというのに」
「……貴様、カルデローナ! なぜ此処におるのじゃ!」
苦々しげにキアラが吐き捨てる。
国王陛下が最も信頼する宮廷魔術師と言われるロレンツォ・カルデローナ。キアラが目の敵としている、カルデローナ家の当主である。
「陛下にもお考えがあってのことでしょう。父上も落ち着いてください」
「っ」
涼やかな声音が耳朶を打つ。ロレンツォの影に隠れて見えなかったが、あいつも同席しているようだった。
す、と一歩こちらに歩み出たことではっきりと姿が見えた。
「久しぶりだね、レナリア。相変わらず引きこもって魔術符を編んでいるんだろう? 根暗な君にはぴったりだ」
「ごきげんよう、ジュリアス。先日も演舞会で魔術を披露したとか……目立ちたがりの貴方らしいわね」
ぱちり、と視線がかち合い、微笑み合う。
両者の間でバチバチと見えない火花が散っているのを、その場にいる者は感じ取っていただろう。
眸は澄んだ湖畔のような青で、月の光を思わせるやわらかな金髪を背中でゆるく束ねている。一見すると優しげな好青年だが、実際のところは嫌味な天敵である。
王立魔術学校では同級生であり、事あるごとに絡んできて鬱陶しかった。
林檎を魔術符で撃ち落とす授業では、わざと外してレナリアのスカートの裾を膨らませたり、魔法史の講義中に変な落書きをした手紙を回してきたり、嫌がらせとしか思えない行動ばかりしていた。
そのくせ、学期末の成績は毎回、レナリアをほんのわずかに上回っていていっそう苛立ったものだ。
ふい、と顔を背けてもう相手をする気はないことを示してやったところ、話しかけてはこなくなった。これ以上ちょっかいをかけてくる気はないようだった。
ラッパが鳴り響き、フローレンス王が謁見の間に現れた。跪いた一同に、よい、と声をかける。
「ミレルディ、カルデローナの両家の魔術師たち。よくぞこの場に集まってくれた。礼を言うぞ」
「勿体無いお言葉でございます」
キアラが感極まったようすで言葉を発すると、ロレンツォは「ところでなぜ我々を集めたのですかな?」と怪訝そうな声で尋ねた。
「何かご用命があるのなら我がカルデローナだけで事足ります」
「ふん、貴様だけでは不安だとお感じになったに決まっておる」
「カビが生えたような魔術しか扱えないミレルディなどお呼びじゃありせんよねぇ。何かの間違えじゃありませんか、陛下」
「派手なだけで中身のない魔術しか扱えないカルデローナこそお呼びでないわ!」
ひりついた空気が漂ってきたところで、こほん、とフローレンス王は咳払いをした。
「間違いなどではない。ミレルディ、カルデローナの両家にしかできないことを任せたいと思って呼んだのだ——レナリア・ミレルディ嬢」
思いもよらぬタイミングで声をかけられて、レナリアはびくっと肩を揺らしてしまった。
「はは、そう怯えずとも良い。そなた、まだ未婚と聞いているが」
「ええ、仰るとおりです。我が孫娘は魔術符のことばかりでミレルディの血を残すことにまったく協力的ではなく……十九歳なのに婚約者のひとりもおらんのです」
「お祖母様!」
余計なことを言わないで、と念を送ったがそれが通じているのかいないのか、キアラは口を閉じた。ちら、とジュリアスを見ると先ほどと変わらぬ涼しい表情をしている。やっぱりいつ見ても腹立たしい顔。
「ならばちょうど良いな。ジュリアス、レナリア嬢を妻として迎え入れるがいい」
は。
フローレンス王がそう言った途端、レナリアの口からこぼれたのは弱々しい吐息のような声だった。時間が止まったかのような数拍の間ののち、
「——陛下の御心のままに」
ジュリアスが応えた。
そして動き出した時の中で、レナリアの頭の中は沸騰した。かあっと頬が燃えるように熱い。結婚? 私が、ジュリアスと?
「はぁ……⁉︎ あなた何を言っているのかわかっているの?」
「当然理解している。王命に背くわけにいかないだろう? いかに不満があったとしても」
不満。そうだ、レナリアだって不満だ。でもジュリアスがそう口にした途端、胸の中がやけにもやつく。その理由を考えていると、
「恐れながら。儂は絶対に認められません。カルデローナの若造と、うちの孫娘を結婚させるなど」
頬をぴくぴくと引き攣らせてキアラは言った。そのとおりです、とここぞとばかりに団結してロレンツォも続ける。
「ジュリアスは王太子殿下の側近で、婚約者のあてだって腐るほどにあります! それなのに何故、ミレルディの売れ残りとの縁談などお勧めになるのでしょう?」
売れ残り。ロレンツォの言葉にレナリアは地味にショックを受けた。
この国の女性の結婚適齢期は十六から十八だ。友人の多くは魔術学校時代に婚約し、卒業を待たずして結婚した。レナリアといえば研究に心血を注ぎすぎて、在学中など恋人のひとりもできなかったし、卒業後一年経って十九歳になるいまも婚約の予定などない。
「ミレルディ、カルデローナ両家の当主よ。これは王命である。背くことは許されない」
フローレンス王はにこやかに微笑みながら言い放った。ぎゃあぎゃあお互いを罵り合っていたキアラとロレンツォはその一言で黙ってしまう。
「レナリア嬢、一週間のうちに結婚式の準備をする。何、心配することはない。必要なドレスやアクセサリーなどすべて用意している。気に入ってくれるといいが」
はあ、と曖昧な返事をしながらレナリアは突然決まってしまった自らの結婚相手の方を見た。思いがけずジュリアスが相変わらずの涼しい顔で微笑んでいたので、戸惑ってしまった。




