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12 大図書館での出会い

 しばらく湖の風景を堪能した後、レナリアは学園都市の共同施設である大図書館を訪れた。

 

 入り口にある銀細工の林檎に手のひらをかざすと、ドアが開いた。フローレンス魔術学校の卒業生が開発した魔導具で、学校関係者であることを認証し、入館する資格がある者にしかドアは開かれない仕組みだ。

 顔馴染みの司書に会釈をして、閲覧室から地下に続く階段を降りていくと、「本の森」と名付けられた書庫に辿り着く。

 

 レナリアはそっと森の中へと足を踏み入れた。

 毎度のことながら、ずらりと並んだ書架には圧倒されてしまう。そこに隙間なくぎっしり詰まった背表紙を眺めているだけで心が躍る。

 

 魔術研究に役立つ書物が集まった領域もあれば、騎士に必要な鍛錬方法がまとめられた書が置いてある場所もある。社交のマナーや淑女のたしなみを解説した本も網羅している。各学校に通う生徒たちにとって必要な本が多く集められているのだが、利用者は圧倒的にフローレンス魔術学校の生徒たちが多かった。

 

 森の最奥に、持ち出し禁止の貴重な魔導書が集められた部屋がある。此処に入るには特別な許可が必要だが、レナリアは学長から承認を得ていた。

 大図書館の入り口にあったのと同じ、銀色の林檎に手をかざそうとしたとき、先にドアが開いた。

 出てきたのはレナリアもよく知る人物である。


「……ジュリアス?」


 眼前に立っていた夫は青い双眸を見開いて「驚いたな」と静かに呟いた。


「あなた……どうして此処に?」


 此処は資格がなければ入れない特別な図書館なのに、と思ったところで、ジュリアスはどんな場所でも入れる宮廷魔術師様であったことを思い出した。

 

「ちょっとした調べ物。レナリアこそどうしたの」

「気分転換に図書館で作業をしようと思って。その、調べ物って——前話していた件と関係があるの?」


 ミレルディの水晶玉に映り込んだ影を思い出す。

 じっとジュリアスを見上げれば、じわりと目元が赤くなった。


「何……熱でもあるの?」

「えっ、いや、そういうわけではないけど……レナリアが」

「私?」


 何か変なことをしただろうか。首を傾げているとジュリアスは、うっと唸って胸を押さえた。


「今日も俺の妻が可愛い……っ」

「——頭でも打った?」


 ジュリアスの挙動がおかしいのはいつものことだが、普段よりも一段とよくわからない。


「まあいいわ。時間があるなら少し話さない?」

「レナリアが望むなら」


 静まり返った図書館の中で話し続けるのは憚られたので、一階の閲覧室に戻り、休憩用のテラスに出た。ちょうど授業が終わったところなのか、各学校の制服をまとった少年少女たちが和気藹々と話をしている。

 なんとか空いた席を見つけ、向かい合って座った。


「……で、お忙しい宮廷魔術師様がどうしてこんなところにいるのかしら?」

「必要があったからだよ。学生時代の思い出に浸りに来たわけではないからね」

「はいはい。私とは違うって言いたいわけね」

 

 嫌味を交えてにっこりと微笑まれ、はぐらかされる。

 ジュリアスと話しているといつも彼のペースに持ち込まれてしまう——昔はそうでもなかったような気がするけれど。


「私には言えない、ということ?」

「王命にかかわることだから」

「っ、私だって……」


 言いかけていまの自分の立場の中途半端さを思い知った。レナリアは宮廷魔術師ではない。結婚して家を出たとは言え、ミレルディの魔女であることには変わりはないのに——自分はジュリアスとはこんなにも違う。いつから彼と対等ではなくなったのだろう。もしかすると最初から、出会った頃から違ったのかもしれない。

 ぎゅっと唇を噛み締めると、ジュリアスが「ごめんね」と申し訳なさそうに言ってきたので引っ叩いてやりたくなった。


「ねえ、聞いた? 午前零時に現れる妖術師のはなし」

「夜な夜な呪いをかけているんだって」

「やだ、不気味ね……」


 会話が途切れたことで、近くのテーブルについた少女たちが話していた声が偶然、耳に入った。皆、胸元のブルーのリボンが可愛らしいお揃いの制服を着ている。確か、徹底した淑女教育を行うことで有名なお嬢様学校だったはずだ。


「妖術師に呪いをかけられると、三日後に病気にかかって、七日後に死んでしまうんだそうよ」

「ただの噂でしょう?」

「あら.本当に病気になった子がいるみたいよ? あまりにひどいから学校を休学して家に帰ってしまったって」

「私、やっぱり魔術師って苦手だわ。なんだか得体が知れないもの。確かに、魔力がない私たちにも使える魔導具は便利だけれど……」


 少女たちのたわいもないおしゃべりだ。気に留める必要なんてないのに、何故か耳に残ったのは彼女たちの声が怖がっている以上に面白がっているようであったからかもしれない。すぐとなりに杖を持った二人組——魔術師夫婦が座っていることにも気づいていないだろう。

 魔術師は、魔力が無い人々にとっては尊敬の対象であると同時に畏怖の対象でもある。だからこうして、怪しげな噂話が闊歩する。

 そのとき、ジュリアスがいきなり椅子を引いて立ち上がった。

 

「ジュリアス? えっ、何、どうしたの?」


 レナリアもつられて席を立った。何をするのかと思えば、少女たちの方に歩み寄って声をかけたのだ。

 

「お話し中、失礼するよ。その『妖術師』の話を詳しく聞かせてもらえないだろうか?」

「えっ? あっ……申し訳ありません、失礼なことを」


 ジュリアスの杖を見て、魔術師であることに気がついたのだろう。決まり悪そうに少女たちは顔を見合わせた。

 すると、爽やかな笑顔を浮かべて「気にしないで」と応じた。


「魔術は便利なものだけれど、いまだ研究途中の分野でもある。俺たち魔術師でも扱いに困ることが多いんだ。君たちが恐れるのはもっともだと思う——けれど、少しでも皆の力になることを信じて研究している術者もいることを知っていてほしい」

「ジュリアス……」


 少しでも皆の力になることを信じて。

 それはレナリアが魔術符研究において考えていることのひとつだった。じわりと頬が熱くなるのを感じて、戸惑った。まるで自分のことを評価されているような気がしてしまう。ただの一般論に過ぎないのに。


「あ、あの……」


 だが頬を染めているのは自分だけではないことにレナリアは遅れて気がついた。


「私たちにできることなら、なんでも……」


 恥じらいながらも上目遣いでジュリアスを見上げる少女たちを見て、レナリアはまんまとこの男の術中にはまりかけていたことを察した。

 真摯な言葉に熱を込めた眼差し。そして誰もが認める容姿で以て、老若男女を魅了する。それがジュリアス・カルデローナという魔術師なのだった。


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